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転生者症候群7

 夜中、どこかの扉の閉まる音に目を覚ました。


 何かの聞き間違いかと思ってもう一度寝ようとしたが、やけに目が冴えている。もしかして、薬の効果ってこれか? グレイのやつ、ちょっと嫌がらせが過ぎないか? これじゃ寝不足になるぞ。


「……ちょっと散歩にでも行くか」


 目が冴えてしまって寝られそうになく、気分転換に外を歩こうと着替えた。


 外へ出ると、昼間のうだるような暑さとは違って、幾分か涼しい。風もあるから散歩するにはちょうどいい気温だった。


「……ん? あれ、いない」


 晴れているおかげで見える綺麗な星空を眺めながら、研究所の周りを歩く。だから気付けたのかもしれない。


「なんで、グレイと夏美がいないんだ?」


 いつもはカーテンで隠れている窓から室内が見えて、あまり女の子の部屋は覗くものじゃないと思いつつ、ちらりと見ると布団が捲られていて、そこには誰もいなかった。


 慌てて研究所に戻ってグレイの部屋に急ぐ。部屋に鍵はされてなくて、少し甘い香りのする室内は夏美を含め、誰もいなかった。


「さっきの扉の音……もしかして!」


 辺りを見渡す。グレイと夏美の姿はどこにもない。


 どこに行った? グレイが夏美を連れ出したか、それとも夏美がグレイを連れ出したか?


「考えても分かんねえよ!」


 当てもなく走り出す。その“当て”を求めて。


 研究所の敷地内を出たところで、ふと、ある事を思い出した。


「……俺、あの時に何を飲まされたんだ? 起きたら分かるって、それって今じゃないか?」


 一度大きく深呼吸をする。背中に汗でくっついたシャツを剥がしパタパタと風を送る。


 グレイはこの状況を予見していたのかもしれない。その上で俺に薬を飲ませた。薬の効果を教えなかったのは、知られたくなかった? いや、たぶん違う。


「……ああ、なるほど、第六感か」


 一つは俺の第六感を強化する薬だ。謎の確証があった。脳がそれで正しいと訴えかけていることからも、ある意味正解だろう。だとすれば、グレイは俺が効果に気付くまでの時間稼ぎがしたかったわけか、夏美と先に話をする必要があるが、後から俺にも合流してほしいという意図を感じた。


「なら、あいつらは南にいる」


 第六感を信じて、俺は南の方角へ走る。目の前には山が一つ。たしか頂上は展望台になっていて、隣町を見渡せるようになっていたはずだ。


 そこにいるという確信を胸に俺は走り続け、辿り着いた山の麓から見上げると、月明かりだけでは照らしきれない暗闇の広がった階段がある。それを一段飛ばしで上がる。


「ふっ……ふっ……」


 足を止めたい衝動を抑え、心臓が痛いのを我慢し、歯を噛みしめながら階段を駆け上がった。


 頂上は突然現れた。


「夏美! グレイ!」


 最後の一段を上がると、目の前の展望台には二人の少女が俺に背中を向けてベンチに座っていた。


 グレイの灰色の髪に、夏美の金髪、間違いない。だけど、いくら声をかけても二人には聞こえていない様子だった。それどころか、見えない壁があるのか展望台に踏み入ることが出来なかった。


「なんだこれ、なんで入れないんだよ! もしかして、グレイの魔法か? ここで待てってか?」


 二人は会話している様子だった。談笑、というには笑っている様子はない。なにか深刻そうな、暗い雰囲気だった。


 一瞬だけ、グレイがこちらを見た。俺がここにいることには前から気付いている様子だ。そして、いつも魔法を使う時と同じように、指先を軽く振ると、見えない壁は消えてなくなった。


「少しずつでいいわ。帰りたくない理由を話しなさい。彼に」


「え?」


 振り向いた夏美が俺の存在を認めた。グレイの言葉から、夏美がグレイに何か相談をしていたと推測する。


 夏美に近づいた。やっとゴールだと思うと疲れがどっとやってきて膝に手を付く。


「はぁ……はぁ…、二人とも、こんな所で何をしているんだ?」


「兄貴……」


「夏美、さっきグレイが帰りたくない理由を話せって言っていたけど、それって、元の世界に帰りたくないって意味か?」


 少し口調をきつめに問い詰めると、夏美は目尻に涙を溜め、観念したように頷いた。


「うん、帰りたくない」


「どうしてだ? お兄ちゃんに教えてくれ」


 今度は優しく、小さな子に尋ねるように聞く。


「――……ないから」


「なに?」


「兄貴が、いないから」


「俺がいない?」


 意味が分からずグレイの方を見ると、グレイは子猫を見た時のような微笑ましい表情をしていた。何も教えてくれはくれなさそうだ。


「俺がいなくたって、夏美は大丈夫だろ。兄離れはとっくの昔にしたんだし、高校生になったってことは何年前のことだ? ほら、これから彼氏が出来るかもしれないし、寂しくなんてないだろ?」


