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ユキヒロ5

「本当に! 本当にお世話になりましたあ!」


 運動部らしいはっきりした声量で頭を九十度曲げたグリン嬢は、夜中の間に目を覚ましていたようだった。


 血を失って寝起きがつらい俺が目を覚ました時、グリン嬢がそろそろお暇しようとするタイミングだった。


「いやぁ、まさか自分が転生者症候群に罹るなんて思ってもみませんでしたよ」


「みんな同じことをいうのよ。それで治った後に、それまで何をしていたのか聞いて驚くの」


「自分の意思じゃなかったとはいえ、まさかいろいろやらかしちゃっているとは、……後が怖いです」


 グリン嬢はエスに乗っ取られている間に多くの動物と、騎士を三人手に掛けている。法律で彼女が裁かれることはないが、騎士たちの親族や友人に恨みを持たれている可能性はあるため、今後は護衛に囲まれての生活が長らく続くことになるだろう。


「今度改めてお礼をさせていただきますので」


「気にしなくてもいいよ。これが仕事だから」


「そうですか? でもそれでは自分がもやもやするので、今度何かいいお肉でも送ります」


「あら、それなら嬉しいわね」


 キィリスさんは主婦らしく嬉しそうに口元を隠した。


「じゃあ、それで決まりです。それとヴェル!」


 いきなり呼び捨てでびっくりしたが、すぐにまた頭を下げられてさらにびっくりした。


「あなたにも感謝を。自分を助けてくれて、本当にありがとうございました!」


「え? 別に俺は何も……」


「その右手、刺してしまったようなので。ヴェルにも何かお詫びというかお礼をしたいと思っているんだけど、魔女様の助手ならここにお届けでいい?」


「えっとね、ヴェル君は私の助手ではないの」


 俺から伝えたら引かれるかもしれなくて、言葉に迷っているとキィリスさんから話してくれた。俺の肩をポンと叩いて、ここは任せてとウインクした。


「ヴェル君はね、西の魔女グレイシヴの助手で、今回だけ私の手伝いをしてくれたの」


「そうでしたか! あの西の魔女様の助手……、え? 西の魔女?」


 やはり悪評は広まっているようで、ポカンと口を開いたまま固まってしまった。


 そりゃ東の魔女や北の大魔女様と比べたらグレイのやっていることは非道に見えるかもしれないけど、そうせざるを得ない仕事を寄越すばかりの王宮も悪いと思うんだ。だって強引な手段を用いないと街が破壊される可能性だってあるわけだし?


 せめて誤解は解けないかなと思っていると、グリン嬢は目をキラキラとさせてこちらに詰め寄って来た。


「あ、あの! 西の魔女の助手と言えば! “転生者殺し”のヴェルだよね⁉」


「て、転生者殺し?」


 なにそのピンポイントな中二病は。別に殺してないし、転生者のみを無力化させやすい、というだけで、何も格好いい事なんてないぞ。


 ……俺、いつの間にかそんなあだ名が付けられていたのか。


「転生者殺しのヴェル。なかなかに格好いいじゃない」


「ギフトが完全に名前負けしているんだけど?」


「出来ればサインが欲しかったんだけど……」


 グリン嬢が俺の右手を見る。包帯でぐるぐる巻きになっている俺の右手は使い物にならず、ペンは持てない。ちなみに利き手だ。


「サインなんて書いたことないし、俺のサインなんて持っていたら周囲に嫌われるぞ」

「そんなことないよ。私の周りでは西の魔女のファンが多いの。ヴェルが好きな子もいるし、サインなんてプレゼントしたら絶頂するかも」


「ぜ……えぇ?」


「ヴェルへのお礼は女の子とかどう? 婚約者いる?」


「い、いや、いらない、いらない。俺は知らない人と付き合うつもりはないから」


 今の学生って変な奴が多いのか? 俺のファンとか周りに止められるだろ、普通。


 謎のテンションに振り回されているうちに、グリン嬢の帰宅時間が迫っていた。あんなことがあったのにこれから婚約者の誕生日を祝いに行くなんて、記憶がないから問題ないのか。


「では、護衛さんを待たせているので、これにて失礼します!」


「ええ、お気を付けて」


 最後はしっかり貴族令嬢らしくカーテシーをしたグリン嬢が静かに退出していった。


 俺たちのやり取りを見てクスクスと笑っていたキィリスさんが、テーブルに朝食を用意してくれる。


「これでお仕事は完了ね。報告書は私が書くから、ヴェル君はグレイシヴに報告だけしておいて。ヴェル君の功績は大きいから、王宮には報酬額は多めにって、伝えておくから」


「ありがとう。助かるよ」


 慣れない左手でフォークを使ってサラダを食らい、スープを口にする。後は素手で食べやすいパンを齧った。


 また一日かけて国の西側へ帰るのだが、何かお土産でも買っていかないとグレイは静かに怒りそうだな。クッキーか、チョコか。プリンなんかもいいだろうな。


 何を買って帰ろうか、また自分で食べる用にも少し多めに買って隠しておかないといけない。


「ヴェル君、これをグレイシヴに渡してくれる?」


「分かりました。……手紙?」


「そう、グレイシヴが喜びそうなことがあったから、ヴェル君を借りたお礼にね」


 グレイが喜びそうなこと、それが何かは分からないが、とりあえず手紙を届ければいいのだろう。内容は教えてくれないだろうが、手紙がお土産の一つになるなら気も楽になる。


 さて、帰りは一人旅だ。しっかり食べて英気を養っておかないとな。


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