ユキヒロ2
国の東側はあまり訪れたことがない。
この国は西側に田園が多く、東側は隣国と近いこともあってかなり発展している。商人たちは北門と東門を利用するのだから当然か。
西側に門はないため、外国に行くには一番近い北門に向かうか、海外を目指すなら南門の利用がおすすめだ。
俺たちは西側から一日かけて東側へ向かった。適当な宿で一夜を明かし、途中、国の中央にある商業が盛んな市場で早めのお昼を食べてから通過し、少し観光しながらキィリスさんの家にやってきた。
国の一等地から少し外れた路地の奥。近くに警備隊の詰め所を構えた薄暗い路地を進んだ先にある隠れ家のようなところが、キィリスさんの家だった。
なんの装飾もない扉を開けた先はお店になっていて、『魔女の秘薬』という薬屋だった。
店内を二分するような横長のカウンターテーブルに脚長のスツール、黒を基調とした内装のせいで、どこかバーのようにも見えた。
「ちょっと散らかっているけど、適当に腰かけてて。お客さんは来ないから」
営業時間は夕方からで、店を開けても一日に三組程度しか来店しないそうだ。
「旦那さんは仕事?」
「そう、今日は旦那が遅いから、お店はお休みして転生者を探そうか」
旦那の帰りが遅い女性の家にいる俺、という状況に変な興奮をしてきた。いかんいかん、俺は仕事でここにいるんだ。それに旦那さんもめっちゃいい人なんだよな。野菜くれるし、王宮勤めで、前にあったグレイの失礼な態度をフォローしてくれたし。
アイスティがコースターの上に置かれ、ついでにいくつかの資料もキィリスさんは持ってきた。
カウンターを挟んで反対に座ったキィリスさんは、最初に映写した紙を一枚見せた。
「この人が、転生者かもしれない人?」
「そう。ダグラス・グリン男爵令嬢ね。人と隔たりを作らない人懐っこい性格で、まだ学園も王都の中等部に通っている魔術科の子よ」
映写の紙で見せられたグリン嬢は、笑顔が素敵な普通の女の子だ。少し幼さの残る顔つきにセミロングのストレート髪、少しだけ焼けた肌は屋外スポーツの部活動に所属しているからだろう。映写ではテニスラケットを握っている。
「朝は普通に登校したのに、放課後はダグラス邸に帰って来なかったのよ。大慌てで探し回ってやっと見つけたと思ったらどこか様子がおかしい。目撃した時は屋根伝いに飛び移りながら移動していたそうよ」
「たしかにそれは転生者を疑うけど、暗殺者かもしれないってのは?」
「彼女を追っていた騎士が三人、悲鳴もなく首を掻っ切られていたそうよ。まだ彼女が犯人なのかは不明だけど、あまりに手際が良すぎるから、元の世界では暗殺を生業にしていた可能性があるの」
現在は行方不明だが、聞き込みによると、特徴が一致する学生服を着た女の子がこの近くにいるそうだ。何かを探すようにうろうろとしながら、目が合うとどこかへ逃げて行ったとのこと。
「どんなギフトを持っているかは分からない。もし、悪意を持って襲ってきたら、私でも負ける可能性があるわ」
「俺がしっかり護衛しないとな」
旦那さんに恨まれても嫌だし。
魔女という存在は、魔法使いの中の最高峰に位置し、そこら辺の魔法使いでは手も足も出ない。あの引きこもりであるグレイでさえ、普通は束で掛かったとしても敵う相手ではないのだ。
しかし、相手が転生者となれば話は別だ。あいつらは規格外のチート魔法を連発してくる。
キィリスさんやグレイほどの魔女ならば一度や二度打ち消すことは造作もないだろう。しかし、この世界の常識を超えた魔法を、それも不意打ちで放たれたらどうだろうか? 事前に防御の魔法でも発動させていない限り防ぐのは難しい。
さらに言えば、相手は暗殺者かもしれないということは、殺意を隠すのが得意という可能性もある。
「さてと、そろそろ行こうか。明日には夜会があるから、出来れば今日中、遅くても明日の昼までには解決してくれって懇願されちゃっているのよ」
「あんまり時間ないじゃん!」
残りちょうど一日。明日の昼には男爵家へ引き渡すことを考えたら、今日中に居場所を発見しておかないとヤバい。
夜会というのも、聞けば婚約者の誕生日パーティということで、これは絶対に欠席が出来ないやつだ。
急いで探さないといけないって焦っていると、脳天に短い杖の先端をコツンとぶつけられた。
「焦らないの。場所は大体分かっているんだし、こちらから無理に追えばやられるのよ。堂々として、話を聞きに行きましょう」
慣れている。キィリスさんは失敗を恐れているばかりの俺とは違って余裕がある。その姿を見ると俺の心も少しずつ冷静を取り戻した。
そうだ、俺は周囲を警戒してキィリスさんを守ることに徹すればいいんだ。
「いったん深呼吸でもして、外は暑いから水も飲んで。……落ち着いた?」
「ああ。落ち着いた」
「それじゃ、行こうか」
日傘を持ったキィリスさんの後ろに続いて、俺たちは転生者の捜索を始めた




