表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/23

西の魔女グレイシヴ3

 乗合所から馬車に乗り、見渡す限りの田畑と林が入れ替わるだけの同じ景色の畑道を一時間ほど進む。そこからさらに別の馬車で数十分。広々として過ごしやすいが、近所が遠いのにご近所付き合いが頻繁にあることが田舎のつらいところだ。


 最初の目的地であるドゥエム子爵邸に辿り着く。子爵家の中でも金があると噂されるだけあり、屋敷がでかい。流石は王都一の花街を管理している家だ。花街には高位の貴族様が遊びに来るため、庭に目立つ雑草もない。


 門に取り付けられた呼び鈴を鳴らして荷物のお届けを知らせると、ど変態の主に仕える者とは思えないほどしっかりした執事が外へ出てくれた。


「お荷物です。配達料とサインをお願いします」


 荷物にくっ付いていた請求書を見せて、執事さんから料金を頂戴し、荷物を渡す。受け取りのサインも済ませれば一つ目の配達は終わりだ。


「いつも、本当にありがとうございます」


「執事さんもお疲れ様です。……やはり、転生者関係ですか?」


「ええ……。転生者の行き先として、我が領の花街が人気だということは承知していましたが、こうも好き放題されると人手が足りなくなりまして」


 あまり眠れていないのだろう、目の下は重そうなクマがぶら下がっている。それだけでこの人がしっかり者で頼られているのが分かる。だいぶ疲れた顔をしていた。


転生者の行動は王宮に報告しなくちゃならないため、転生者の移動が派手であれば、その分、報告書が分厚くなっていく。


「あの、今花街で暴れまわっている転生者について、何か知りませんか?」


 俺はポーチから緑の小瓶を取り出して、執事さんに渡す。薬の効果は疲労の回復薬。ひたすらに苦い代わりに効果は一瞬で現れる。


 魔女の魔法薬とあってさっそく小瓶の蓋を外して飲み干した執事さんは、なかなかに渋い顔を見せたが、スッと疲労が抜けていく感覚に驚いたのだろう、ほぅと溜息を吐いた。


「ありがとうございます。転生者につきましては、魔女様にお伝えした以上のことは不明です。ですが、どうやら狙いを定めた料亭があるようでして。おそらくそこへ向かえば何かしら情報を得られるのではないかと」


「マジっすか。助かります。その料亭ってどこですか?」


 花街は仕事と配達の都合上、ほぼすべての店を把握している。


 執事さんにその料亭の名前を教えてもらうと、驚くことに、これから配達へ向かう店の名前だった。


「本当に、よろしくお願い致します。あの不届き者を懲らしめてください。後処理はわたくしめがどうにかしますので」


「わ、分かりました。何とか早めに処理しますんで」


 固く手を握られてしまっては仕方ない。まずは配達と一緒に話を聞きに行くとしよう。



 ドゥエム子爵邸から花街までは歩いて行ける。軽くなった手荷物と、重くなった財布に足取りは軽やかだ 。子爵領の平民街はいつの間にか怪しげな雰囲気を纏ったお香のような甘い香りが漂ってくる。


 客のほとんどは商人かお貴族の男性で、迎え入れるは若い女性たち。露出の多い服装でそこら辺を闊歩し、狙いを定めた男性に声をかける。しかし、花街すべてが娼館というわけはなく、普通に居酒屋や、女性と楽しく食事をするだけのお食事処もある。今回はその中でも最高級の料亭だ。


 荷物の配達場所は花街で最も深い場所にある高級料亭。一番安いコースでも俺の稼ぎひと月分は余裕で吹っ飛ぶ。貴族でも金を持っている者たちだけが利用する豪奢な娯楽の一つだろう。


 帽子を被って来たのは仕事でここにいるという証明のため。この花街では特定の帽子を被っている人には声を掛けない暗黙のルールがあるのだ。そもそもまだ昼過ぎということで、外は人が少なく、ちらりとこちらと目が合っても、すぐ興味なさそうに視線を逸らされる。


 しばらく歩くと、小さな川を渡す短い橋に、古い造りのアーチが掛かっているのが見えてくる。分かりやすいように区分けしているのだろう、そこを潜ればお店の価格は跳ね上がる。道も複雑になり、知らなければ辿り着けないようなお店が数多く存在している。


