転生者症候群3
詳しい話は翌日落ち着いた時に、という夏美の言葉に賛同し、俺がこちらの世界に来てからの話を夏美に聞かせた。
グレイとはすっかり仲良くなったようで、朝起きた時は二人して俺のことをニヤニヤとした目で見てきた。
ろくでもない話をしたんだろうなと思いつつ、カレンダーで今日の予定を確認すると、納品するものがあった。
「グレイ、今日はミヤ姉の所の納品日だけど、出来てる?」
「出来ているわ。そこの箱よ」
グレイが指を振ると、部屋の隅に置いてあった箱がふらふらとこちらへ飛んでくる。しっかり両腕でキャッチして中を確認すると、青い小瓶が十二本しっかり収められていた。
時間指定はないが、なるべく早めに仕事は終わらせたい。朝の今ここを出れば、馬車の時間的にも丁度いい。
「今から配達して、適当に食べてから帰って来るけど、二人はどうする?」
「兄貴、今から配達するの? まさかの社会人⁉」
「何か文句あるのか? 学校行ってないんだからそりゃ働くよ」
「え、じゃあ私も付いて行っていい? 観光も出来るし」
「いいけど、異世界らしい所ではないと思うぞ? これ渡すだけだし」
「いいよ。兄貴の仕事する姿が見られればいいんだから」
そんなに俺が働いている姿は不思議か? そりゃ前の世界じゃアルバイトもやったことなくて部活一筋だったけど。生きていくために働きもする。
それで、グレイはいつも通り家の中で研究して、冷蔵庫の物を適当に食べるんだろうと思っていたら、なぜか出かける準備をしていた。
「グレイ、どこか出かけるのか?」
「私もユキヒロに付いていくわよ。というより、ナツミから目を離してはいけないもの」
「別に逃げ出したりしないんだけどなぁ。グレイちゃん、昨日から私の事を見張るって言ってて」
大魔女様にお願いされたようなものだからな、あまり表情に見せなくとも、気合いが入っているのだろう。普段は家から出ないのにわざわざ夏美を見張るために外へ出ようとするのだから。
カバンの中に水筒とタオルを入れ、玄関に掛けていた帽子を被る。
「グレイがいるから大丈夫だと思うけど、一応俺から離れないでくれよ。配達中の目印着けているの俺だけだから」
「分かったよ。余計な仕事は増やさないから」
グレイの私服では胸周りがきつくて入らなかったため、今日もメイド服姿の夏美が力こぶを見せた。ちなみにその入らなかった服はゴミ箱近くに捨てられてあったから、畳んで戻しておいた。
「早く行くわよ」
「そしてグレイは何で先に出て行こうとする? 普段俺が引っ張っても出ないくせに」
夏美がここに来てからグレイの行動が変わった気がする。これはいい事なのか、ただ俺のリズムが狂わされているだけなのか、それはもう少し過ごしてから決めてもいいかもしれない。
〇
「はえー、ここが花街? なんかエロいお姉さん方がいっぱいだね」
納品物を小脇に抱えた俺の後ろから、夏美の感嘆する声が聞こえる。
「ユキヒロは月に一度、この花街へ通っているわ」
「不潔!」
「誤解を生む言い方はやめろ⁉ 配達に来ているだけだから」
「でも、どこかの風俗店の割引券を貰っていたわね」
「やっぱり不潔!」
「だからさぁ!」
ここぞとばかりに俺のことをいじり倒すグレイは、俺の腕を杖代わりに掴みながら歩いている。正直暑いし杖代わりにしないで欲しいのだが、手を離されるとどこかへ行ってしまいそうで心配でもある。
俺としては見慣れた景色ではあるが、夏美にとっては十分異世界観光になっているようだ。
美人さんとすれ違うたびに「うっわー」とか「でっけー」とか語彙力が失われていく。
長年通い続けているため、顔見知りの人と軽く会釈するたびにグレイが腕を抓ってくるのが地味に痛いが、グレイってそんな人見知りだったかな?
