陰と陽 ④
翌日。召喚実習は校庭で行われた。
結界柱が周囲を囲み、護符が風に鳴る。
事故が外へ漏れないよう、最初から封じる前提の設備だ。
砂の匂いと札の墨の匂いが混ざり、耳の奥が詰まる。
「順番に行く。焦るな」
道満の声が通る。
「呼んで、縛って、帰す。暴れたら俺が止める」
生徒たちが次々に召喚した。
紙の狐が尻尾をぶんぶん振って駆け回る。
竹ぼうきの先が勝手に掃き始めた。
石の塊は単眼でじろじろ見てくる。
丸い饅頭みたいな何かは、ふにゃと鳴いて転がった。
可愛いのもいる。
油断すると、普通に死ぬやつもいる。
「次、司馬巻」
空気が切り替わった。
ざわつきが沈み、視線の密度が上がる。
司馬巻は中央の大陣へ進み、数珠の水晶へ指を滑らせた。
珠が淡く光る。
校庭の風が一瞬だけ向きを揃え、護符の鳴き方まで揃った気がした。
「急急如律令」
風が回る。
砂が舞い、護符が一斉に鳴く。
渦が形を持ち、刃の匂いをまとった風の獣が立ち上がった。
誰かが息を呑む。
司馬巻は数珠の回転を止めない。
渦が膨れ、巨大な輪郭が空へ立ち上がりかけた。
渦が一段、二段と厚くなり、護符の鳴き方が同じ拍へ揃っていく。
道満が一歩踏み出した。
「そこまでだ」
短い声なのに、絶対だった。
司馬巻は数珠の回転を止め、巨大な輪郭は霧散する。
司馬巻が涼しい顔で振り返る。
「先生。まだ召喚を終えていない者がいますよ。御饌音子さんが」
来た。
逃げるな。逃げたら終わる。
「言われなくても分かってる!」
音子は召喚陣の前に立った。
掌の水晶を握る。
震えが止まらない。
(お願い。来て)
(怖くてもいい。来て)
「――出でよ! 我が式神よ!」
水晶が一瞬だけ眩く光った。
砂が跳ね、札がざわめく。
足元の陣が鳴った。
視線が全部、音子へ刺さる。
だが――何も、いない。
音だけが残り、風だけが逃げ、砂だけが落ちる。
空気が冷え、「そうだろうな」が背中へ貼りついた。
司馬巻が嘲るように息を吐く。
「笑わせてくれるのだよ。式神も召喚できないなら陰陽師失格だ」
音子は泣きたくなるのを歯で止めた。
悔しいのに、手は止めない。
(折れない)
(ここで折れたら、本当にゼロだ)




