西の魔女グレイシヴ2
「では、あとは任せたわよ。私は眠いわ。連れてきたら起こしなさい」
仕事内容を把握したグレイは、欠伸交じりにさっさと退室しようとする。
「まてまて! これは君に来た仕事だろうが!」
ドアノブに手を掛けたグレイを引き止めたが、俺がこう言うのを予測していたのか、グレイの口元は三日月形に吊り上がった。
「あら、私に任せていいのかしら? 王命だから仕事はするけども、結果はどうなっても知らないわよ」
「自分で言うなよ! だからまともな仕事が来ないんだぞ」
仕方なさそうにキャスター付きの椅子に座り直したグレイは、座ったままキャスターでゴロゴロと床を滑って壁際まで移動した。
壁一面にはいくつも棚があり、多くの薬品が整列(俺が整理した)している。その中で手のひらサイズの赤い小瓶を三つほど手にしたグレイは、またゴロゴロとこちらへ戻って来る。
「これを飲ませたらいいわ。すぐに治るわよ」
「飲ませる役目は君でしょ。俺に出来るのはせいぜいここへ連れてくるくらいだって」
「我が儘ね。誰が飲ませても結果は変わらないのに」
極力、研究以外のことはしたくないグレイは、俺に小瓶を渡した後は、すぐ謎の粉に魔法を編み込み始めていた。
グレイの指先が赤や緑に光り、霧のような儚げな細い糸が粉へと吸い込まれていく。こうして観察しているだけなら魔法薬の作り方は簡単に見える。
素材となる粉に魔女であるグレイが魔法を編み込み、それを液体に溶かす。水に溶かすのか炭酸水に溶かすのか、たまに変な味のする薬品に混ぜる時もあるが、それらの組み合わせで効果が変わってくる。
「今はどんな効果の魔法薬を作っているんだ?」
「毎月のリピート品よ、鞭で叩かれた時に感度が上がる薬」
「あー……、件のドゥエム子爵のとこか、変な薬ばっかり注文来るけど、がっつりお得意様なんだよなぁ」
まともな薬の依頼先は、評判のいい魔法使いか、聖女や魔術師、高度な魔法技術が要求される場合は東の魔女か北の大魔女様にいく。この研究所が建っている場所は王都から東にかなり外れたど田舎だ。俺たちは周囲からいい噂を聞かないため、変な薬を注文しても噂は広がりづらく、作成者の腕は確かであるためにこんな注文ばかり受注している。
「この前は強力な惚れ薬を作ったし、その前は避妊薬。俺たち、風俗店へのパイプ太過ぎない? 前回受け取りに来た店長から割引券貰ったんだけど」
「楽しんできたらいいじゃない、不潔」
「なに怒ってんの?」
グレイはなぜか頬を膨らませて機嫌を悪くした。
魔女というネームバリューもあるため、それなりの額は提示させてもらっているが、ここ最近の主な取引相手は高級娼館だ。グレイの腕を見込んで多くの薬を注文してもらっている。
ありがたいんだけどね? ほら、国公認の三人しかいない魔女じゃない? お国に仕える騎士たちを安らげるための回復薬とか、難病にも効く風邪薬とか、万能薬とか……。
西の魔女は怪しい薬を作っている、という噂だけが広まったせいで表に出せるような薬の注文はしばらく来ていない。
先ほど俺が飲んだ試薬も『気持ちのいい夢が見られる薬』であり、珍しく王宮からの依頼で喜んでいたが、王宮の誰からなのかを確認してみると、死刑執行官からだった。どうも死刑までの間、脅えずいい夢を見て待てますように、ということらしい。心優しいことで。
「話を戻すか」
「ユキヒロが脱線させたのよ」
「……それで、今回のターゲットである“転生者症候群患者”は、転生後、花街で散財しているみたいだけど、どうやって薬を飲ませる?」
「どんな形でもここへ連れてきてくれたら薬を飲ませてあげるわよ」
「グレイが外へ出る選択肢は?」
「その選択肢はどこにあるのかしら?」
「だよなぁ」
「これ、箱に詰めといて。あと納品も頼んだわ」
薬を作り終わったグレイは、また眠そうに欠伸を漏らしながら、机の隅に置いてあった箱を指さして、さっさと別の薬を作り始めた。眠いくせに仕事だけはしっかりやる。
箱にはすでに十一本の青い瓶が収められていて、今、出来上がったこれで十二本。毎月一ダース分て……あの子爵変態かよ。ど変態だったわ。
「配達料ふんだくってくるかぁ。転生者探しに花街行くけど、他に納品するものあったっけ?」
グレイが指先をクイッと曲げると、床に置いてあった箱が一つふらふらと飛んでくる。
中身を確認すると、数本の透明な瓶に透明な液体が入った、何か分からないものが入っていた。
「これ、魔力編み込んだだけの消毒液。いつものオーナーさんのところに持って行って。こちらはすでに入金済みよ」
「了解。じゃあ、行ってくるから。ここに連れてきたら絶対に薬飲ませてよ?」
「…………」
「おい、返事しろよ」
俺は姿見の前で身だしなみを整える。相変わらず錆びた鉄みたいな色の髪だ。そろそろ切らないと前髪が邪魔だな。
「冗談よ、いってらっしゃい」
「連れて帰ってきたら頼むぞ。そんじゃいってきます」
帽子を浅く被った俺は、両脇に箱を抱えて研究所を飛び出した。




