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転生者症候群5

 時間が止まって欲しいと願えば願うほど、時の流れは早く感じるものだ。


 夏美から転生前のことを聞き、あと五日間は一緒に居られるなと思っていたら、もう明日には元の世界へ帰ってもらう約束の日となっていた。


 夏美にはこの世界を楽しんでもらうため、王都の方へ出かけたり、キィリスさんのお店に遊びに行ったりもした。


 その間、留守番をしていると思っていたグレイは必ず俺たちに付いてきた。出かけることに何か楽しさを見出したのかは分からないが、帰る頃にはグレイが買った薬の材料が大量に、俺の腕にぶら下がっていた。結局のところ荷物持ちにされたわけだ。


 グレイは帰ってくるとすぐに研究を始める。最近は出かけてばかりであまり薬を作っていなかったから、集中力がすごい。怪しい笑い方をしながら指先がグネグネと蠢いていた。


「ふふふ……、まさかこの材料が手に入るなんてね。これがあればあの薬が改良出来るわ」


 こうなるともう満足するまで止まらないし、こちらが用意したお菓子は勝手に浮いて勝手に口の中へ運ばれていく。夕飯に関してはそもそも反応しない場合が多い。


「いつもあんな変な笑い方しながら薬を作っているの?」


「いや、いつもはソファに寝転がりながらとか、頬杖付いて適当な感じでやっているよ。面白い発見があった時とか、興が乗ったときはあんな感じに、不気味に笑いながら薬を作るんだ」


 試験管の中で薬がコポコポと音を立てているが、あれを飲むのは俺なんだよな。変な副作用がないといいけど。


「そういえばさ、兄貴とグレイちゃんって、出会ってからどうやって過ごしてきたの? 前に話聞いたんだけど、なんか曖昧にしか教えてくれなかったし、信じられないことも多かったから」


「グレイと出会ってからか……、苦労した話ばっか思い出すな」


 そんなんでもよければと先に聞くと、夏美はワクワクとした様子でソファに座った。


 適当に飲み物を用意し、夏美に渡す。一応グレイの研究の邪魔にならない程度の場所へも置いておく。


 俺もソファに座って一口飲む。それからグレイとの出会いを思い出した。


「グレイとの出合いは本当に偶然だったな。この前行った超高級料亭の一つ前にミヤ姉と働いている時に、すごく面倒くさそうな表情のグレイが仕事の打ち合わせに来たんだよね」


 初めて作る魔法薬や指定の薬品を作る際は打ち合わせをしないと分からないことが多く、出張費を払ってくれるという事でグレイがやってきていたのだ。


 店内に西の魔女が来ている、と言う声はほぼ悲鳴に近かった。当時、個人様への薬ばかり作っていたために、グレイの明かされていない出自と薬の秘匿性から、西の魔女イコール怪しい女というイメージが定着していた。


「今の薬を作る様子を見ても怪しいとは思うけど、薬の効果は確かだから」


「味が悪いってのもマイナスイメージを加速させているんじゃない?」


「そうかもな。それで手が空いていた俺が接客をしていたわけだが、グレイに帰りの荷物持ちに任命されて、ついでに俺が薬の被検体にちょうどいいことが分かって引き抜かれた」


 店側からもミヤ姉さえいればいいといった雰囲気を感じ取っていたから、俺はミヤ姉から卒業する意味も兼ねてグレイの誘いに乗った。


 ミヤ姉からは何度も反対されたけど、いつまでもくっ付いているわけにはいかないし、俺なんかが働けるわけもないさらに“上”からのスカウトもあったからだ。


 月に一度は納品で会うことは分かっていたし、そろそろお互いの道を進もうということで、俺はグレイの助手になった。


「俺が掃除するまで、この研究所は足の踏み場もなかったんだ」


「兄貴の部屋と同じじゃん。よく掃除したね」


「異世界らしい見た事もない生き物が住んでいる家で寝たいと思うか?」


「よく掃除しました」


「もっと褒めてくれてもいいぞ」


「調子に乗らない」


 悪いと軽く謝罪し、その後のことを思い出す。


 俺はこの世界のことを全然知らなくて、魔女という存在も初耳だった。だから普通の人とは違う生き物なんじゃないかって思っていたから、グレイの「お菓子があれば生きていけるわ」という発言を真に受けてしまった。


「これまでどうやって生きてきたんだって不安になるくらい偏食で、お菓子ばかり食べていたもんだからさ、突然動かなくなったときは慌てて近くの診療所まで抱えて行ったよ。そこでやっと魔女も普通の女の子だって教えてもらった」


「鈍感過ぎない? 普通気付くでしょ」


「ぐうの音も出ない」


 裏方で培ってきた包丁さばきで毎日献立を考え、偏食のグレイになんとか食べてもらえるよう頑張ってきた。


 素行の悪い転生者が現れれば俺が連れて来るし、クレーム対応も俺がやってきた。助手らしい仕事かと言われたらうーん……と唸るけど、ここでの生活は充実していた。


「グレイってさ、魔女だからこの国では偉い立場にあるんだ。たとえ貴族位を持ってなくても、上級貴族と同等か、それ以上、下手したら王族に意見できる立場なものだから、気苦労が多かったよ。稀に王宮から呼び出しがあるんだけど、マナーとかさっぱり分からんし」


