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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME


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8/13

GWの迷子

ゴールデンウィーク。世の中は大型連休で浮かれているが、俺の生活はほとんど変わらない。

 母さんは看護師だ。カレンダーの赤い日は関係なく、シフト通りに夜勤に入る。「GWは急患が増えるのよ」と苦笑いしながら出かけていった母さんの分の弁当を作り、冷蔵庫に入れておくのがいつものルーティンだ。

 連休3日目。朝の9時に目が覚めて、洗濯物を干して、昼飯を作って、ソファでごろごろしていた。テレビではどこかのテーマパークの混雑情報が流れている。行く予定もないし、行きたいとも思わない。


「そうくん! 暇でしょ!? ひなたも暇!」


 ノックもなしに玄関が開いた。ひなたは俺の家の合鍵を持っている。幼稚園の頃、母さん同士が非常用にと交換したやつだ。非常用のはずが、ひなたにとっては日常用になっている。

 ひなたは手にゲームのコントローラーを2つ持っていた。うちのだ。いつの間に持ち出したんだ。


「暇だけど、お前それうちのコントローラーだろ」

「えへへ、昨日借りてったの。忘れてた?」

「忘れてたじゃなくて、言ってから持っていけよ」

「そうくんいなかったんだもん。じゃ、やろやろ!」


 反省の色が一切ない。まあ、いつものことだ。

 ひなたが持ってきたのは格闘ゲームだった。俺とひなたはリビングのソファに並んで座り、テレビに向かってコントローラーを握った。ひなたは操作が適当で、必殺技のコマンドを全く覚えないくせに、なぜか勝率は5割を超えている。連打の暴力だ。


「やった! ひなたの勝ち!」

「連打すんなって。技使え、技」

「ボタンいっぱい押した方が強いよ?」

「格ゲーの概念を根底から否定するなよ......」


 そのまま夕方まで対戦して、夜は2人で買い物に行って、適当に晩飯を作った。ひなたはキッチンで俺の隣に立ちたがるが、包丁さばきが危なっかしいので基本的に盛り付け担当だ。


「そうくんの作るご飯、お店みたい!」

「そこまでじゃねえよ」

「じゃあお店の95点くらい!」

「点数の基準がわからん」


 連休4日目も5日目も、だいたい同じような過ごし方をした。ひなたが来て、ゲームをして、買い物に行って、飯を作る。穏やかで、平和で、変わり映えのしない連休だった。


 * * *


 GW最終日。

 冷蔵庫の卵が切れていたことに昼過ぎに気づいた。明日から学校だし、弁当の卵焼きが作れないのは困る。

 ひなたは今日に限って家族で出かけている。「おばあちゃんちに行くの! そうくんにお土産買ってくるね!」と朝から嬉しそうだった。

 一人でコンビニに向かう。5月の風はもう夏の匂いを含んでいて、半袖でちょうどいい気温だった。


 コンビニまで徒歩5分の道のりの途中、見覚えのある後ろ姿が目に入った。

 黒髪のストレートロング。腰まで届く髪が、風に揺れている。私服姿は初めて見るが、白いブラウスにネイビーのスカートという組み合わせは、制服の時と印象がほとんど変わらない。隙のないコーディネートだ。

 ただし、歩いている方向がおかしい。

 住宅街の奥に向かって、明らかに迷っている足取りで進んでいる。立ち止まって、左を見て、右を見て、また左を見る。学校の廊下で見たのと全く同じ動きだ。


秋月(あきづき)?」


 声をかけると、秋月(あきづき)がぱっと振り返った。目が合った瞬間、ほんの一瞬だけ驚いた顔をして、すぐにいつもの無表情に戻る。戻るのが速いのも相変わらずだ。


「......藤宮(ふじみや)

「こんなとこで何してんだ?」

「......散歩」

「散歩ね」


 俺は周囲を見回した。ここは俺の家から3分くらいの住宅街で、コンビニどころかまともな店は一軒もない。散歩コースにしては地味すぎる。

 それに、秋月(あきづき)の家は駅の反対側だったはずだ。学校からの帰り道で途中まで一緒に歩くようになって、別れる分岐点は覚えている。ここは秋月(あきづき)の家とは完全に逆方向だ。


