勧誘ラッシュ
4月の3週目。部活動勧誘週間が始まった。
昇降口にはカラフルなポスターが貼り出され、休み時間のたびに上級生が新入生やクラス替え組に声をかけて回る。2年生への勧誘は稀だが、転入生や帰宅部に対しては遠慮なく来る。
そして、秋月凛への勧誘は異常だった。
「秋月さん! 美術部なんだけど、デッサンのモデルやってくれない?」
「......結構です」
「秋月さん! バスケ部! 身長あるし運動できるでしょ!?」
「......結構です」
「あの、秋月さん......茶道部です。雰囲気ぴったりだと思うんですけど......」
「......結構です」
全部同じ言葉、同じトーン、同じ無表情。効率がいいと言えばいいが、勧誘する側は全員同じ反応で返されるのでダメージが蓄積しているようだった。
俺は自分の席で弁当のおかずの仕込みをメモしながら、この光景を横目で見ていた。
「お前は部活どうすんの?」
桐生が聞いてくる。
「帰宅部」
「だよなー。俺はゲーム研究会に入った」
「ゲーム研究会? そんなのあったのか」
「あったんだよ! パソコン室占領してゲームしていい部活! 最高じゃん!」
「それ部活か?」
「部活だぞ! 顧問もいる! 活動内容はゲームのレビュー記事を書くこと! ──まあ、書いてないけど」
桐生は満面の笑みで拳を突き上げた。こいつの人生は楽しそうだ。
* * *
昼休み。ひなたが教室に来た。今日は髪に水色のヘアピンを2つ付けている。
「そうくんそうくん! ひなた、料理部に入ったよ!」
「料理部か」
ひなたの料理は昔から壊滅的だった。小学校の調理実習でホットケーキを炭にしたのは伝説になっている。だが、中学の後半からは俺に教わって少しずつ上達していた。
「うまくなったな、ひなた」
「えへへ。そうくんに教えてもらったからね! これからもっと練習して、そうくんに食べてもらうの!」
「おう」
ひなたの笑顔は相変わらず眩しい。これが幼馴染の距離感だ。遠慮がなくて、打算がなくて、ただまっすぐに好意を向けてくる。
隣で秋月がおにぎりを食べている。俺が弁当箱を開けると、秋月の視線が一瞬だけこっちに動いた。もう慣れた。
「......一つだけ」
俺が何も言う前に、秋月が卵焼きをつまんだ。今日も甘いやつだ。事後報告すら省略されつつある。
ひなたが目を丸くした。
「わ、凛ちゃんそうくんの卵焼き食べてる!」
「......凛ちゃん?」
秋月が初めてひなたの方を向いた。まだ名前で呼ばれたことがないはずだ。
「あ、ごめんね! でも秋月さんって堅いし、凛ちゃんの方がかわいいから! だめ?」
「............」
6秒の沈黙。秋月はひなたを見ていた。裏表のない明るい目。自分とは正反対の性質を持つ人間を、秋月はどう見ているのだろう。
「......好きにして」
秋月はそれだけ言って、おにぎりに戻った。ひなたは「やった!」と小さくガッツポーズをした。この距離の詰め方は、ひなたにしかできない芸当だ。
桐生がこっちを見て何か言いたそうにしていたが、俺は目を合わせなかった。面倒なことを言い出すに決まっている。
* * *
放課後。
つぐみがバドミントン部の練習に向かうのを横目に、俺は鞄を持って教室を出た。桐生はゲーム研究会──もといパソコン室に消えていった。
昇降口で靴を履き替え、校門へ向かう。4月の夕方はまだ明るい。西日が校庭を照らして、部活の声が遠くに聞こえる。
校門の前まで来た時、反対方向から歩いてくる人影が見えた。
黒髪のストレートロング。膝丈のスカート。腰まで届く髪が歩くたびに揺れている。
秋月だった。
校門と反対方向に歩いている。つまり、校舎の方へ戻ろうとしている。
「秋月」
声をかけると、秋月が足を止めた。振り返る。
「校門そっちじゃないぞ」
秋月は俺を見て、それから自分が歩いてきた方向を見て、もう一度俺を見た。
「......知ってる」
「いや、今まさに逆方向に歩いてただろ」
「......遠回りしてた」
「遠回りしたら校舎に戻るんだが」
秋月は2秒黙って、視線を逸らした。
「......たまたま」
もう何回目だろう、この言葉。
俺は鞄の紐を肩にかけ直して、校門の方に歩き出した。
「こっちだ。ついてこい」
秋月は3秒遅れて、ついてきた。いつもの半歩後ろだ。
校門を出て、通学路を歩く。しばらく無言だった。桜はもう散り始めていて、歩道の端にピンクの花びらが溜まっている。
「秋月、家どっちの方向?」
「......駅の方」
「俺もだ」
同じ方向だった。この高校の最寄り駅は一つしかないから、確率的には高いが。
「......そう」
「そう」
また沈黙。
秋月と2人で歩くのは初めてだった。校舎の中で案内するのとは違う。目的地がなく、ただ同じ方向に歩いている。それだけのことなのに、少し不思議な感覚がした。
夕日が長い影を作っている。俺の影と秋月の影が、並んで歩道に伸びていた。
「秋月、帰り道ってわかるのか?」
「......わかる」
「本当に?」
「......駅まではわかる。たぶん」
たぶん。この副詞がつく時点で怪しい。
「明日から一緒に帰るか?」
深い意味はなかった。同じ方向なら一緒に帰った方が効率がいい。秋月が道に迷って学校に戻ってくる可能性を考えれば、なおさらだ。
秋月の足が止まった。
俺も止まって振り返る。秋月は俺を見ていた。夕日が横顔を照らして、透明な瞳がオレンジ色に染まっている。
「......考えておく」
秋月はそれだけ言って、また歩き出した。
考えておく。断られたわけではない。受け入れたわけでもない。秋月らしい答えだと思った。
駅に着くまで、会話はほとんどなかった。別れ際に俺が「じゃあな」と言うと、秋月は小さく頷いただけだった。
* * *
家に帰って、靴を脱いで、冷蔵庫を開ける。
明日の弁当の材料を確認する。卵、鶏もも肉、ブロッコリー、プチトマト。卵焼きは甘い方。唐揚げは下味を今夜のうちに仕込む。
スマホが鳴った。LINEだ。
秋月凛:『......明日』
1分後。
秋月凛:『......7時50分に校門前で待ってる、とは言ってない』
言ってるようなもんだろ。
俺は少しだけ笑って、メッセージを打った。
『わかった。遅れんなよ』
既読がついた。返信はなかった。
まあ、秋月だし。
明日の卵焼きは、いつもより少しだけ丁寧に巻こうと思った。




