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西の魔女グレイシヴ4

 どこの店も俺の姿を見るとまず値踏みされるが、グレイの名前を出すと手揉みして歓迎される。ごめんよ、西の魔女だからと期待されているようだが、残念ながら金はないんだ。


 花街で利用されるような薬品等はほぼ全てをグレイが作成しているだけあって、名前の効果は絶大だった。


 転生者の情報についてもすぐに集まる。


店主やらキャストやらに「体格がよくて金払いのいいお貴族様を見ませんでしたか?」と声を掛ければ、ここらへんで噂になっているのか、すぐに「さっきそっちに行ったよ」と情報が集まっていく。


 転生者の後を追っかけるように目撃情報を集めていくこと四店舗目、やっと追いついた。


 ちょうどキャストに見送られながら店から出てくるウルルガ侯爵家次男坊のケイン君の姿が見えた。


 動きやすそうな軽装で、腰にはしっかり剣を携えているが邪魔くさいのだろう、剣が明後日の方を向いている。逆立った短髪に稽古に励んだ証である頬の傷、キリっとした顔つきだが、キャストに見送られている間に見せたデレデレした顔がどうも気持ち悪い。


それに俺と同い年ってマジかよ。ちょっと老けすぎ……と言うと怒られるか。


 キリッとしていて厳格な性格、だけど今は転生者が乗り移っているから変な顔も見せる。……どうにかしないとケイン君の評判がガタ落ちだな。


「よお、兄弟、これから飯でも行かねえか?」


 とりあえず面倒そうなやつを装ってダルがらみしてみた。


「あ? なんだよてめえ、オレはそろそろ帰るんだよ。金もねえしな」


「まあまあ、奢ってやるからよ。あっちにいい店があんだよ」


「奢りってんならあっちの店の方が――」


「おいおい、知らねえのか? あっちは本当に金持ちの貴族が、数カ月前から予約しねえと入れねえ店しかねえよ。俺たちみたいな一夜のお楽しみ組は、こっちの安酒で女を楽しむに限るってもんだ」


 馬鹿野郎! あっちの高級料亭なんていったら今日の稼ぎでも足りねえよ! 花街外周あたりの飲み屋で胸でも尻でも触ってろっての。


 そういや前に、酔い覚ましの薬を納品した時にもらったクーポンがあったよな? よし、そこにしよう。


「そうか、だから断られたのか。……仕方ない、付いて行ってやろう」


 こいつ態度クソでかいな。まあさっさと酔っぱらってくれたら話が早いな。


 というわけで、俺たちは、平民もよく利用する飲み屋に足を運んだ。立地場所的にはもう花街と呼ぶには難しいかもしれないが、料理は美味いし店員のレベルは高い。毎日変態親父共を相手にしているからセクハラにも慣れているだろう。度が過ぎるようなら止めるけど。


「ういっす、やってるー?」


「あ、“ヴェル”じゃん、今日なんか納品あったっけ?」


 パンツスタイルの私服に紺色のエプロンをした若い女性が元気よく出迎えてくれる。


「いや、今日は普通に客、連れもいるよ」


「いらっしゃい、まだ人いないから、好きなとこ座っちゃっていいよ」


 俺はケイン君を誘導するように店の端の方へ連れて行った。


 テーブルに置いてあったメニュー表を開き、店員を呼ぶ。


「はいはい、ご注文は?」


「とりあえず生二つと、枝豆、あと適当に見繕ってくれる?」


「了解でっす。しばしお待ちを!」


 伝票に注文した物を書いた店員は元気よくキッチンへ戻って行った。


「あんた……ヴェルだっけ? なんか店でもやってんのか?」


「俺はただの配達員さ。今日は仕事終わりに飯行こうと思ったけど、一人じゃ寂しいじゃん? でもそこら辺の女に声を掛けるにしても金かかるからさ」


「野郎の俺でも奢りなら結局金かかるだろ」


「ん? そりゃそうだな! 俺が馬鹿だわ! あっはっはっは」


 ちなみに今日の配達料は飯代で消えるから本当に馬鹿だったわ。あーあ、グレイの飯どうしよう。


 枝豆とビール二人分届いたところで乾杯と杯をぶつけ、ごくごくと喉に流し込む。そういやアルコールなんて摂取したのいつぶりだ? 節約のことばかり考えて思い出せないや。


 ケイン君も俺の勢いに合わせてくれて、一気に半分近くを飲み干した。


「さてと、本題に入ろう」


「本題?」


「ああ、あんた、転生者だろ?」


 びくりと身を震わせたケイン君は、あからさまに俺を警戒した。


「ということは、あんたもか?」


 俺はニコリと笑って枝豆を貪る。


「何も知らないようだから教えるけど、この世界じゃ転生者症候群って病気があってな、あんたみたいなやつは何度も目にしているんだ」


「そ、そうだったのか……。他の転生者と会うことも出来るのか?」


「いないこともないが、この世界にやってきた転生者たちには、話をして元の世界へ帰ってもらっている。あんたもだ、この後、元の世界へ帰れる薬がある場所に連れて行ってやるから、帰んな」