秋月(あきづき)、コンビニ行こうとしてたか?」

「......散歩」

「コンビニの方向、家と逆だぞ」


 秋月(あきづき)の眉がわずかに動いた。


「......知ってる」


 知らなかっただろ。今の間でわかる。

 でもまあ、ここで追及しても秋月(あきづき)は絶対に認めない。それはもうわかっている。


「ちょうど俺もコンビニ行くとこだったんだよ。一緒に行くか」


 秋月(あきづき)は2秒くらい黙って、それから小さく頷いた。言葉ではなく、頷き。秋月(あきづき)にしては珍しい反応だった。

 並んで歩き出す。学校の帰り道とは違う、休日の住宅街だ。車の音もほとんどなくて、どこかの家の庭から風鈴の音が聞こえる。


「GW、どっか行ったのか?」

「......別に」

「ずっと家?」

「......散歩してた」


 散歩。さっきからその単語しか出てこない。散歩にしてはずいぶん遠くまで来ているし、方向感覚が死んでいるのに散歩というのは無謀すぎないか。

 ただ、聞き方を変えてみたくなった。


「一人で?」

「......一人で」


 その答え方が、妙に引っかかった。

 GW最終日の午後。一人で散歩。秋月(あきづき)の私服姿はきちんとしていて、近所にふらっと出たという雰囲気ではない。どこかに行こうとして、辿り着けなかったのだろうか。

 それとも、ただ外に出たかっただけなのか。


「コンビニで何買うんだ?」

「......特に決めてない」

「じゃあ散歩のついでか」

「......そう」


 コンビニに着いた。俺は卵のパックを取り、ついでに明日の弁当用の食材をいくつかカゴに入れた。秋月(あきづき)は飲み物の棚の前で立ち止まっている。

 棚をじっと見つめている秋月(あきづき)の横顔が、何かを選んでいるというより、選び方がわからないという感じに見えた。

 まあ、気のせいだろう。コンビニで飲み物を選ぶのに困る人間はいない。


 会計を済ませて外に出ると、秋月(あきづき)が小さなペットボトルのお茶を一本だけ持っていた。

 帰り道。俺は秋月(あきづき)を家の近くまで送ることにした。放っておいたらまた迷子になるのは目に見えている。


「こっちだ」

「......わかってる」

「わかってないから言ってんだよ。さっき反対方向に歩いてただろ」

「......たまたま」


 出た。たまたま。秋月(あきづき)の鉄板フレーズだ。

 帰り道の秋月(あきづき)は、いつもより少しだけ口数が多かった。多いといっても、返事が「そう」だけじゃなくなった程度の変化だ。


「......藤宮(ふじみや)は、GW何してたの」

「ほとんど家だな。ゲームしたり、飯作ったり」

「......一人で?」

「いや、ひなたが来てた。毎日のように」

「......そう」


 短い沈黙が落ちた。秋月(あきづき)の歩く速度がほんの少しだけ遅くなった気がしたが、すぐに元に戻った。


藤宮(ふじみや)は、料理が好きなの」

「好きっていうか、必要だからやってたら得意になった感じかな」

「......そう」

秋月(あきづき)は料理するのか?」

「......しない」


 また「しない」が出た。秋月(あきづき)の返答は否定形が多い。しない、知らない、違う。でもそれは拒絶じゃなくて、事実を述べているだけだということに、最近ようやく気づいた。


 分岐点が近づいてきた。ここを右に曲がれば秋月(あきづき)の家の方向だ。


「ここまで来ればわかるか?」

「......わかる」


 今度は本当にわかっているらしい。見覚えのある道に出たからか、秋月(あきづき)の足取りに迷いがなくなった。


「......ありがとう、は言わない」


 秋月(あきづき)がぼそっと呟いた。こちらを見ずに、前を向いたまま。


「言ってるようなもんだろ」


 俺が笑うと、秋月(あきづき)は一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らした。耳が赤い。5月の日差しのせいだろうか。いや、耳だけ赤くなるのは日差しのせいじゃない気がする。


「......じゃあ」

「おう。明日から学校だな」

「......うん」


 秋月(あきづき)は背を向けて歩き出した。真っ直ぐに、迷わずに。分岐点から先は間違えないらしい。

 小さくなっていく後ろ姿を見ながら、俺はコンビニの袋を持ち直した。


 GWの最終日。卵を買いに行っただけなのに、なんだか妙に印象に残る夕方だった。

 明日の弁当は卵焼きにしよう。甘めのやつ。隣の席のあいつにも、一つだけ分けてやろうか。

 まあ、それは明日考えればいい。

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