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転生者症候群4

 納品を終えた帰り道。馬車の中でもまだ、夏美の機嫌は治っていなかった。


 ずっと不機嫌に、時折、頬を膨らませた状態で外の景色を眺めていた。


 こうなると俺は弱い。どう話しかけたらいいか分からず、おろおろとしていた。


「はぁ、……ナツミ、そろそろ話してあげたらどうかしら?」


「何を?」


「ユキヒロが転生する直前のことを」


 グレイがため息交じりにきっかけを作ってくれた。俺はうんうんと頷いて夏美に頼み込むと、しばらく無言になった夏美は、仕方なしとばかりに大きなため息を漏らした。


「はあー、グレイちゃんのお願いだから仕方なく話すけど。正直、聞かない方がよかったと思うよ」


「え? マジで俺、どんな転生の仕方したんだ?」


「私、兄貴とこの世界で話して、正直ほっとしているレベルだけど。それでも聞く?」


 夏美は悲しそうに目を細めた。メイド服のスカートをぎゅっと握りしめている。


 俺の背中に冷や汗が流れる。脳内は聞かない方がいいと激しい警報を鳴らしている。


「……教えてくれ。どんなことでも、俺は知っておきたい」


「分かった。そこまで言うなら話すけど、後悔しないでね」


 姿勢を正した夏美は、口元を震えさせ、何度か言葉を発しようとしては止める。


 俺のことを見ていられないのか、視線はグレイの方へと移る。


「私はどうも邪魔みたいね。と言っても出ていく場所はないのだけれど」


「俺のことは気にしなくていいぞ」


 ガタガタと揺れる馬車の中、夏美の言葉を待つだけに、グレイのいつも通り淡白な言葉がありがたい。夏美は大きく首を横に振り、やっと決心したのか俺の顔を見た。


「あ、兄貴が転生したきっかけは……、自殺だよ」


「…………」


 言葉を理解できず、夏美の目を見つめた。記憶がないだけに、絶対にありえないと思っていたことを告げられてしばらく瞬きすら忘れていた。


「どこまで覚えていないのかは分からないけど、今が幸せなら、多分、部活動に新しい顧問がやってくる前だと思う。兄貴がバスケ部の部長になったのは覚えている?」


「あ、ああ、俺が部長になって、最後の夏は全国行くぞってみんなと気合い入れて、冬を越して……、そこまでは覚えているよ」


 十何年も前の記憶を思い出す。


俺たちは高校二年の夏に、県予選を勝ち上がり、その先の県大会の優勝を目指した。


 惜しくも準優勝という結果に終わったが、来年こそは気合いを入れ、周りからの推薦もあって俺が部長に任命されたのだ。


 学校全体で部活動での功績がなかったため、校長は張り切って俺たちバスケ部を支援してくれた。来年からは部費の増額を検討してくれし、当時の名ばかりの幽霊顧問ではなく、バスケ経験のある顧問を付けてくれるとも約束してくれた。


 それらを楽しみに、俺たちは寒い冬の間も練習に励み……。


「その顧問が問題だったの」


 思い出をばっさり切り捨ててしまうように、夏美は続けた。


「新しくやってきた顧問の川端が、バスケ部を壊した」


 川端という名前に覚えはない。顔も容姿も分からないそいつは、一体何をしたんだ。


「まず、一カ月で女子たちマネージャーが川端のセクハラと恐喝で全員辞めた」


「全員⁉ 三人とも辞めたのか?」


 夏美は首を横に振る。


「兄貴が三年になって、新しく一年が五人入って来たから、八人いたよ」


「八人が……、それは相当だな」


「兄貴は戻ってきて欲しいって全員に頭を下げたけど、誰も戻ってこなかった。その時にはもう新入部員はほぼ全員辞めちゃっていたし、元からいた部員も半分近く減っていたよ」


「あいつらが……バスケ部を辞めた? 信じられねぇ」


 あんなに俺を慕ってくれて、身体がぶつかって転んだくらいじゃ文句を言うどころか仕返しにぶつかって来たような奴らだぞ?


