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隣の秋月さんは絶対デレない  作者: Studio SASAME


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10/11

こどもの日の大人

GW明け最初の月曜日。

 教室に入ると、桐生(きりゅう)が黒板の前に仁王立ちしていた。チョークを握り、でかい字で「5月5日 桐生(きりゅう)遼 誕生日(祝え)」と書いてある。その下に花丸が3つ。自分で描いたらしい。

 5月5日は連休中だったから、こいつは休み明け初日を祝賀会に充てるつもりらしい。


「皆の者! 先日5月5日は日本国が定めたこどもの日であると同時に、この桐生(きりゅう)遼の17回目の誕生日であった!」

「朝から声がでかい」


 俺が席に着くと、桐生(きりゅう)が食い気味に顔を寄せてきた。


蒼太(そうた)! 祝え!」

「こどもの日は子供を祝う日だろ。ちょうどいいじゃん」

「俺は大人だ! 大人の誕生日だ!」

「黒板に花丸描いてる時点で子供だろ」


 桐生(きりゅう)が「ぐっ」と言葉に詰まった。反論できなかったらしい。

 まあ、祝ってやる気がないわけじゃない。昨日のうちにコンビニで買っておいたシュークリームを鞄から出した。


「ほら、誕生日おめでとう」

蒼太(そうた)ーー!! お前最高だなーー!!」


 桐生(きりゅう)が俺に抱きつこうとしたので、手のひらで額を押さえて止めた。暑苦しい。


 * * *


 昼休み。

 桐生(きりゅう)の誕生日を祝おうという話になり、クラスメイト数人が集まった。つぐみが「じゃあ皆で乾杯しよ」と紙コップにジュースを配っている。手際がいい。

 桐生(きりゅう)は満面の笑みで、両手に紙コップを持って乾杯の音頭を取った。


桐生(きりゅう)遼、17歳! 抱負は──」

「抱負はいいから早く飲もう」

「つぐみちゃん厳しい!」


 わいわいと騒ぐ輪の中心に桐生(きりゅう)がいて、つぐみが仕切り、俺は少し離れた場所で紙コップのオレンジジュースを飲んでいた。

 ふと、窓際を見た。

 秋月(あきづき)が自分の席に座って、本を読んでいる。いつもの光景だ。輪には加わらず、かといって帰りもしない。ただ、そこにいる。

 つぐみも同じものを見たらしい。ジュースの配り終えたつぐみが、秋月(あきづき)の席に向かった。


(りん)もおいでよ」


 つぐみは秋月(あきづき)の腕を掴んで、ぐいっと引っ張った。秋月(あきづき)は本から顔を上げ、少し困惑した目をしている。


「......いい。私は関係ない」

「関係なくないよ。同じクラスじゃん。はい、立って」


 つぐみの勢いに押されて、秋月(あきづき)が立ち上がった。つぐみに引っ張られるまま輪の近くまで来たものの、明らかに居心地が悪そうだ。視線が泳いでいる。

 秋月(あきづき)が俺の横に来て、小声で話しかけてきた。


「......何をすればいいの」


 声が小さい。俺にだけ聞こえるくらいの音量だった。


「おめでとうって言えばいいだけだよ」

「......それだけ?」

「それだけ。難しくないだろ」


 秋月(あきづき)は2秒ほど黙ってから、桐生(きりゅう)の方を向いた。

 桐生(きりゅう)はクラスメイトと騒ぎながらシュークリームを食べている。秋月(あきづき)が近づいていくのに気づいていない。

 秋月(あきづき)が口を開いた。


「......桐生(きりゅう)くん、誕生日おめでとう」


 声は相変わらず小さかった。だが、ちゃんと届いた。

 桐生(きりゅう)の動きが止まった。シュークリームを口に運ぶ途中で、腕ごと固まっている。


「......え」


 桐生(きりゅう)秋月(あきづき)を見た。秋月(あきづき)は無表情のまま、ただ立っている。


「......秋月(あきづき)さんに、祝われた......」


 桐生(きりゅう)の目がじわじわと潤んできた。おい、泣くな。


「俺、今日死ぬかも......」

「大げさだろ」

蒼太(そうた)、聞いたか!? 秋月(あきづき)さんが! おめでとうって! 俺に!?」

「聞いた。つーか目の前にいるから」


 桐生(きりゅう)が感動のあまり両手を天に突き上げた。「最高の誕生日だ!」と叫んでいる。クラスメイトが笑い、つぐみが「よかったね桐生(きりゅう)」と拍手する。

 秋月(あきづき)は俺の横に戻ってきて、小さく呟いた。


「......変な人」

「まあ、桐生(きりゅう)はああいうやつだからな」

「......藤宮(ふじみや)の友達は、みんなああなの」

「みんなではないと思いたい」


 秋月(あきづき)の口元が微かに動いた。笑ったのかどうかは、わからない。ほんの一瞬だったから。

 桐生(きりゅう)が俺のところに来て、握手を求めてきた。シュークリームのクリームが手についていたので断った。


 * * *


 祝いの空気が落ち着いた頃、俺は弁当を食べながらふと思いついて秋月(あきづき)に聞いた。


「そういえば、秋月(あきづき)って誕生日いつ?」


 秋月(あきづき)がこちらを見た。


「......教えない」

「なんでだよ」

「......教える理由がない」


 理由がないと言われると、まあそうかもしれない。クラスメイトに誕生日を教えるかどうかは個人の自由だ。

 でも、少し気になった。


「祝ってもらいたくないのか?」

「............」


 長い沈黙だった。秋月(あきづき)の視線が、一瞬だけ桐生(きりゅう)たちの方に向いた。さっきまで賑やかに誕生日を祝っていた輪の方に。


「......期待しないようにしてるの」


 声が小さかった。俺に聞かせるつもりがあったのかどうかもわからないくらい、小さかった。

 期待しない。その言葉の奥にあるものを、俺は掴みきれなかった。転校を5回繰り返してきた秋月(あきづき)にとって、誕生日を祝ってもらうことは当たり前じゃなかったのかもしれない。祝ってもらえると期待して、叶わなかった経験があるのかもしれない。

 でも、それは俺の想像でしかない。


「まあ、教えたくなったら教えてくれよ」

「......たぶん、教えない」

「たぶんってことは、可能性はゼロじゃないな」

「......ゼロ」


 断言された。

 でも、秋月(あきづき)の「ゼロ」が本当にゼロだった試しを、俺は知らない。「結構です」と言いながら唐揚げを食べ、「いい」と言いながら隣を歩いている秋月(あきづき)だ。言葉と行動が一致しないのは、もう見慣れた光景だった。

 いつか教えてくれるかもしれないし、教えてくれないかもしれない。

 どちらでもいい。ただ、その時が来たら、ちゃんと祝ってやりたいとは思った。


「......藤宮(ふじみや)

「ん?」

「......桐生(きりゅう)くん、嬉しそうだった」

「ああ。秋月(あきづき)のおめでとうが効いたんだろうな」

「......私が言ったくらいで?」

秋月(あきづき)が言ったから、だろ」


 秋月(あきづき)が俺を見た。透明な瞳が、ほんの少しだけ揺れた気がした。


「......変なこと言わないで」


 秋月(あきづき)は本に視線を戻した。だが、ページをめくる手が少し遅くなっているのを、俺は見逃さなかった。


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