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転生者症候群9

エピローグ

 夏美の魂が元の世界へ帰り、ほぼ徹夜で迎えた翌日、メイドさんを迎えに来た大魔女様に事の顛末を話し、よしよしと頭を撫でられた。


「よく頑張りましたね。ヴェルさんも、グレイさんも。正直不安ではありました。ヴェルさんがナツミさんを連れてどこかへ逃げてしまうのではないかとも思いましたが、無事に元の世界へ帰還させてくれてよかったです」


 今回の案件は俺の都合でグレイに任せてくれたが、元々大魔女様への依頼だったため、何かあれば大魔女様へも迷惑をかけていたかもしれない。


「過去の己を知る事、そして、今生の別れを経験する辛さ。ヴェルさんの顔を見れば分かります。今はナツミさんとのことをゆっくり整理してください」


「はい。ありがとうございます。それとメイドの、ヴィエラさん」


「なんでしょうか?」


 展望台で意識を失った彼女を背負って帰ってきた後、彼女は朝方に目を覚ました。


 夏美の時とは雰囲気ががらりと変わり、お淑やかな態度でへその前に手を組んでいた。


「あなたの身体が俺の妹に乗っ取られている間、俺は、あなたを身体を妹だと思って少しぞんざいに扱ってしまいました。別れも時など、何度か抱き着いてしまいましたし、不快に思われていたら申し訳ありません」


 頭を下げる。たとえ意識がなかったとはいえ、兄妹のテンションで軽く叩いたり、身体に振れたりすることが何度かあった。


 黙っていればばれないとも思ったが、夏美との約束もあるし、俺はそもそも隠し事が下手だ、だから素直に謝ろうと思っていた。


 西の魔女の助手である俺は、あまりいい印象がなく、強引に転生者を無力化する俺たちのやりかたを批判する声は少なくない。


「え? 抱きしめてくれたんですか!?」


「……ん?」

 この反応、どこかで見覚えがある。


「私、昨年まで王都の学園に通っていたんですけど、そこで西の魔女愛好会の副会長をしていまして! グレイシヴ様のことはもちろん、ヴェル様に抱きしめてもらうにはどうすればいいかを研究していました。転生者に乗り移られることが正解だったとは、盲点でした」


 これは、前にキィリスさんと一緒に対応したグリン嬢と似ている。


「うん。絶対に違うから、ファンでいてくれるのは嬉しいけど、応援のやり方が根本的に間違っているからね?」


「ユキヒロ、よかったわね。モテ期が到来したみたいね」


「グレイ? 尻つねるのやめて? すごく痛いから」


 ギリギリとつねってくるグレイの手を払い、尻をかばう。ジンジンと後から痛みが増してきた。


「お二人ともお疲れでしょうから、そろそろお暇します。ヴィエラ、帰りますよ」


「あ、はい! ご主人様」


「お二人とも、ご苦労様でした。報告書は後日で大丈夫ですから、まずはゆっくり寝なさい」


 鏡を見ていなかったが、俺の顔は相当酷いのだろう。お茶の準備もしていたのだが、お出しする前に大魔女様は馬車の方へ向かってしまった。


 ヴィエラさんが慌てて大魔女様の背中を追いかけ、馬車に乗る手伝いをしていた。小さく手を振られ、俺も手を振る。扉が閉められ、大魔女様たちを乗せた馬車は、土埃を上げながら去っていった。


「これで、全部終わったわね」


「そうだな、久しぶりに騒がしい日々だったな」


 夏美がいなくなって、俺とグレイだけでは賑やかさに欠ける。だけど、それもまた落ち着いていて好きな雰囲気だった。


「ここは暑いわ。中で冷たいお茶でも飲みましょう」


 グレイが俺の手を引いて室内に連れ込む。そんなに早くお茶が飲みたいか。


 案の定、一人ソファに座ったグレイは、上半身を伸ばして棚からゴソゴソとお菓子を取り出していた。


「はいお茶。食べ過ぎるなよ、ちゃんと昼飯も用意するからな」


「今日のお昼は何かしら?」


「サッパリしたものが食べたいからな、そーめんを茹でる予定だ」


「ああ、あれね、あまり味がしないから好みではないのだけど」


「文句言うなって、薬味はたっぷり準備するから」


 偏食で味付けも濃い物が好きなグレイのために、具材はいろいろ用意している。薬味となるショウガやネギ以外にも、そーめんというより冷やし中華なんじゃないかってくらいタマゴやハム、グレイがハマッたらしいキュウリも多く準備している。後は焼いたソーセージなんかも用意しておけば満足してくれるだろう。