「中途半端に希望を持たせないでよ!」


「な、夏美?」


 目尻に溜まった涙を振り払い、夏美は俺を睨みつけながら怒鳴った。


 拳を硬く握りしめ、今にも殴ってきそうなほどに肩を震わせていた。と、思ったら急に全身の力が抜けたように脱力し、頬に涙を流した。


「兄貴に黙っていたけど、私、今不登校なんだ。高校には入学したけど、通っていないんだよ」


「なんでだよ、友達はいっぱいいただろ」


「いたよ、兄貴がいなくなって消沈する私を励ましてくれた」


「じゃあ、いじめか! それで学校が嫌になって――」


「だから! 気付いてよ! 私はお友達より大事な人を亡くしたんだよ!」


「はぁ? それって俺のことか? でも俺が死んだところで、夏美が不登校になる理由にはならないじゃないか」


「だから! もう!」


 訳も分からず地団太を踏む夏美は硬く握った拳を今度こそ俺にぶつけてきた。


「いてっ! やめろって! ぐ、グレイ! どういうことなんだ?」


 顔を真っ赤にして、ぶんぶんと振り回してくる拳を避けながらグレイに助けを求める。俺には夏美の考えていることが分からなかった。


「はぁ、どうやら薬の効果が切れてしまったようね。話が進まないからヒントをあげましょうか」


「た、頼む」


「ユキヒロがありえないと否定している可能性を考慮してみなさい。ある仮説に辿り着くはずよ」


「は? 何を言って――」


「グレイちゃん! 余計な事言わない!」


「あら、怒られてしまったわ」


 夏美にとっては不都合らしいグレイの助言。俺が否定している可能性とはなんだ? この話に出てきたことは、俺が死んだところで夏美は兄離れしているから立ち直れるだろってことか?


 じゃあ、それを逆に考えると、夏美は“兄離れしていない”から立ち直れない。……まさか? ありえるのか?


「夏美、おまえ、まさか俺の事、まだ好きなのか?」


「ば、そんなわけッ」


 火が出そうなほど顔を真っ赤にした夏美は、拳の威力を弱め、へにゃりとして俺に掴まった。


 図星だったのか俺と目を合わせられず、助けを求めてグレイの方を見ていたが、グレイは手をひらひら振ってそっぽを向いてしまった。


「俺が転生する前に、夏美は俺から離れていっただろ? 兄離れだと思ったけど、違ったのか?」


「ち、違わない! 私は兄離れしたんだよ」


「本当なら俺と目を合わせてみろ。嘘は言っていないか?」


「う、嘘なんて言って――」


 夏美の視線は見事斜め上を向いていた。


「そっちに俺はいないぞ? やっぱり兄離れ出来てないじゃないか。どうして兄離れしたふりなんかしたんだ? おかげでお兄ちゃん三日三晩泣いたんだぞ?」


「そ、それは嘘! そんなに泣いてなかった」


「しっかり見てるじゃん。そうだよ、正しくは二日間だ」


「そんなの知らない! “お兄ちゃん”が死んじゃったから、それが辛くて、私は……」


 俺に両手を掴まれて抵抗できない夏美は、言葉尻も少しずつ弱くなっていき、最後にはその場に崩れ落ちそうになったため、思いっきり抱きしめた。


「あ、兄貴、この身体は私のじゃないって」


「今は夏美だ。後で謝罪する。それより、なんで兄離れしたふりをしたのか教えてくれ」


「ッ! 絶対教えない!」


「兄離れが出来ていないことは否定しないようだな」


「兄離れしたもん! お兄ちゃん嫌い!」


「ははは! 正直に話すまでこのままだぞ。よかったな、大好きなお兄ちゃんとずっとくっついていられるぞ」


「いーやー!」


 夏美を抱きしめる力を少しだけ強める。夏美はイヤイヤと抵抗するが、逃げしてやらない。ぽかぽかと殴られても離さない。


 抱きしめて、暴れるのをなだめるように頭を撫で、背中をポンポンいてあげるうちに、徐々に夏美は落ち着いていき、「うぅー」と唸り始めた。


「……絶対に笑わない?」


「笑わない。約束するよ」


「じゃあ、話す。……笑わないでよ?」


「笑わないって」


 夏美の決心が付くまで何度か同じやり取りを繰り返し、夏美はボソッと呟くように兄離れをしたふりを教えてくれた。


「友達が教えてくれたんだけど、距離が近すぎると、お兄ちゃんと結婚できないって……」


「え?」


 予想外の理由に言葉が見当たらず、だけど何か言ってあげなきゃと思って言葉を探した。


「………………そうか」


「なんで溜めたの!? いっそのこと笑い飛ばしてよ!」


「いや、笑わない約束で」


「ふふ」


「なんでグレイちゃんは笑ったの!?」


「私は約束していないもの。それに微笑ましくて、久しぶりに笑ったわ。ありがとう」


「どういたしまして、なんて言うと思った!? だから言いたくなかったのに! 高校生にもなって兄離れしてなくて、理由がお兄ちゃんと結婚したかったからなんて、誰にも相談できるわけないもん!」


 俺の胸に顔を埋めて本気で泣き出した夏美の頭を撫で、グレイに視線で謝っておけと伝えるが、グレイは本気で笑っていたようで、一人クスリとして手で口元を隠した。


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