「ふぅ、相変わらず迷路みたいだよな。道を覚えればそんな時間はかからないけど」


 高級料亭『コンゴウ』という看板は贅沢に純金で作られた文字看板だ。


 いくつも道を曲がって辿り着いた料亭は、最高級でありながら店自体はそんなに大きくない。しかし外装は明らかに周りと格が違う。


 ムラの無い塗装の壁に、金色の装飾は本物の金が使用されている。この外装だけでいくらかかっているのだろうか……、考えるだけで恐ろしい。


「ん~? ユキ君じゃない、ご苦労様」


 この時間の玄関はまだ閉まっているため、裏口から入ろうと店を周ると、縁側で煙管を咥えた絵になる銀髪美女が、足を組んでぷかぷかと煙を吹かせていた。


「お、ミヤ姉、一カ月ぶり」


 この料亭でナンバーワンの人気があるミヤ姉は、俺がグレイに拾われるまで長年お世話になった命の恩人だ。当時はミヤ姉に付いていって、別の料亭で下働きをさせて貰いつつ日銭を稼いでいたところに、すごく面倒くさそうな顔で薬の打ち合わせに来たグレイに引き抜かれたのだ。


 たぶん帰りの荷物を持たせるために雇われたんだろうけど。


 ミヤ姉は背が高く、胸も形がよくてすごく大きい。はんなりとした顔つきは、どこかの貴族令嬢と言われても信じてしまいそうなほどの美貌だった。


花街でありながらも、このコンゴウという店は水商売ではなく、個室での秘匿性と料理で勝負をしている。配膳やお酌等はミヤ姉並びに従業員がすぐ傍でしてくれるが、おさわりは厳禁。花街へ遊びに来たと思わせての重要な会議を行うための隠れ蓑に使われることがある。


 ここで飯を食いながら会議して、終わったら遊びに行くってのが基本的な流れらしい。ちなみに王族も利用するから俺は、何度か王子様を見た事がある。


「オーナーいる? 配達に来たんだけど」


「あー……、今買い物に行っているかな。判子押せばいいの?」


「うん。お金はすでに貰っているから、ここに判子か、サインでもいいよ」


「判子どこにあるか分かんないし、サインで。……これでいい?」


 ペンを貸して店の名前を書いてもらい、消毒液の入った箱を渡す。これで今回の配達仕事は完了。休憩がてら少し聞きたいことがあると言って、ミヤ姉の隣に座らせてもらった。


「なあに? お姉ちゃんに絞られる気になった?」


「ち、違う! 俺は転生者症候群の奴について聞きたいだけだ」


「えー、ユキ君にならシてあげてもいいのに。いつまでも童貞じゃ恥ずかしいでしょ。お姉ちゃんも初めてだけど、頑張っちゃうよ?」


「お、俺はいいの! いつか好きになった人とするから」


「そっかー、まあ勝手に食べたらグレイちゃんに怒られるしね。あーあ、禁断の姉弟愛とか滾るんだけどなー。妄想で我慢するしかないかー」


「なんでグレイが出てくるんだよ、それと、高級料亭の人気者がそんなはしたない話をするんじゃないよ」


 “こういう街”で育ってきたせいか、ミヤ姉の身体は清らかでありながら下世話な話に詳しい。


下の話になるとあっさりペースを握られてしまうため、ミヤ姉にはいつも勝てない。昔お世話になっていたというか、生きるために飯を食わせてもらっていたため、なかなか頭が上がらないのだ。


「とにかく! 俺は転生者がここに来たって話を聞いてきたんだ。ミヤ姉、何か知らない?」


「知っているよ。昨日の夕方にやって来たんだけど、うちって超高級で完全予約制じゃん? 予約するにも金がかかるし、食事代でもお金払うわけだから、流石に手持ちが足りないって諦めたけど、あれは下手したら犯罪に走るよ。目つきがヤバかったもん。うちのファルちゃんに手を出すんじゃないかって、オーナーが警戒してたよ」


 存分にハメを外しているようで、そういう相手には容赦をしなくて済むから逆にやり易かったりする。


「転生者って、たしかお偉いとこの坊ちゃんだよね?」


「そうなんだよ、ウルルガ侯爵家の次男ケイン。普段は厳格な態度だし、花街とは縁遠い性格だから転生者症候群を疑われているわけだ。ほぼ確定しているけど」


 今回のターゲットとなる転生者は、侯爵家の次男坊だ。毎日騎士団に通って切磋琢磨と訓練に励んでいるのに、突然訓練所に姿を現さなくなり、家にも帰って来ない。個人で所有しているお金を持ち出した形跡があり、姿を確認されたのがこの花街だった。“こんなこと”のために騎士団を動かすわけにもいかず、転生者の捕獲も魔女に一任されるのだ。


「お姉ちゃん、転生者って久しぶりに見たんだけど、不気味というか、なんか目が血走っていたかな? どこか迷走しているように見えたよ」


「転生者って、いきなり知らない世界に放り出されて、混乱する人もいれば、ひゃっほー! 異世界だ、俺が主人公だ! ってはしゃぐ人もいるんだよ。今回は後者だね。まだ他人に乗り移ったことの重大さを全然理解してなくて、好き勝手やっている感じ」


