表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/11

余ったから

GW明け。5月の第2週。

 久しぶりの登校で体が重い。連休中にだらけた生活をしていた代償だ。ひなたのおばあちゃんちの土産である饅頭を3つも食べたのも良くなかった。

 教室のドアを開ける。まだ8時前で、中にいるのは数人だけだった。

 自分の席に向かう途中、ある違和感に気づいた。

 秋月(あきづき)がもう席にいた。

 普段、秋月(あきづき)は俺より少し遅れて教室に来る。始業のチャイムぎりぎりではないが、俺より早いことはほとんどなかった。


「おはよ、秋月(あきづき)

「......おはよう」


 挨拶が返ってきた。これだけでも入学当初と比べれば大きな進歩だ。最初は「......」だけだったのが、最近は一応言葉として成立するようになった。

 鞄を置いて座ろうとした時、秋月(あきづき)が動いた。

 机の上に置いてあったペットボトルを、こちらに差し出してくる。


「......余ったから」


 500mlのペットボトル。緑茶。見覚えのあるラベルだった。

 伊右衛門。俺がいつも購買で買っている銘柄だ。


「お、サンキュ」


 受け取る。冷たい。冷蔵庫から出したばかりのような温度だ。自販機で買ったにしては、ここに来るまでの時間を考えると温くなっていてもおかしくない。つまり、教室に着いてからそんなに時間が経っていないか、あるいは──朝一番にわざわざ買ってきたか。

 まあ、深く考えることでもない。


「俺、これ好きなんだよ。よく知ってんな」


 何気なく言った一言だった。

 秋月(あきづき)の指先がわずかに動いた。ペットボトルを渡した手が、膝の上に戻る。


「......たまたま同じのを買っただけ」


 視線が窓の方に逸れる。たまたま。秋月(あきづき)のたまたまは、だいたいたまたまじゃない。GWの迷子も「たまたま」で、職員室の前で立ち尽くしていたのも「たまたま」だった。秋月(あきづき)の「たまたま」は「意図的だけど認めたくない」の翻訳だと、俺は最近学んだ。

 ただ、それを指摘する気はない。


「まあ、助かったわ。まだ購買開いてなかったし」

「......そう」


 秋月(あきづき)は窓の外を向いたまま、それ以上何も言わなかった。

 俺はペットボトルのキャップを開けて一口飲んだ。冷たくて美味い。朝のお茶は格別だ。


 * * *


 1時間目が終わった休み時間。

 桐生(きりゅう)が自分の席からものすごい勢いで駆けてきた。教室の端から端までを3秒で走破する男。無駄な運動能力が高い。


蒼太(そうた)! お前、さっき秋月(あきづき)さんから何かもらってたよな!?」

「声がでかい。お茶だよ、お茶」

「お茶!? 秋月(あきづき)さんからプレゼント!?」

「お茶一本でプレゼントって大げさだろ」


 桐生(きりゅう)は目を見開いたまま、俺と秋月(あきづき)の席を交互に見た。秋月(あきづき)は本を読んでいる。桐生(きりゅう)の大声が聞こえていないはずはないが、微動だにしない。鋼のメンタルだ。


「いや待て。あの秋月(あきづき)さんだぞ? 誰にも何も渡さないあの秋月(あきづき)さんが、お前にお茶を!?」

「余ったからだってよ」

「余ったから......? お前、それ信じてんの?」

「信じるも何も、そう言ってたし」


 桐生(きりゅう)が両手で頭を抱えた。


「お前ってやつは......」


 天を仰いでいる。何がそんなに衝撃なのか俺にはよくわからないが、桐生(きりゅう)にとっては大事件らしい。


「いいか蒼太(そうた)、普通な、女子が男子に飲み物を──」

「はいはい。授業始まるぞ」

「聞けよ! 大事な話だから!」

「大事じゃないから聞かない」


 桐生(きりゅう)は「絶対後で話すからな」と指を突きつけて自分の席に戻っていった。後で聞く気もない。


 ちらっと隣を見ると、秋月(あきづき)が本のページを一枚もめくっていなかった。読んでいるふりをしていたのだろうか。

 気のせいか、耳がほんのり赤い。


 * * *


 放課後。

 荷物をまとめて教室を出ると、秋月(あきづき)がすでに廊下にいた。

 最近はこうだ。どちらかが待っているわけでもなく、自然に合流して、自然に一緒に帰る。GW前に俺が「一緒に帰るか」と言って、秋月(あきづき)が「考えておく」と答えた。翌日から、秋月(あきづき)は何も言わずに俺の横を歩くようになった。「考えた結果」がこれなのだろう。言葉にはしないが、答えは行動に出ている。

 校門を出て、通学路を歩く。5月の風が気持ちいい。木々の緑が濃くなってきて、桜の季節とはまた違う景色だ。


「GW、どうだった?」


 俺が聞くと、秋月(あきづき)は少し間を置いて答えた。


「......普通」

「普通ね。どっか行った?」

「......散歩」


 また散歩だ。GW中に俺と会った時も散歩だった。秋月(あきづき)のGWは散歩で構成されていたらしい。


「......藤宮(ふじみや)は」

「ん?」

「......GW、暇だった?」


 秋月(あきづき)が聞いてきた。秋月(あきづき)の方から話題を振ってくるのは珍しい。


「まあな。ほぼ家にいた」

「......ずっと一人?」

「いや、ひなたが来てたけど」


 秋月(あきづき)の歩く速度が、一瞬だけ落ちた。

 半歩分くらい。すぐに元に戻ったが、確かに落ちた。


「......そう」


 その「そう」は、いつもの「そう」と少し違って聞こえた。温度が低いというか、抑揚が完全に消えているというか。

 気のせいかもしれない。秋月(あきづき)の「そう」に違いを見出そうとすること自体が、たぶんおかしい。


「ひなたがさ、格ゲー連打で勝ってくんだよ。技とか一切使わないで」

「......」

「ボタン全部同時押しとかするんだぜ。それで勝てるのが逆にすごいっていうか」


 なんとなく、補足していた。ひなたとは幼馴染で、ゲームして飯作ってただけだ、という説明を付け足したくなった。なぜかはわからない。


「......藤宮(ふじみや)は、柚木(ゆずき)さんと仲がいいのね」


 秋月(あきづき)がぽつりと言った。声は平坦だったが、視線は前を向いたままで、こちらを見ない。


「まあ、幼馴染だからな。家が隣で」

「......そう」


 また沈黙が落ちた。

 分岐点が近づいてくる。いつも別れる場所だ。


「......じゃあ」

「おう。また明日な」


 秋月(あきづき)は小さく頷いて、右に曲がっていった。

 その背中を見送りながら、ふと思った。

 秋月(あきづき)にGWの過ごし方を聞かれたのは、さっきのコンビニの時を含めて2回目だ。俺はそのどちらでも、ひなたの名前を出した。

 別にひなたの名前を出すこと自体に意味はないのだが、秋月(あきづき)の歩く速度が落ちたのが、少し引っかかった。

 まあ、たまたまだろう。

 秋月(あきづき)の「たまたま」がたまたまじゃないように、俺の「たまたま」もたまたまじゃないのかもしれないが──いや、考えすぎだ。

 帰ろう。明日の弁当の献立を考えないと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