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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME


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5/5

隣が定位置

翌日の昼休み。

 4時間目が終わったチャイムが鳴って、俺は机の上を片付けた。弁当箱を鞄から出す。今朝は5時半に起きて仕込んだ。卵焼きの味付けを昨日と変えたのは、あくまで自分の気分の問題だ。

 弁当箱を開けた瞬間、隣でガサッと音がした。

 秋月(あきづき)が自分の席で、コンビニの袋を脇に押しやっている。そして何食わぬ顔で、自分の机を俺の方に5cmほどずらした。

 ずらした。

 いや、気のせいかもしれない。もともとこのくらいの距離だったかもしれない。教室の机と机の間隔なんて、いちいち測っていない。でも、昨日までは肘が当たることなんてなかった気がする。今日は、もし俺が右肘を伸ばしたら秋月(あきづき)の机に届きそうだ。

 秋月(あきづき)はコンビニのおにぎりを一つだけ取り出して、黙々と食べ始めた。鮭。視線は前を向いている。俺の弁当は見ていない。見ていないが、おにぎりを食べるペースが妙に遅い。噛んで、止まって、噛んで、止まる。何かを待っているようなリズムだった。


「おい蒼太(そうた)! 今日のおかずなに──」


 桐生(きりゅう)が弁当を持って近づいてきて、秋月(あきづき)を見た瞬間に固まった。


「え、秋月(あきづき)さん!? ここで食べんの!?」


 桐生(きりゅう)の声が教室に響く。近くの席の何人かが顔を上げた。


「......席が近いだけ」


 秋月(あきづき)桐生(きりゅう)を見もせずに答えた。声に感情はない。事実を述べているだけのトーンだ。


「い、いやそうだけど......昨日まではもうちょっと距離あったような......」

「......気のせい」


 桐生(きりゅう)はそれ以上突っ込めなかったらしく、俺の向かいの席に座った。小声で「お前どうなってんだ」と聞いてきたが、俺にもわからない。

 弁当の蓋を開ける。今日のおかずは、鶏の照り焼き、きんぴらごぼう、ブロッコリー、そして卵焼き。

 卵焼きは昨日より甘い。砂糖を小さじ半分だけ多めに入れた。昨日、秋月(あきづき)が唐揚げを食べた後にひなたが卵焼きを食べて「甘くて美味しい!」と言っていた。あの時、秋月(あきづき)が一瞬だけ卵焼きに目をやったのを覚えている。甘い方が好きなのだろうかと、今朝の台所でふと考えた。

 深い理由はない。味のバリエーションとして、今日は甘い方がバランスがいいと判断しただけだ。それだけだ。

 隣から視線を感じた。

 秋月(あきづき)が俺の弁当を見ている。今度は隠す気がないのか、まっすぐ見ている。正確には、卵焼きを見ている。


「......」


 俺は何も言わずに食べ続けた。

 5秒後、秋月(あきづき)の手が伸びてきた。細い指が卵焼きの一つをつまむ。


「......一つだけ」


 もう事後報告だった。取ってから言っている。昨日の唐揚げの時は3秒迷っていたのに、今日はゼロ秒だ。学習が速いのか、遠慮を捨てるのが速いのか。

 秋月(あきづき)は卵焼きを口に入れた。小さく2回咀嚼して、飲み込む。


「......」


 表情は変わらない。だが、おにぎりを食べる手が再開した。ペースが少し上がっている。

 俺は黙って照り焼きを食べた。桐生(きりゅう)が目を丸くして俺と秋月(あきづき)を交互に見ている。


「お、お前......秋月(あきづき)さんに弁当作ってやってんの?」

「たまたまだ。甘い卵焼きが食いたかっただけ」


 秋月(あきづき)の箸が止まった。

 俺の言葉を聞いていたのかどうかはわからないが、小さく唇が動いた。


「......たまたま」


 秋月(あきづき)がそう呟いた。

 声は小さかったが、確かに聞こえた。たまたま。秋月(あきづき)がその言葉を繰り返す時は、大抵たまたまじゃない。俺は昨日までの経験でそれを学んでいた。


 * * *


 ふと、教室の後ろの方から視線を感じた。振り返ると、白河(しらかわ)が頬杖をつきながらこっちを見ていた。女子のグループに囲まれているのに、視線だけが窓際を向いている。

 目が合うと、白河(しらかわ)はにやっと笑った。それから何でもないように友達の方に向き直った。

 何だったんだ、今の。


 * * *


 6時間目が終わって、帰りのHRまでの数分間。

 桐生(きりゅう)がまだ弁当の件を引きずっていた。


「いや、あれ絶対たまたまじゃねえだろ。お前、昨日の卵焼き甘くなかったよな? 今日は甘かった。変えただろ」

桐生(きりゅう)、お前の味覚そんなに鋭かったか」

「唐揚げもらった時についでに見たんだよ! 昨日の卵焼きはだし巻きっぽかったけど、今日は明らかに甘い系だった!」

「......よく見てんな」

「それな! 俺の観察眼すごくね?」

「方向性が間違ってるけどな」


 桐生(きりゅう)は「失礼だな!」と笑って、自分の席に戻っていった。こいつの観察眼は確かに鋭い。鋭いのだが、その鋭さを勉強に向ける気は一切ないらしい。もったいない才能だ。

 隣の席で、秋月(あきづき)が鞄に教科書を詰めている。長い髪が肩から流れ落ちて、教科書を覆い隠す。秋月(あきづき)は髪を耳にかけて、また教科書を詰める。俺の視線に気づいたのか、ちらっとこっちを見た。


「......何」

「いや、別に」


 秋月(あきづき)は目を逸らして、鞄のチャックを閉めた。

 帰りのHRが始まるまで、あと数分。窓の外では桜の花びらが風に舞っている。もう散り際だ。来週には葉桜になるだろう。

 ふと、秋月(あきづき)が鞄からコンビニの袋を取り出した。中身はスイーツだった。プリン。蓋を剥がして、小さなスプーンで一口すくう。

 あの無表情のまま、プリンを食べている。だが、スプーンを口に運ぶペースが微妙に速い。甘いものは好きらしい。無意識に手が早くなっている。

 俺はそれを横目で確認して、帰りのHRの準備をした。

 明日の弁当は何を作ろうか。冷蔵庫にあるのは鶏もも肉と、ほうれん草と、卵。卵焼きは甘い方を作ろう。

 自分で考えて、少しだけ笑いそうになった。

 たまたまだ。たまたま甘い方が作りたい気分なだけだ。

 ──本当に、最近この言葉を使いすぎている。

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