 昼飯のことを考えると、もう夕飯はどうしようかと思考がシフトする。後で八百屋に行ってから考えようかな。


「そういえば、ユキヒロ、あなたは昨日、好きな人がいると言っていたわね」


「ブッ! ゴホッ、ゴホッ……、な、なんのことだ?」


 妹離れしようとしてそんなことも言ったっけと過去の自分を問い詰めた。


「私のことが好き、とも口にしていたわ」


「……聞き間違いじゃないのか?」


「では、誰のことが好きなのかしら? ナツミ以外で」


 しれっと逃げ道を塞いできたグレイは、憎たらしくニヤニヤとした表情で俺のことを見ている。


 言い訳をしようにも、俺と知り合いの女性は少ない。そもそもナツミが好きだと言うには状況が悪い。ミヤ姉とキィリスさんの名前を出すには無理があるし、大魔女様は……好きだけど、そうじゃない。


「グレイのことが好きだよ」


 どうせ隠したところで自白剤を仕込まれるだけだし、観念した。グレイと生活を共にして、もう何年も経っている。二人とも大人になったことだし、そろそろこの気持ちを伝えてもいいかもしれない。


「それは人として? それとも――」


「グレイ、待ってくれ。そんな誘導されて気持ちを伝えたくない」


 何かを察してくれたグレイは、口を噤み、俺が気持ちを整えるのを待ってくれた。


 お茶を飲んで喉を潤し、グレイのことを見つめると、グレイの頬は気持ちばかり赤く染まっているように見えた。


「初めはグレイに雇われて、ただの世話係として生活を共にしていたけど、グレイのことを知る度に少しずつ気持ちが変化していった。グレイは自分の事を語らないから、まだまだ分からないことも多いけど、それはもっと距離を詰めて知りたいと思っている」


 自分の顔が熱くなっていくのを自覚し、空気を肺に一杯詰め込み、言った。


「俺は、一人の女性としてのグレイが好きだ」


「…………」


 口を半分開いたまま動かないグレイに、心臓は容赦なくバクバクと音を鳴らす。


 ずっと前からグレイの事が気になっていたが、気持ちを伝えられなかったのには理由がある。


「俺たちはもう大人だ。もし、俺の気持ちをグレイが否定すれば、俺はここから出ていくしかない。それが怖かった。グレイは恋愛に興味はなさそうだし、あっさりとフラれるんじゃないかって思ったら、ぬるま湯に浸かっている今の関係がずっと続いた方が幸せなんじゃないかって思ったんだ」


 つらつらと情けないことを口にして、グレイがどのような返答をしてくるのかは予想が出来ない。予想なんて出来ていたらこんな悩むことはなかったのだから当然か。


 グレイは俺のことはどうせ恋愛対象に思っていない。俺を引き留めるために良い返事を聞かせてくれることを期待して、俺は口を閉じた。


「ユキヒロ、私は――」


 いや、これがダメなんじゃないか? 俺がこの世界に転生してしまったのは、ここぞという時にどうせと諦めて、くだらない自己犠牲を選んでしまったからではないか?


 そうだ、俺が本当にグレイのことが好きならば、グレイのことが欲しいと思っているのならこの程度の言葉で済ませてはダメだ。


「あなたのことが――」


「グレイ! 俺を選べ! 婚約しよう」


「す……え?」


「俺は心からグレイの事を愛している! 俺の事を振るつもりだろうけど、俺はイヤだ! ずっとグレイの傍に居たいし、いつかは子どもだって欲しい。だから、俺を選べ! 婚約して、資金を溜めて結婚式も挙げよう!」