「王宮って、すごい偉い立場じゃん! 魔女ってそんなに偉いんだ」


「指示を出すのは王様とか貴族当主とか、男ばかりだけど、実際に国を回している魔法の使い手は女性がほとんどだから、その最上位にいる魔女は影の女王様と呼ばれるときもあるね」


 まあグレイが王宮に意見することなんてないんだけど、大魔女様は王様とよく話し合っているみたいだし、俺も年に一度はグレイの助手として付き添い、王族の誰かと話している気がする。


 緊張して話の内容なんて覚えてないけど、前の世界にいた時ではありえないことだ。


「王族かぁ、ちょっと憧れちゃうな。お姫様とか綺麗なんでしょ?」


「第三王女はこの国で一番美しい人と言われているよ。美しすぎて、男性の方からつり合わないと身を引いていくって嘆いていたよ」


「うわっ、贅沢な悩み。私もそんなこと言ってみたい」


「苦労するだけだぞ」


「もう少しこの世界に残っていたいんだけどなぁ」


「はは、いてくれたら嬉しいけど、この世界に取り残されても大変だぞ」


 妄想に目を輝かせていた夏美を一旦放っておき、俺は、研究が一段落したらしいグレイの方へ近づいた。


 いくつも並んでいる試験管の中には色とりどりの液体が収められていて、ぶっちゃけどれも飲みたくないと思える。


「なんの薬を作ったんだ?」


「今までに作った薬をいろいろ改良してみたのよ。副作用が減ったものもあるし、新しい発見もあったわ」


 ひとつずつ小瓶に入れ始めたグレイの隣に座り、俺も小瓶に液体を入れていく。


「私たち、昔から今日まで何も変わらないわね」


「聞いていたのか?」


「聞こえていたのよ」


 きゅっとコルクで閉められた小瓶を机の端の方へ置く。後で詳しい効果を聞いてどこに仕舞うか確認しないといけない。


「私が充実した毎日を過ごせているのはユキヒロのおかげよ。ありがとう」


「グレイがお礼を言うなんて、明日は雪でも降るのか?」


「私がお礼を口にするのがそんなにおかしいかしら?」


「おかしいかと言われたら、まあ、今までに数えるほどしかなかったからな」


「感謝することで得られるものもあるのよ」


「たとえば?」


「好感度」


「それを言ったら意味がないな。それにグレイの行動はマイナスに繋がることが多いからな」


「でもユキヒロはずっとここにいるわ」


「ここが俺の家だからな」


「素直じゃないのね」


「うるせっ」


 互いに小言を言い合いながら、瓶に薬を淹れ続ける。こぼしたり、他の薬と混ざったりすると効果が変化するため、慣れていたとしても慎重に入れていった。


 すべての薬を小瓶に入れ終わると、グレイはそのうち二つを俺に渡してくる。


「この二本の薬を飲みなさい」


「効果はなんだ?」


「明日になれば分かるわ。時間差で効果が発揮されるよう調整したのよ。副作用はほぼないと思っていいわよ」


「そうかい、効果が分からない薬は飲みたくないけど、いい事が起きると思って飲ませてもらうよ。


 蓋を開け、薬を一気に煽る。


 今までに飲んだことがない味だ。どこかソーダ味っぽい気もするが、炭酸ではない。買ってきた材料を使ったのだろう、独特の風味だった。


 二本目も同じような味で、香りはない。飲み終わってしばらく、副作用がある気配はない。


「後は夜に寝て起きれば、効果が分かるわ」


「心して待てばいいのか、楽しみに待てばいいのか分かんねえな」


「ふふふ、お楽しみね。それより、今日は最後の日よ。ごちそうを用意するのでしょう?」


「ああ、美味いもんいっぱい食わせてやるから、これこそ楽しみにしておけよ」


 明日の午前中には夏美が元の世界へ帰ることになる。身体の持ち主であるメイドさんを連れていくため大魔女様も見守りに来るし、おもてなしをしなくてはならないから少しバタバタするだろう。


 転生者が二度この世界へやってきたことは過去に一度もない。もしかしたら一人に一度きりの事なのかもしれないし、だとしたら、俺はもう夏美と会うことは出来ない。正真正銘、お別れだ。


 この世界であったことは忘れてしまうため、夏美は俺と出会ったことも覚えていないだろう。そう思うと涙が出てくるが、俺がこの世界で元気にやっていることを夏美に見せられて本当によかった。


「なあ、グレイ、夏美の滞在期間を引き延ばすことって出来ないのか?」


「お別れがつらくなるだけよ」


「分かっているさ。だけど、もうあと三日くらい――」


「ダメよ。大魔女様との約束は絶対よ」


「……そっか、うん。約束は破っちゃだめだよな」


 魔法を使えない俺には分からない魔女の事情があるのだろう。グレイの口調は、決して俺の願いを聞き入れる気がない力強さがあった。


「じゃあ、お別れ会は盛大にやらなくちゃな!」


 気持ちを切り替えてキッチンへ向かう。これから事前に仕込んだものを取り出して、何品も作るのだ。気合いを入れなくては。


「だって――」


 意識は完全に手に持つ包丁へ向いていたからだろう、グレイが何か呟いた言葉は、そのほとんどを聞き取ることが出来なかった。

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