「え、イヤだよ」


 その言葉に俺の眉間がピクリと動いた。


「だって、元の世界とかクソつまんねえもん。こっちじゃ家に帰れば金は湯水のようにあるし、身体も馬鹿みたいに軽い。しかもこの歳で就職してるのが偉いよな、向こうじゃ就活失敗してニートしていたからちょうどいいんだよ。あ、もしかして婚約者とかいるのか? いたらヤリたい放題じゃん」


 鼻で笑いたくなるほどのクズっぷりな理由は、残りのビールと一緒に喉へ流し込んだ。


「その身体の持ち主に悪いとは思わないのか?」


「なんで? こういうのって乗っ取られる方が悪くない? だってそういう病気でしょ」


 悪びれることもなく枝豆を食らうケイン君は、美味そうにビールを飲む。


 さて、もう少し話を聞いて、説得が無理そうなら強引な手段に出るとしよう。


「元の世界のあんたは意識不明の状態になっていると思うんだけど、悲しむ人くらいいるでしょ」


「いねえよ、だってニートだぜ? 早く就職して家出て行けってうるせえのなんの。こっちじゃ騎士団とかいう上の言うこと聞いて剣振るだけの仕事でいいし、異世界産の若い嫁貰えるんだからな、帰る理由がないね」


「転生して三日間、散財した金はどうするんだ?」


「転生者症候群で混乱してました~って言えばどうとでもなるでしょ。だって仕方ないじゃん、実際よく分かってなかったし」


 これ以上質問する意味はない気もするが、一応、最後に彼の本心を聞いておこう。


「最後に確認するけど、悪いことをした自覚はある?」


 ケイン君はきょとんとした顔をして。


「何か悪いことしたっけ?」


「……そうか、よくわかったよ」


 店員が唐揚げと揚げ出し豆腐を持ってきた。ちなみに唐揚げにレモンはかけない派だ。


 店内に客が少しずつ入って来る。


「どうかしたのか?」


「いんや~、ビールが美味いなって」


「そうだな。オレは実家じゃ親が下戸だったせいで付き合いでもほとんど飲んだことなかったんだよ。この身体は酒に強いみたいだし、もう一杯いこうかな、あとレモン掛けるぞ」


 ちょっとぶち切れそうになったのをなんとか押しとどめ、陽気なあんちゃん風に煽ててやる。


「おう、飲め飲め! そういや、あんた、転生したときに何か能力には目覚めたか? いわゆるギフトとか、スキルとかいうやつ」


「お、聞きたいか? 実はすんげえ魔法が使えてよ。後で見せてやるよ」


 酒に酔って気が軽くなっているのか、初対面の俺に対してもう警戒を解いている。大体のやつが隠したがることもあっさり教えてくれた。


 彼の転生前の名前も聞き出せた。どうやら『氷川翔(ひかわかける)』という名前らしい。心の中でケイン君と呼ぶには失礼だし、これからは翔君と呼ばせてもらおう。


 転生者はやっかいなことに、転生した際に元の身体にはない能力に目覚めている。一体どこのどいつがそんな面倒なものを与えているのかは分からないが、出来ればそれに気づかれる前に薬を飲ませたかった。


 魔法の才がないやつがいきなり上級魔法を扱えるようになったり、剣の扱いが騎士団長レベルだったり、転生者によって能力は様々だ。翔君の場合は何かしらの魔法に目覚めたらしい。


 男性で魔法がそれなりに扱えるというだけで王宮の魔法科の方へ引き抜かれるため、元のケイン君は魔法がそんなに得意ではなかったはずだ。これは警戒する必要がある。


「ふいー、食った食った。異世界の飯がどんなもんか不安だったが、案外向こうと変わらないもんだな。高い飯はオレの口に合わねえや」


「そうかい、安酒で満足できるなら安上がりな野郎だ」


 そういや、こいつ店員に手を出す気配がなかったな。ということはやっぱロリコンか。


 ビールを一気に飲んだのが効いたのか、足取りがふらついている翔君を連れて会計を済ませる。クーポンを使っても配達料金より少し高いが、それくらいで済んだと思えば気は楽だ。大丈夫、依頼を完了すれば金が入る。


「ヴェル、また来てね~」


「おう、金はねえけど、いつかは来るよ」


「いい店だったぜ、また来るぞ」


「お客さんもありがとうね~」


 ガラガラと微妙に建付けの悪い扉を開けて外へ出ると、まだまだ明るい空に涼しい風が酒で火照った身体を覚ましてくれる。


 ポーチから懐中時計を取り出して時間を確認すれば、帰りの馬車の時間までまだ時間はある。


「近くに広場があるからさ、そこで魔法を見せてくれよ」


「いいぜ、でも広場が吹っ飛ぶかもな! がっはっは!」


 完全に気を大きくした翔君は、俺の肩をバシバシ叩く。転生者の魔法だから笑えない冗談だ。


 だけど残念だが、もう年貢の納め時だ。反省を促す気にもなれない。


 俺はポーチから黒い小瓶を取り出し、蓋を開けて一気に煽った。ミントと生魚に適当な香辛料を合わせて熟成させたような臭さだ。しばらくは消えないだろうな。


「クッセェ」


「何飲んでんだ?」


「酔い覚ましだよ。すごい魔法は滅多に見れないからな」


 薬の副作用でふらつく頭を軽く叩きながら、俺は翔君を広場へ案内した。


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