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西の魔女グレイシヴ5

 完全に花街からは離れた平民街、昼間は子どもの遊び場となっている広場だった。


 乾いた土の上を歩きながら、どうでもいい彼の元の世界での武勇伝を聞き流す。


「オレさ、高校の時はそれなりに悪いことしててさ、よくバイク吹かして夜の街中を走ったもんだ」


「……へー」


 悪い事していた自慢とか何も格好よく思えないが、酒に酔って、自分にも酔っているこいつに歯止めは効かない。ぺらぺらとどうでもいい武勇伝もどきを語り続けた。


 そろそろ魔法を見せて欲しいんだけどなぁと思っていると、広場の外を歩く知り合いを見つけた。向こうもこっちに気が付いて手を振って近づいてくる。


「おう、ファルちゃんじゃん。これからお仕事?」


「はい! 今日は少し遅めの出勤であります!」


 ビシッと右手で敬礼したファルちゃんは、背が低い。俺が膝に手を突いて屈むと同じくらいの身長になるくらいだ。


 頭の高いところで二つに結んだツーサイドアップに、ふりふりのスカート。ぱっちりとした瞳と張りのある白い肌。とてもこの花街で働いてよい年齢とは思えない容姿だ。少なくとも俺より年下だ。


「それにしてもお久しぶりでありますね、ユキヒロお兄ちゃん」


「そうだな、前回来た時、ファルちゃんはお休みの日だったもんな。二カ月ぶりか? 今日はミヤ姉と話してきたよ」


「ミャー姉はユキヒロお兄ちゃんのことが大好きでありますから、なかなか放してくれなかったのではないですか?」


「いつも通りハグをしてきたよ」


 帽子に触れて納品の仕事だったことを伝える。


 ファルちゃんとはミヤ姉と話している時にたまに見かけていた子で、納品の度に話していれば仲良くなっていた。感情表現が激しく、元気があって親しみやすい。


「あ、この前王都に遊びに行ったおみやげがあるであります!」


「ありがとう、おお! これは王都でしか食べられないと噂のチョコレートじゃないか!」


「グー姉にも渡してほしいであります」


「グレイの分まで、本当にありがとうな」


 ……と、まあ、ファルちゃんと話して隣のやつをあえて無視していたんだけど、なんか鼻息が荒くなってきたからそろそろ限界だろう。


「ふぁ、ファルちゃんって言うんだね? こんばんは、オレは――」


「はいストップ! それ以上近づいちゃいけないよ、イエスロリータノータッチってやつだ」


 手を差し出していたこいつの手を叩き落とし、二人の間に割り込む。どうもこいつはいろいろと救いようがないらしい。ロリコンを治す薬ってあるのかな? グレイに聞いてみよ。


「なんだよ! この子は俺の天使だ! 邪魔すんなよ!」


「思っていたよりも重症だった」


「向こうじゃ犯罪でも、こっちの世界じゃ合法なんだ! それにオレは貴族だぜ? 水商売しているやつなんて金でいくらでも黙らせられる」


「ユキヒロお兄ちゃん、この人怖いであります……」


 俺の後ろに隠れてぎゅっとシャツを握ってくる姿が可愛らしい。確かにファルちゃんは一部の客から天使とあだ名が付いているが、本物の天使じゃないし、普通の女の子だ。


「勘違いしているようだが、ファルちゃんが働いている店は水商売じゃなくて、高級料亭。それに、これだけ散財しておいてこれ以上あんたの家が金を出してくれるわけねえだろ。転生者ってのはバレてんだから、このままこの世界に留まるんなら仕事はクビ、家も廃嫡で追い出されるのは当たり前だろ。さらに勝手に持ち出した金も返却しなきゃいけないから、使った金はそのまんま借金だ」


「は? 侯爵家ともあろう家が醜聞を簡単に晒すわけねえだろ。金で解決するに決まっている」


 マンガとかなら間違いなく翔君のこめかみに怒りマークが浮いて出ている。


 もう国にもバレてんだってことは教えたくないな。それで反省されても俺の気が済まない。


 転生者症候群に罹ると元の人格や記憶は完全に否定して転生者が乗り移るため、転生者が元の世界へ帰れば、その間に発生した弁償代等は国が負担してくれる。だから公爵家も今は必死にこいつを探しているんだろうけど、与えられたギフトによって返り討ちに遭う可能性もあるからな、俺が先に見つけられてよかった。


「犯罪予告しておいて、ファルちゃんに近づけさせるわけにはいかないけどね」


「おまえ、うざいな。それにユキヒロって呼ばれたな? ヴェルってのは偽名か? 名前的にやっぱりあんたも転生者だろ。だったらオレの味方しろよ」


「え? やだよ。なんで犯罪者の味方しないといけないの? あんたみたいなクズの味方するよりも、元の身体のケイン君に国を守ってもらいたいね」


 後ろでファルちゃんがコクコクと頷いて同意してくれる。


 危ないから離れていてと、ファルちゃんを遠ざける。それを視線で追っているようだけど、そんな隙を晒してもいいのか?


