殺人エレベーター
ftgさまからいただいたお題で書きました
「桂木っ!」
剛田部長の怒声がまた俺に向かって飛んできた。
他の社員たちが笑っている。
みんな剛田部長のことを陰で馬鹿にしているくせに、俺の味方をしようとするやつは誰もいない。
自分に怒声が降りかからないよう、俺をスケープゴートにしているのだ。
「なぜおまえはそんなにダメなんだ! ダメ社員はうちには必要ない! 給料泥棒と呼ばれたくなければもっときちんと仕事が出来るようになってくれや!」
言葉の暴力だ。
俺はただ、スマホを見ただけだ。
お得意様のいる前だったが、時計を見ようと思って、ポケットからスマホを取り出して、見た。部屋に時計がないのが悪いんだ。
「これで商談が壊れたら、おまえのせいだからな! 最悪辞めてもらうことになるかもしれないと覚悟しておけ!」
剛田部長は相手によって態度をおおきく変える。
相手が有能社員だったり、目上の人間だったりする時には気持ち悪いほどの笑顔で接するが、俺のようなコミュニケーション能力や常識に乏しいやつに対しては鬼になる。
けっして褒めない。仕事がうまく出来た時には無視し、失敗した時には烈火のごとく怒声を浴びせる。
俺がダメ社員になったのはコイツのせいだ。
俺は本当は、凄いやつなのに──
「桂木さん、気にすることないですよ」
俺が喫煙所で休憩していると、同僚の浅川がやって来て、缶コーヒーをくれた。
「部長はあんな性格で、大人しいひと相手に暴言を吐くけど、あれって自信のなさの表れなんですよ」
浅川は俺より二つ下の29歳だ。
いかにも若いやつらしく、ネットで得たような知識をよくひけらかしてくる。
「自分より弱い者を見つけたらふんぞり返って、自分の強さを周囲に見せつけたいだけなんです。だから気にしなくていいです」
「ありがとう」
そう言って缶コーヒーを口にしながら、俺は浅川にも頭にきていた。
俺は弱くはない。
本当は誰よりも強いんだぞ。コイツも俺のことを馬鹿にしやがって。
エレベーターを待っていたら、扉が開いた中から剛田部長が出てきた。
「お疲れ様です!」
浅川がヘコヘコと笑顔で頭を下げる。
さっきまで部長の悪口みたいなのを言ってたくせに──チクってやろうか。
浅川は弱いくせに、要領がいいから、部長から怒鳴られることはそれほどなく、うまくやってるところがいけ好かない。
剛田部長は俺たちのことを見下すように一瞥すると、何も言わずに口をへの字に曲げて、エントランスから表へ出ていった。営業にでも行くのだろう。
出ていく時に受付嬢に、ニコニコ笑顔で何かくだらない冗談を言った。
2人並んで受付嬢は、つまらない冗談をさも可笑しそうに、口に手を当てて笑う。
2人とも陰では部長の悪口を言ってるの、知ってるぞ。
どいつもこいつも剛田の怒声を俺一人に向けさせて、難を逃れてやがる。
浅川と2人でエレベーターに乗り、職場へ戻る途中、俺はぽつりと言った。
「このエレベーターになれたら」
「えっ?」と浅川。
「剛田部長が今みたいに1人で乗ってきたら、激しく故障してやるのに」
「怖いなぁ……」
浅川は笑った。
「でも、それ、面白そう」
朝、起きると、俺は念願通りエレベーターになっていた。
昨夜、寝る前に、神様にお願いしたのが叶えられたようだ。
「桂木さん!」
エレベーターには、もう一つ、意識があった。
「何ですか、これ!?」
絶望したような声でそう聞く浅川に、俺は説明してやった。
「俺が神様にお願いしたんだよ、エレベーターにしてくれって。でも、なんでおまえまで……」
「ま……まぁ……、僕も桂木さんの言ったこと、面白そうだなって、思いはしましたけど……」
「俺には神通力があったんだな」
俺は得意になって、浅川に言った。
「これで、ここに、剛田が1人で乗ってきたら……」
来た。
扉が開き、剛田が1人で乗り込んできたのが、防犯カメラを通じて俺の目に見えた。
「うわぁ……。来ちゃったよ」
浅川がワクワクしているような声で言った。
「まずはどうします? 桂木さん」
浅川も気が弱い、優しいタイプの男だ。剛田部長に対する怨みのようなものが溜まっているようだった。
「そうだな……」
俺と浅川の会話は、剛田には聞こえていないようだった。
