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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME


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4/5

一つだけ

4月も2週目に入ると、クラスの中にグループができ始める。

 誰と誰が仲良くて、誰が一人で過ごしていて、昼飯はどこで食べるか。そういう配置が少しずつ固まっていく。俺の配置は去年と変わらない。桐生(きりゅう)が向かいの席を占領して、ひなたが隣のクラスから遠征してくる。いつもの三角形だ。

 その日の昼休み。俺は弁当箱を開けた。

 唐揚げ、ほうれん草の胡麻和え、プチトマト、卵焼き。今朝は少し甘めに味付けした卵焼きと、しっかり味の唐揚げ。我ながらバランスがいい。


蒼太(そうた)の弁当マジでうまそう。一個くれよ」


 桐生(きりゅう)が向かいの席から箸を伸ばしてくる。こいつの弁当は母親の手作りだが、毎日白飯とウインナーとブロッコリーの三種の神器で構成されている。本人曰く「母ちゃんは料理のレパートリーが3つしかない」とのことだが、毎日作ってくれているだけありがたいだろう。


「どれだよ」

「唐揚げ! 唐揚げ一択!!」

「一個だけな」

「うめー!! なんでお前の唐揚げこんなうまいんだよ!!」


 桐生(きりゅう)が大声で叫ぶ。教室の半分くらいが振り向いた。声量を調整する機能がこいつには搭載されていない。

 ふと、隣から視線を感じた。

 秋月(あきづき)が自分の席でコンビニのサンドイッチを開けている。卵サンド。透明のパッケージに入ったやつ。視線はサンドイッチに向いているが、食べる手が止まっている。

 いや、正確にはサンドイッチと俺の弁当を交互に見ていた。サンドイッチ。弁当。サンドイッチ。弁当。メトロノームみたいな規則正しさだ。本人は無自覚だろうが、視線の動きでわかる。料理をやっていると、素材の状態を見る癖がつく。人の目の動きも同じだ。


秋月(あきづき)、食うか?」


 俺は唐揚げを一つ、箸でつまんで差し出した。

 秋月(あきづき)の視線がサンドイッチから俺の箸先に移動する。それから俺の顔を見て、また唐揚げを見る。

 1秒。

 2秒。

 3秒。


「......一つだけ」


 秋月(あきづき)が小さく呟いて、唐揚げを受け取った。箸から箸への受け渡し。指先は触れなかった。秋月(あきづき)の箸さばきは意外と丁寧で、唐揚げを落とすことなく自分の席に運んだ。

 秋月(あきづき)は唐揚げを一口で食べた。咀嚼する間、表情は変わらない。あの無表情のまま、もぐもぐと口が動いている。飲み込んで、2秒の間があった。


「......美味しい」


 小さな声だった。聞こえるか聞こえないかの境界線くらいの音量で、でも確かにそう言った。


「だろ」


 俺はそれだけ返して、自分の弁当を食べ続けた。

 秋月(あきづき)は何事もなかったようにサンドイッチに戻った。ただ、食べるペースが少しだけ上がった気がする。気のせいかもしれない。


「そうくーん!」


 教室のドアが勢いよく開いて、ひなたが入ってきた。今日はオレンジのヘアピンだ。


「今日のお弁当なに? ひなたも見たい!」

「唐揚げ。ほら」

「わあ! 美味しそう! ひなた、卵焼きもらってもいい?」

「いいぞ」


 ひなたが俺の向かいに座って、嬉しそうに卵焼きを頬張る。「甘くて美味しい!」と声を弾ませた。

 ひなたはこうだ。遠慮なく距離を詰めて、遠慮なく笑う。幼馴染の特権というか、俺との間に壁がない。壁を作ろうとしたこともないし、壁があるという概念すら持っていないのだろう。

 俺の視界の端で、秋月(あきづき)がひなたを見ていた。一瞬だけ。食べかけのサンドイッチを持ったまま、ひなたが俺の弁当を遠慮なくつまんで、俺がそれを当たり前のように許している光景を見ていた。

 すぐにサンドイッチに視線を戻す。

 何を考えているのかは、俺にはわからなかった。ただ、秋月(あきづき)がサンドイッチを食べるペースが少しだけ落ちた気がした。


 * * *


 ひなたが自分のクラスに戻った後、教室に一人の女子が近づいてきた。

 ウェーブのかかった茶髪にハーフアップ。少しだるそうな目つきだが、嫌味のない顔立ち。白河(しらかわ)つぐみだ。バドミントン部のラケットを背負っている。


「ねー、秋月(あきづき)さん」


 つぐみは秋月(あきづき)の隣にしゃがみ込んだ。秋月(あきづき)が目だけで振り向く。


「一人でお昼? こっちおいでよ。あたしたちあっちで食べてるんだけど」


 つぐみが教室の後ろの方を指さした。女子が4人くらいで机をくっつけて食べている。

 秋月(あきづき)は1秒だけつぐみを見て、後ろのグループを見て、もう一度つぐみを見た。


「......結構です」

「えー、堅いなあ。敬語いらないよ、同じクラスなんだし」

「............」

「まあ、気が向いたらでいいからさ。席あけとくね」


 つぐみはあっさりと引いた。押して駄目なら引く、ではなく、押しすぎないで一歩引いて待つ。しつこくないところが、この子のいいところだと思う。人との距離感のセンスがある。

 秋月(あきづき)はしばらく何かを考えているようだった。サンドイッチの最後の一切れを口に入れて、咀嚼して、飲み込んで。パッケージを丁寧に畳んでゴミ袋に入れてから、立ち上がった。


「......少しだけ」


 秋月(あきづき)がつぐみの方に歩いていった。つぐみが「お、来た来た」と笑って椅子を引く。

 秋月(あきづき)はグループの端に座った。会話に加わるというよりは、その場にいるだけだった。でも、拒否はしなかった。

 桐生(きりゅう)が俺の肩を叩いた。


秋月(あきづき)さん、白河(しらかわ)と仲良くなんのかな」

「さあな」

「つーか蒼太(そうた)、お前さっき秋月(あきづき)さんに唐揚げあげてたよな? あれ何? 仲良いの?」

「別に。桐生(きりゅう)にもあげただろ」

「そりゃそうだけど......なんか違くね?」

「何が」

「わかんねえけど、なんか」


 桐生(きりゅう)の語彙力には期待しない方がいいことを、俺は去年学んだ。

 教室の後ろでは、つぐみが何か話しかけて、秋月(あきづき)が「......そう」と小さく答えていた。つぐみは「そっかー」と笑って、別の話を振っている。

 秋月(あきづき)の周りに人がいる光景は、始業式の日には想像できなかった。壁はまだ厚いが、つぐみはその壁を気にしていないようだった。

 まあ、いいことだと思う。隣の席の奴が昼飯を一人で食っているのは、なんとなく気になるものだ。

 弁当箱を片付けながら、俺は明日のおかずのことを考えていた。秋月(あきづき)が「美味しい」と言ったのは唐揚げだったが、甘い味付けが好きなのか、しっかりした味が好きなのか。

 いや、別に秋月(あきづき)の好みに合わせようとしているわけじゃない。

 弁当は自分のものだ。たまたま味付けのバリエーションを増やしたいだけだ。

 たまたま。

 ──最近、この言葉を使いすぎている気がする。

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