「兄貴、あんな美人と知り合いなの?」
「仕事で大体の店に納品したからな。付き合いで飲み会に参加したこともあったし、店長がいないとキャストの人が対応してくれることもあったよ」
「兄貴、お酒飲むの?」
「この世界じゃ成人年齢はかなり低いんだ。お酒も取り締まりはほぼないに等しいし、飲むと言っても一杯か二杯付き合うくらいだな」
夏美にとって俺のことは高校生くらいで時が止まっているのだろう、もしくは、俺が大人になって酒を飲んでいる姿を想像できないのかもしれない。俺だって酒を飲もうとは思わなかったが、気が付けばワインやらウイスキーやらにはまってちびちび飲んでいる。
「ここから先はガラッと変わるぞ」
花街を二分する川に掛かる橋を渡る。
少し空気が重くなったような気がした。声も少し抑えめに、足音にも気を付けなくてはならない気にさせられる。
「あいかわらず暗いわね。街灯を増やせばいいのに」
「あえて暗くしているんだから文句言わない」
高級感を出すために薄暗さをキープしているようで、真上から陽が射さない限りは大体どこも薄暗い。
ほとんどが夜のお店である中、俺たちが向かうは最高級の料亭だ。
迷路のような道を進み、角を何度か曲がった先にある金で出来た看板が目的地。
グレイが金色に見えるところすべて金で出来ていると教えると、夏美は変な声を出して驚いていた。
この時間はやはり玄関が閉まっているため、いつも通り裏庭に回る。さて、今日はオーナーさんがいるだろうか?
お昼前の裏庭は日差しが入ってくる造りになっていて、玄関前の薄暗さとはコインの表裏のように明るい。
誰もいなければ中に入っていいのだが、縁側では美女があどけない寝顔を晒していた。
「ミヤ姉……、寝ているな」
「お仕事終わりではなくて? まだ仕事着のままね」
この店で働くときの給仕服はほぼ和服と言っても過言ではない。ほっそりとした身体に巻いたままの帯は少し解かれていて、襟がはだけて大きな胸がわずかにはみ出していた。
気持ちよさそうに寝ているため、静かに店内へ移動しようと思ったが、ミヤ姉は人の気配を感じ取ったのか、小さなうめき声を出して瞼を上げた。
「あれー? ユキ君がいる、それとグレイちゃんも? ……夢?」
「夢だと思うけど夢じゃないぞ。今日はグレイも来たから」
寝ぼけ眼で俺たちを見たミヤ姉は、俺たちの後ろにいた夏美の姿を捉えた。
縁側の縁に座ったミヤ姉は手で口元を隠しながら欠伸を一つ。
「そっちの子は? メイドさん?」
「えっと、初めまして、坂下夏美です。兄貴がお世話になってます?」
「なんで疑問形なんだよ。と言っても知らないか」
「あれ? ユキ君の妹ちゃん? 初めまして、ミヤです。ユキ君のお姉ちゃんです」
「え? 兄貴、お姉ちゃんいたの⁉ しかもこんな美人」
「正しくは姉のような人だ。血は繋がっていない。それと、ミヤ姉、夏美は転生者だ。俺が転生する前の妹だ」
「そっか。……じゃあ、家族と会えたんだね。よかった」
縁側から立ち上がったミヤ姉は、少し目尻に涙を貯めながらそっとハグしてきた。相変わらず大きな胸に埋もれることになるが、今回ばかりは俺もハグし返す。
「本当によかったよ。ミヤ姉が俺を見捨てないでくれたおかげだ」
「あ、あの、このミヤさんと兄貴はどういった関係で……?」
「ミヤはユキヒロの命の恩人よ。しばらくこのままにしてあげなさい」
「そう、なんだ。なんか変な誤解してごめんなさい」
この世界での両親を事故で無くし、親戚もいない俺が一人彷徨っていたところ、同じく親を亡くして彷徨っていたミヤ姉と一緒に生きてきた。
ミヤ姉は素材の良さから料亭の店主に拾われたが、俺は捨てられるはずだったところ、ミヤ姉が店主に土下座をしてまで俺を連れて行ってくれたのだ。
それからミヤ姉がさらに上の料亭に引き抜かれるたびに俺も連れて行ってくれて、やがて俺がグレイと出会うまで、ずっと俺の姉として傍にいてくれた人だ。
「うんうん、本当によかったよ。あの時はずっと泣いていたもんね。妹に会いたいって」
「ミヤ姉、そ、それはちょっと恥ずかしいから……」