 グレイと共に何度も対応してきたのだから、それなりに転生者のことは分かる。『転生者症候群』とは突然、異世界人を名乗る何者かがこちらの世界の誰かに乗り移ってしまう病気のことで、早めに対処しないと魂が定着して元の世界へ戻せなくなる。


 大体の転生者は、元の世界へ帰りたくて魔女に協力的だけど、中には今回みたいに好き勝手して帰ろうと思わない人もいる。そんな厄介者を対処するのが俺とグレイなわけだ。そのために手段を選ばないから西の魔女は人気がない。


「今、転生者がどこにいるか分かる?」


「ううん、最後に見たのが昨日の夕方だから。でも多分ここじゃないかなって予想はあるよ」


「それでもいい、教えてくれ」


「ハグしてくれたら教えてあげる」


「……いいよ」


「わーい! ぎゅっ」


 ミヤ姉は俺より年上のお姉さんだが、たまに子犬のような甘え方を見せる。多分年下が好きなんだと思うんだが、ミヤ姉は俺と会うたび何かと理由を付けてハグをしたがる。


 顔に押し付けられる二つの双丘。頭をそっと撫でてくるのは、ハグというよりかは甘やかしに近いだろう。


「よしよーし、今日も頑張ってるね。グレイちゃんにはない物たっぷり味わってけ~」


 ミヤ姉の服装は大胆に胸元が開かれている薄手のブラウスだ。ほぼダイレクトに押し付けられているに等しい。


「それ、本人の前で言ったら変な薬飲まされるよ」


「ありゃ、それは怖いね」


 そろそろ時間とばかりにミヤ姉の肩をトントンと叩くと、名残惜しそうにゆっくり離れてくれる。


 俺は地図を取り出し、転生者がどこらへんにいそうかを教えてもらう。


「あの転生者さんはね、たぶん、小さい子どもみたいな体型が好きなんだと思う。うちのファルちゃんを見た時の目つきすごかったからね」


「ロリコンかよ」


「ロリコンさんだったねー」


 この花街で働いている以上、見た目が幼くても合法なのは間違いないが、この世界と異世界では法律が違う。元の世界で違法な年齢でもこちらの世界では合法の可能性がある。


「転生してはしゃぎすぎだな」


「見つけたら捕まえるんだよね? そのあとはどうするの?」


「話をして素直になってくれるんなら、そのまま薬を飲ませて元の世界へ戻す」


「素直にならなかったら?」


「グレイに丸投げする」


「あーあ、可哀そー」

 転生者は自分がどのような状態になっているか把握していないケースが多く、今回みたいに暴れていても話せば通じる輩は多い。でも話を聞かないようであればこちらも容赦しない。そういう時は異世界人相手に実験をしたくてうずうずしているグレイに全部任せることにしている。


 転生者が喜びそうな店をいくつかピックアップしてもらい、俺は場所を確認して立ち上がる。


「もう行くの? 夕飯は食べていかない?」


「う……高級料亭でただ飯……食いたい、けど! 家で作らないと、あいつ、俺が作らないと何も食べないか、お菓子で済まそうとするからさ。それと、転生者を連れて行かないと、薬は魔女しか扱いは許可されていないから」


 最高級料亭の夕食とか食いたいに決まってんじゃん。前にお昼休憩に誘われて食べた時、一瞬天国が見えたぞ。でも、俺はグレイの健康の方が心配だ。


「そっか、残念だな。ねえ、今度一緒に何か食べに行こうよ」


「はは、お金が入ったらね。グレイにも声をかけておくよ」


「もう! 鈍感なんだから」


 なんかよく分からないが、ミヤ姉の機嫌を損ねてしまったようだ。プンプンと頬を膨らませるミヤ姉は、何か諦めたように溜息を吐いた。


「はぁ、まあユキ君だもんね、仕方ないか。うん、グレイちゃんにも声を掛けてみてね」


「そうするよ。それじゃあね。また来月も配達に来ると思うから。オーナーとファルちゃんにもよろしく」


 大きく手を振ってミヤ姉に別れを告げると、来た道を少し戻って通りに出た。


 ポーチに手を入れ、奥底に仕舞ってある物を確認する。


 転生者を元の世界へ帰す薬は、国で最高ランクの薬物となるため、作成者以外の使用が許可されていない。たとえ助手である俺でも、許可なしにしようすれば重い罰が下されるだろう。


「ちゃんとあるな」


 グレイが俺のために作ってくれた薬はちゃんと入っていたことを確認し、転生者がいそうな場所を目指して歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