「ってか、これ、俺たちの意思で動かせるのかな? 試しに灯りを消してみよう」
俺が念じると、エレベーター内の灯りが消えた。
部長が「ム?」と声を漏らす。
「よし、どうやら俺たちの好きなように動かせるようだぞ」
「どうします? 何しちゃいます、桂木さん?」
浅川のノリノリな声に釣られて、俺はまだ部長がボタンを押していないエレベーターを、急発進させた。
「うおぅ!?」と部長が声をあげるのが俺たちを喜ばせる。
「スピード上げるぞ」
「100km/hぐらい出しちゃいましょうよ、桂木さんっ!」
浅川が言うほどのスピードは出せなかったが、精一杯の速度で俺はエレベーターを上昇させた。
灯りをつけてやると、床にへばりついて恐怖している剛田の姿がよく見えた。
「よし! ここで急ブレーキだ!」
「行けぇ!」
急にエレベーターを停めると、剛田のおおきな身体が浮き上がり、床に叩きつけられた。
「楽しいな、浅川!」
「最高ですよ、桂木さん!」
「俺たち、あの剛田を好きなようにしているぞ!」
「力こそ正義! ですね」
「おーいっ!」
剛田が大声で助けを求めるのが愉快だった。
「誰か! エレベーターがおかしいぞ!」
「次、どうします?」
そう聞く浅川に、俺は答えた。
「このへんにしとくか。さすがに殺すわけにはいかないし……」
「えー? 殺しちゃいましょうよ」
「……え?」
「殺したってバレないんですよ? エレベーターが殺人犯だなんて、誰が思います? これは合法に殺人を行うチャンスですよ!」
浅川のことが怖くなった。
普段大人しく優しいやつほどキレると怖いとよく言うが、その通りだと思った。
「誰も見てなくて、誰にもバレなかったら、おまえは人を殺すのか?」
自制をきかせて、思いとどまってほしくてそう言ったのだが──
「そりゃそうですよ! 誰にもバレようがないんだから! 仮にバレても誰も信じないような話ですよ、コレ。殺しましょう! 桂木さんだって怨みが溜まってるでしょう!?」
かえってその気にさせてしまった。
「俺は……やらないぞ! やりたいんなら、おまえが勝手にやれ!」
「殺りまーす」
ガクンと音を立て、エレベーターが墜落をはじめた。
物凄いスピードで落ちていく。
このまま一番下に激突したら──
「ひぃっ! やめろォ! やめてくれェ!」
剛田が泣き叫ぶ。
俺は声をあげた。
「やめろ! やっぱりやめろ! エレベーター会社のひとたちに大迷惑がかかる!」
「ひゃっほ〜」
浅川は止められなかった。
「っていうか俺たち今エレベーターなんだぞ!」
俺は早口でまくし立てた。
「俺たちまでダメージ喰らうだろうコレ! 俺たちまで死ん……!」
エレベーターがノーブレーキで最下層の床に激突し、俺は意識を失った。
次の朝、目覚めると、俺の部屋の布団の上だった。
窓の外ではスズメが平和に鳴いている。
「……夢?」
会社に行くと、いつもと何も変わりがなかった。
みんないつものように仕事をし、いつものように世間話を交わしている。
しかし、その世間話の内容が、いつもと違った。
「剛田部長、ざまぁだよね、不謹慎かもしれないけど」
「日頃の行いが横暴すぎたんだよ」
「死んで当然だったよ、あのひと」
「これで仕事が楽しくなるよね」
エレベーターには使用禁止の貼り紙がされ、朝礼では課長が剛田の死を報告した。
エレベーター管理会社のお偉いさんが謝罪に来ていて、警察も見分に訪れた。
「桂木さん、桂木さん」
後ろから浅川に声をかけられた。
「昨日は楽しかったですねぇ」
俺は顔をそらした。
浅川が言う。
「昨日は僕ら、2人とも無断欠勤扱いになってたらしいですよ。でも大丈夫、エレベーターになってたなんて、誰も思ってるわけもないんですから。名探偵にも解決できない事件ですよ」
俺は警察に呼ばれた。
昨日はどうして休んだのか、どこで何をしていたのかを聞かれた。
俺は普段から『よくわからないやつ』とみんなから思われている。よくわからないやつは何をするかもわからないと思われていた。
「浅川さんがですね──」
唇の厚い、色黒の刑事さんが、俺に言った。
「あなたがエレベーター技師の資格を持っていて、昨日、エレベーターに何かを仕掛けていたのを見たと──」
浅川の、ベロを出している顔が、脳裏に浮かんだ。