「兄貴、そんなに私に会いたかったの? シスコンじゃん」
「そうだよシスコンだよ」
「開き直ったわね、知っていたけど」
グレイに呆れられながら、俺はミヤ姉の目尻に溜まった涙をハンカチで拭う。俺は夏美が好きだし、ミヤ姉だって好きだ。夏美は言うまでもなく、ミヤ姉も家族だ。俺の空いた心を埋めてくれた人なんだ。
改めてミヤ姉のことを夏美に紹介していると、店の奥の方からとてとてと可愛らしい足音がこちらに近づいてきた。
「あ! ユキヒロお兄ちゃんであります! 今回はちゃんと会えたであります!」
「ファルちゃん、久しぶり」
小柄な少女は、縁側から靴も履かず、ぴょんと俺の方へジャンプしてきた。慌てて抱きかかえると、いたずらっ子のような笑顔を見せた。
「えへへ。ユキヒロお兄ちゃんのおかげで、あの時は怒られなかったであります!」
「それはよかった。だけど、いきなり飛びつくのは危ないから止めようね?」
縁側に立たせて身体を離す。軽い体躯だからそう簡単に転ぶことはないけど、怪我をされるとオーナーさんに申し訳がない。
「……兄貴、その子は?」
夏美がなぜか俺のことを睨みながら声を掛けてくる。よく見ればグレイもジト目をしていた。
「この子はファルちゃん。この店のオーナーのお孫さんで、仕事でここにはよく来るから仲良くなってさ」
「ファルであります! グレイお姉ちゃんは一年ぶり? くらいでありますか」
「そうね、昨年の夏に招待されて以来かしら? それにしてもユキヒロにくっ付きすぎではないかしら」
「グレイお姉ちゃんも抱っこしてもらえばいいでありますよ。ユキヒロお兄ちゃんの胸は大きくて落ち着くであります」
「……そうね、いつかは」
ファルちゃんの無邪気な笑顔に気圧されたのか、グレイはそっと瞼を伏せた。グレイは前からファルちゃん相手にどこか苦手意識があるように見える。本人曰く、嫌っているわけではないそうだが、会話をするとファルちゃんのペースになるのが気に入らないんじゃないかってミヤ姉が分析したことがある。
俺は毎月のように納品に来ているため、ファルちゃんとも家族同然の付き合いだ。客として利用することは金銭的な理由で無理だけど、こうして話す分には問題ない。
「そういえば、そちらのお方はどちら様でありますか?」
「坂下夏美、この馬鹿兄貴の妹」
「なんで俺の評価下がっているの?」
ミヤ姉にもした説明をファルちゃんにもしてあげる。前の世界での妹であることが伝われば「おめでとうであります!」と笑顔を咲かせてくれた。
「それで、夏美ちゃんはいつまでいるの? いつかは帰っちゃうんでしょ?」
「今日を入れて、あと六日間だな。あまりこの世界に長居すると魂が定着して帰れなくなるからな」
「そっか。せっかく会えたのに、短いんだね」
「本当はずっとこの世界にいて欲しいんだけどね。俺と違って夏美はまだ元の世界で生きているから」
後ろから肩を掴まれ、なんだと振り返れば、夏美がやけに真剣な表情で俺のことを見つめていた。
「ねえ兄貴、今言った事、本当にそう思っている? 私にずっとこの世界にいて欲しいの?」
「そりゃあ、いてくれたら嬉しいけどさ。夏美は俺と違って帰る場所があるだろ? お母さんたちを心配させているわけだし。それに、その身体の持ち主に迷惑だろ?」
「なにその言い訳」
「え?」
「なんでもない!」
夏美は急に怒り出し、俺から背を向けた。
昨日から思っていたが、高校生になった夏美はどうも怒りっぽい。思春期と言うやつだろうか? それとも女の子特有のものだろうか?
バスケに精を出し、両親には助けられてきた俺には家族に反抗する意味が見出せなかったから、俺は誰かを本気で怒ることが分からないのかもしれない。
「なあ、夏美――」
俺の声掛けを無視する夏美に、ミヤ姉とファルちゃんは少し困ったような顔で肩をすくめていたから何か分かっているのかもしれないが、グレイは一人、目を細めて夏美の背中を不気味に見つめていた。
何かを考えているような表情に、俺は、自分の何が間違っていたのかを聞くことが出来なかった。




