期待
着古した制服を着て、校門をくぐり「きょろきょろ」しながら歩いていると、
「おさむーー」
と言う声に振り返ると、同じ中学校の一歳上の先輩が、友達と駆け寄って来た。
横に並んで歩きながら、先輩は
「本当に来たんだねーー信じれないけど、、私としては嬉しいな!」と
中学の頃よりははるかに「大人びた」顔と「方言で無い、大人言葉」で治に言った。
治はちらりと横を向いたがすぐに前を向いて黙って歩いていた。
でも、内心は嬉しいさ半分照れくささ半分だった。
中学の頃の女子バレー部のキャプテンだった先輩。
治は男子バレー部の2年生、男子と女子が横で並んで練習していたから、
暇さえあれば、ちらちら見ていた先輩の運動服姿、、
はち切れそうな、胸の膨らみ、、「ドキドキ・・」
伸びやかな足、、太もも、、そして、、、「ドキドキ」「ドキドキ」
練習の合間には、水場で汗を拭きながら、、
「おさむ!!練習中によそ見ばっかりしちょたらダメぞーー」って
笑いながら話しかけてくれる。
家が同じ方向だったこともあって、帰り道はよく一緒に帰った。
帰り道での話は色々、、学校の話、家庭の話、好きな人の話、、
それこそ2年間たわいもない事を話しながら。
約40分歩く。
雨の日などは一つの傘で歩く。
夏の雨の日の先輩の汗と雨とに濡れたあの「匂い」は中学生の治には
とても甘美で、、魅惑的な匂いに感じられた。
治は先輩のことが小学校の頃から好きだった。
初めて会ったのは先輩の家、、小学校5年生の頃。
同級生で同じ村の女の子の誕生パーティーに呼ばれて、
初めて遊びに行った同級生の家に「先輩はいた」
「私のおねーちゃんばい!!」って同級生は紹介してくれた、、
一歳だけしか違わないのに、、妙に「大人っぽく見えた、、」
にっこり笑って、階段を上がって行った。
狭い村だし、、学校も一クラスしかない。
しかし治はその日まで、先輩の存在に全く気が付いてなかった、、
いや、、気が付いていたけど何も感じていなかったという方が正解。
治はあの日初めて「性」に目覚めたのだろう、、もちろん治自身はその事には気が付いてなかった。
治が気が付くのは中学校に入ってからの事になる、
偶然入ったバレー部(生徒数の関係で、クラブはバレー部と野球部と柔道部しかなかった)
クラブ活動の時の先輩の姿を見てからになる、、、
そんなこと思いながら、1年間でかなり大人になった「治」は黙って歩いていた。
「入学式会場」と言う案内板の所で先輩が、、
「入学生代表は、治がすっとね?」と言うから治は「知らん・・」とだけ短く答えて
体育館に入って行った、治は代表なんて話は聞いてなかったから、本当に知らなかった。
村の小学校の「講堂」とは比べ物にならないほど立派な体育館に少し緊張していると、
「新入生だろう?名前教えて?」真っ黒に日焼けした大人びた男子生徒がにこにこしながら立っていた、
「伊藤治です」
その瞬間近くにいた男子生徒までもが、「えっ!」って感じで治を見る。
「君が伊藤君か!ようこそ!わが校へ」
治は全く意味が分からずに、、「変な挨拶するんだなー」と内心思っていた。
座る席を聞いてパイプ椅子の所に行くと、同じ中学校の親友の「ヒロちん」がすでに座っていた。
ヒロちんは滅茶苦茶緊張した顔で身じろぎもせずに座っていた。
「ヒロちん!もうきちょったと?」
「うん、、早うに来ちょったよ・・」と治に話しかけられて初めて気が付いたのか
びっくりするような顔で答えた。
「15(治のあだ名)すごかねーー」何が凄いのか?たぶん感じているのは治と同じであろう。
「15、、うんが(お前が)新入生代表ばすっとか?」
「うんにゃーそがん事や聞いちょらんよ」
「そっばってん、うんがすっとじゃなかっか?」
「知らんばい・・・したも無かったい」
・・・ヒロちんとそんな話をしていると、
突然天井のスピーカーから、、「あと5分で入学式を始めます、、新入生、ご父兄の方は体育館にお入りください」とのアナウンス。
「ヒロちん、かーちゃんか、とーちゃん、来ちょっとか?」
「うんにゃ、来ちょらんよ、15や?」「来ちょらんよ」
二人とも貧しい村の子供であるから、両親はもちろん誰も来ていない。
二人とも制服も入学が決まってから、母親がどこからか貰ってきた学生服を着ている
ヒロちんの方の学生服が少し綺麗に治は感じた。
今年の村の中学の卒業生は6人そのうち高校に進んだのは3人
「治とヒロちんと治の憧れの先輩の妹」だけ。
中学校全体で卒業生は19人いたが高校に進んだのは4人だけ、、一人は福岡の学校に進んだ。
後は、、遠洋漁業の船乗りか、大工の丁稚、岡山県や近畿地方に集団就職、、だった。
治も同居している爺さんに「高校んごちゃっと行っても何ばすっとかー早よ仕事ばせんかー」と幾度となく言われた記憶がある
夜遅く勉強してると、電気代が勿体ないといつも叱られた。