「体罰か?」


「…………」


 夏美は辛そうに目を伏せて頷いた。


「川端は、外面はよくて、校長に呼び出されてものらりくらりと躱していたみたい。運動系の部活なら怪我くらい当たり前だし、本気で勝ちにいくなら多少の叱責は必要だと。校長が押しに弱く、川端の熱血っぷりに惚れてしまったって、後から謝罪された。ホント、その場でぶん殴りたくなった」


 女子マネージャーへのセクハラも、猫を被り、そう捉えられてしまう行為をしてしまって申し訳ない。以後気を付けると素直に頭を下げたことで、うやむやになったらしい。それでもマネージャーが戻ってくることはなかった。


「体罰のせいで、残ったのは元々レギュラーの人たちと、お兄ちゃんの言葉を信じて付いてきていた人だけ。大会に出場できるギリギリしかいなくなったし、学校側は川端にすべてを任せていたからと放置。結果、……全部、壊れちゃった」


 ぎゅっと握った夏美の手の甲に、一粒の涙が落ちて弾けた。


 何も覚えていないが悔しい。夏美の言っていることを疑いたくはないが、何も覚えていない俺は全て嘘だと、でたらめを言うなと糾弾したくなる。


 でも、夏美が流した涙は本物だと、兄である俺には分かる。だから夏美の硬く握った手を解いてあげて、一言「話してくれてありがとう」と声を掛け、そっと頭を撫でた。


「なんで、自殺なんかしたの?」


「……ごめん」


「一番体罰を受けていたの、お兄ちゃんなのに、なんで!」


「ごめん」


 夏美の顔がくしゃりと歪む。


「部長だからって責任取る必要なんてなかったのに! 遺言書なんか読みたくなかったのに!」


「ごめんな、夏美。俺、弱かったみたいだ」


 俺は俺自身を恨んだ。


誰かに相談する、それだけでよかっただろうに。家族でも、他の先生でも、慕われていたんなら部活メンバー全員で抗議を起こすことだって出来たはずだ。それをしなかったのは、部長だった俺の責任でもある。俺が弱かったんだ。


「迷惑かけたな」


「ホントだよっ! 意識不明で一カ月も眠り続けて、連絡あったと思ったら息を引き取ったってっ! ……心の中が空っぽになって、それからのこと、考えたくもなかった」


 怒りで上がっていた肩をストンと落とした夏美は、ほとんど添えるようなゆっくりとした手つきで俺の頬を叩いた。 ペチンと間抜けな音がして、夏美はそのまま泣き続けた。


 勢いは無いはずなのに、人生で最も辛い痛みだった。締め付けられた胸をぎゅっと掴む。


「お兄ちゃんは責任感が強いから、部員の人達を守らなきゃって、私に虚勢張ってて。だから、今がすごく幸せそうなお兄ちゃんを見て、すごくよかったなって思って」


「ありがとう。そうだよ、俺は今、すごく幸せだ。グレイやミヤ姉、ファルちゃんに大魔女様、まだ紹介してないけど、東の魔女キィリスさんもよくしてくれている。夏美とは少しの時間しか過ごせないけど、安心して帰れるようにしてあげるからな」


「……うん! 分かった」


 夏美が涙を拭いて顔を上げると、ぎこちないけど懸命な笑顔がそこにあった。


 もうすぐ研究所に着く。今日の夕飯は何にしようかなと考えていると、これまでずっと静かにして目を瞑っていたグレイが目を開けた。


「あら、終わったのかしら?」


「ああ、寝たふりをさせて悪かったな」


「なんのことかしら。今日は久々に外を歩いて疲れてしまったの。気が付いたら寝ていたわ」


「そういうことにしてやる。今日の夕飯は何が食べたい?」


「そうね、ピザがいいわ。チキンとハムを乗せた具沢山のピザを要望するわ」


「本格的な窯はないけどな、夏美もそれでいいか?」


「うん! そういや兄貴って料理するんだね。昨日も食べたけど」


「数年はミヤ姉に付いていって料亭で働いていたからな。魚くらい捌けるようになったぞ」


「マジで? なんか解釈不一致」


「なんでだよ! 元バスケ部が魚捌いたっていいだろ」


 研究所近くに到着して停止した馬車から先に降りた俺は、二人の手を順番に取って安全に降ろしてあげた。

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