「ま、待ちなさい、ユキヒロ、気が早いわ。それにまだ私の答えも――」


「待たない! 俺はグレイが好きだ!」


「ああもう! 黙りなさい!」


 グレイが指を大きく振ると、俺の口が強引に閉ざされた。腕も後ろで拘束され、魔法でソファに身体を縛り付けられた。


「さっきから婚約だの結婚だの、何を勝手に決めつけているのよ。私の意思はユキヒロには関係ないのかしら?」


 グレイに凄まれて、慌てて首を横に振る。


 やってしまった。ただ俺の気持ちを伝えるだけのつもりが、グレイの意思を軽んじてしまった。


「慌てると後先の事が考えられなくなるのはユキヒロらしいわね」


 呆れた顔をされた俺は、失敗しちゃったなと項垂れる。明日にはここを出ていく準備を始めないといけないかもしれない。


「せめて私の話を最後まで聞きなさい。これが私の答えよ」

 テーブルを挟んで座っていたグレイは、立ち上がり、俺の正面にやってきた。手を広げ、まさにビンタをする体勢を取れば言われずとも分かる。ちなみに両手でビンタ体勢だ。


「…………」


「覚悟しなさい」


 グレイの手が動いた瞬間、ぎゅっと目を瞑る。すぐにやってくる衝撃に備え口を固く結んでいると、やってきたのは勢いのある衝撃ではなく、頬に両手を添えられた柔らかい感触だった。


 え? と思って目を開くと、目を瞑ったグレイの顔が目の前にあった。


「…………ん、ちゅ」


「…………」


 口を開けない俺の唇に振れる柔らかい感触。心地よくてずっと触れていたいと思う感触に思考がまとまらない。


 ただこれだけは分かった。俺はグレイとキスをしている。


 口を離したグレイの顔は真っ赤になっていて、目元がとろんとしている。乙女の顔をしていると思った。すごく愛おしくて、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。


「これが私の答えよ。満足したかしら?」


 口が開くことを確認し、俺は抱いている感情のままに返答した。


「ああ、よかった。グレイのことを好きになって、本当によかった。愛してるよ」


「ええ、私もよ。あなたがいないと生きていけないもの」


「はは、少しくらい家事が出来るようになってもいいんだぞ?」


「私はユキヒロの家事力に惚れたのよ。これからも私のために美味しいご飯を作ってちょうだい」


「俺たちこれで付き合い始めるってのに、それじゃ何も変わってないじゃん。……あれ? 本当に何も変わんなくね?」


「今更気付いたの?」


 これからの毎日にワクワクしていたのは俺だけだったのか。よく考えれば、俺たち付き合っている同棲カップルみたいな毎日を過ごしていたしな。これからもあまり変化はないかもしれない。


 それでも、俺は気持ちを伝えられたことに満足している。グレイが何も変わらないのなら、俺が変えてみせよう。一時だけ見られたグレイの乙女顔をもう一度拝みたい。


「まずは……寝るか。疲れた」


 欠伸を漏らしていたグレイを見て、俺も欠伸を漏らした。


「一緒に寝る?」


「本当に寝るだけだぞ。流石に眠い」


「いいわよ。今ばかりは、ユキヒロの傍だといい夢を見られそうなの」


 グレイの中でも少し変化があったのかもしれない。すごく嬉しいことを言ってくれたグレイのために、大人しく寝るとしよう。


「俺も、グレイと一緒ならいい夢が見られる気がする」


「そのための薬もあるわよ」


「いいムードが台無しじゃねえか。ほら、さっさと寝るぞ」


 手に持ったピンク色の小瓶を取り上げる。今から見る夢に薬はいらない。


「また転生者がすぐに現れるんだから、休める時に休んでおこうぜ」


「そうね。寝て起きたら依頼書がポストに入っているかもしれないわね」


 眠そうに目元を擦りながら笑うグレイの額にキスを落とし、俺たちは眠る。





 ……多分、いい夢を見た。


 だけど、何も覚えていない。それが夢なんだと思う。


 俺の腕にしがみついて眠る彼女の寝顔を眺め、そっと頭を撫でる。


 転生して辛い日々を送り、彼女に雇われてからの毎日はとても楽しかった。魔法なんて非現実なものを間近に体験し、やがて、それが俺の仕事となった。


 もう帰れない世界に思いを馳せ。今はここが俺の生きる世界となった。だから、今日も生きよう。悲しませてしまった人のために、愛する人のために。そして、転生者のために。


「転生してしまった誰かが、どうか幸せになれますように」


 柄にもなくこんなことを思ってしまうのは、魔女の秘薬の副作用なのかもしれない。

本編完結です。

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