「――ッ!」


「チッ、感がいいな」


 一足で近づいて拳を顔面に入れたが、すんでのところで躱された。ケイン君の人格を無視しても、騎士としての直感は身体が覚えているのかもしれない。本当のケイン君が騎士団で鍛えた筋肉もある。


 本当は一撃で沈めておきたかったが、不意打ちが失敗した時点でかなりの不利だ。


「そっちがその気なら仕方ねえ。オレの魔法を見せてやる」


 翔君がノーモーションで炎の玉を作り出して飛ばしてくる。普通の魔法使いは詠唱とか杖の補助が必要なのだが、転生者はチート的なことを平気でやってくる。


「魔法を見た事もないくせにこの世界のやつより魔法に詳しいって、どう考えてもおかしいよなっ!」


 転生者には、転生と同時に大量の魔力が蓄えられる。おそらくギフトの魔法を連続で発動させるために副次的に付与されたのだろう、迷惑だな。


「避けてんじゃねえよカスが!」


「うっせ、そっちと違って俺は魔法が苦手なんだよ」


 そもそも男性である時点で魔法が不得手だ。普通は杖の補助があってやっと小さな炎を生み出すことが出来る。補助なし詠唱なしでファイアボールやらかまいたちやら電撃やらを飛ばしてくる転生者が異常だ。


「チッ、当たんねえのは面倒だな。さっさとオレのギフトでケリを付けてやる」


 こちらがちょこまかと魔法を躱しているのにイラついて、やっと転生者としての特典であるギフトを使ってくれるようだ。


「これが、オレが手に入れた最強の魔法だ!」


 当たり前のように杖の補助や詠唱はなし。薄暗くなってきた広場の上空にはさらに暗くなるほどの巨大な物体が空に現れた。


「おいおい、マジかよ。隕石ってマジ?」


 広場を覆い隠すほどの巨大な隕石。まだ酔っぱらっているのかは分からないが、こんなものが落ちたら周辺の民家に被害が出るぞ。というか使った本人もただじゃすまないってこれ。


 こんなのが連発で撃てる転生者ってヤバいだろ。


「死んじまえぇええ!」


 真っ直ぐ俺の真上に落ちてくる隕石は、たとえ魔女であっても簡単には処理できないだろう。それが転生者のギフトと言うやつだ、理不尽が過ぎる。


 ファルちゃんも恐怖で尻もち着いているし、逃げる選択肢はない。


「だから転生者は嫌いなんだよ。俺みたいに“大人しいギフト”で満足しとけって」


 先ほど飲んだグレイの薬で強化された脚で宙に飛び出す。


 燃えた表面からくる熱気に目と喉がやられそうになるのを根性とグレイの薬への期待で我慢しつつ、俺は巨大隕石の表面に右手で触れた。


「……はぁ?」


 間抜けな声が足元から聞こえると同時に、巨大な隕石ははじけるように光の粒子となって消えた。そして、光の粒子が意思を持ったかのように蠢き、一直線に翔君の身体へ吸い込まれていった。


「なッ⁉ お……ご、ヴ、……オヴェエエエ」


「必殺、魔力返し(転生者限定)」


 巨大な隕石を生み出すのに使用した魔力が一気に逆流したことで吐き気を催したようだ。そもそも魔力の逆流が気持ち悪いとされているのだから、この量の魔力が逆流すれば……。


「まあ、気絶するよね。ケイン君に影響がなければいいけど」


「だ、大丈夫でありますか?」


 心配そうにかけよってきたファルちゃんが俺の後ろから覗き込むように恐る恐る翔君を覗き込む。


 白目を向いて動かなくなった翔君の脈を一応取る。……うん、ちゃんと生きてる。毎度のことながら死んじゃったんじゃないかって不安になるんだよな。


「後は俺に任せて、ファルちゃんは仕事に行ってきなよ。遅刻しないかい?」


「そうでありました! でも、もう間に合わないであります! ユキヒロお兄ちゃん、一緒に行って事情を説明してほしいであります!」


 腰にしがみ掴まれて懇願されるが、どうしても俺にはやることがある。


「本当ならそうしたいんだけどね、俺はこいつを連れて帰らないといけないんだ」


 一緒に行ってあげられない代わりに、俺はポーチからメモ帳を取り出してページをちぎり、そこに俺の名前とファルちゃんをお借りしたことを綴った。転生者捕獲を手伝ってもらったと書けば大丈夫かな?


「この紙をオーナーに渡して。ミヤ姉なら事情を知っているから、話せば味方してくれるよ」


 最後に西の魔女のサインを俺が代理で書いてファルちゃんに渡す。


「ありがとうであります! では、これにて失礼するであります!」


 パタパタと駆けて行ったファルちゃんを見送り、入れ替わりでやって来た執事服の男たちを迎え入れる。


 額に汗を浮かばせながら駆けて来るのは、おそらくウルルガ侯爵家の老執事と護衛騎士二人だ、胸元に貴族章が付いているから間違いないだろう。


 執事がおろおろと翔君に駆け寄る後ろで、護衛騎士の二人は俺の姿を見て一歩後退った。


「こ、これはヴェル様ではありませんか! ということは、今回の依頼は……」


「お察しの通り、西の魔女グレイシヴが担当だ。しかもこいつは反省の色がない。だから全部魔女に丸投げするから回収は頼んだぞ」


 死ぬことはないから安心してもらいたいのだが、やはり西の魔女ってだけで悪評がちらつくのだろう、護衛騎士と執事は揃ってひきつった顔をしていた。


「あの、どうか坊ちゃまに後遺症が残るようなことはしないでいただけると」


「しませんよ! ……たぶん。うん、保証は出来ないけど」


 あいつならやりかねないと思うあたり俺もグレイを信用していないかもしれない。前に薬漬けにした転生者が元の世界に帰った後、元の身体でしばらく風邪が治らないとか、脚が痛いとか苦情があったけど、あれは上半身裸で冬の空を駆け回っていたのが悪い。いくら『宙を踏める魔法』に目覚めたからといって馬鹿なことをしたやつが悪い。……と思いたい。


 そんなわけで、気絶した翔君は、護衛騎士たちの機嫌を損ねない程度に縛り上げ、ウルルガ侯爵家御用達の馬車で研究所へ帰ることにした。


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