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ユキヒロ3

 闇雲に探し回っても見つかるはずがないため、潜伏している可能性が高い場所で聞き込みをする。


「ああ、その子なら一昨日、うちでリンゴを買っていったよ。王都の学生さんの制服を着ていたけど、薄汚れていたからね、覚えているよ。もしかして、あれが転生者ってやつかい? はぁ~、初めて見たよ」


「昨日の夕方かねぇ? うちの店でナイフを物色していたよ。学生さんが何に使うんかと思ったけど、気に入ったのがあったのかササッと買って出て行っちまったよ」


 目撃情報を頼りに移動すれば、聞き込みの情報は最新のものへ近づいてくる。


 極めつけは、ご学友による目撃情報だった。


「グリン様を今朝見かけたので授業を休んで探してみましたが、途中で見失ってしまいました。同じ部活に所属しているのですが、あんな空を飛ぶように軽やかな動きはできません。なので、どうか早く元に戻してください。お願い致します」


 追いかけている間、些細なことでもいいから何か気になったことはないかと話を聞けば、関係があるか分からないけど、と前置きをして話してくれた。


「追いかける途中、死んだ黒猫を見つけました」


「黒猫? それも死んでいた?」


「はい。餓死とかではなく、何者かに切り裂かれたような、……あの、ちょっと残酷な、感じで」


「お話してくれてありがとう。あまり思い出したくないこと話させてごめんね」


 キィリスさんが友人さんのことを宥める。友達の様子がおかしくて心配なところに残酷な光景を見て精神的に参っていただろうに、何も考えず追及してしまった俺も申し訳ないと思う。


 それから、落ち着いてもらったところでキィリスさんに代わってもらい、時間をかけて話を聞かせてもらった。


 時刻はすでに夕方。その友人さんと、グリン嬢は必ず元に戻すからと約束をして別れた。


「他の人の目撃情報と合わせて、ほぼ確実にあのアパートの周辺に隠れているね」


 リーズナブルな値段の定食屋で夕飯を食べつつ、集めた情報を整理する。


 グリン嬢は転生者に乗り移られたことはほぼ確定で、現在は凶器を持っている。こちらが彼女を探し回っていることに気付かれている可能性もあるため、ここからは特に慎重な行動が必要だ。


「エビフライ美味いな」


 普段あまり油を使った料理なんてしないから、エビフライとか、唐揚げやメンチカツなど、油っこいものを注文した。


「こっちのトンカツも美味しいわ、少し食べる?」


「いただきます!」


 少しがめついのは悪いけど、やはり肉が食いたかった。


「こっちも美味い!」


「あんちゃん嬉しいこと言ってくれるね! ほれ、唐揚げのサービスさ」


「マジっすか⁉ ありがとうございます!」


 老夫婦で経営しているためか、客との距離感が近い。安い値段で大盛とかご飯おかわり無料とか、自炊するのが馬鹿らしく思えるほどありがたかった。


 完食した時にはお腹が膨れていて、これから動くのに食いすぎたとお腹を撫でる。キィリスさんは俺が食いすぎたのをコロコロと笑って水を飲んだ。


「うふふ、満足してくれてよかったわ。少し休んでから行こうか」


「ごめん、そうしてくれると助かる」


 時間がないのに何してんだか。それにしても食が細くなったな。“昔の俺”ならこれくらいペロリだったのに。


「そういえば、あまり深く聞いたことがなかったんだけど、ヴェル君って、転生者だったよね?」


「そうだよ。帰る場所も方法も失った、取り残された転生者さ」


「気になっていたんだけど、グレイシヴが呼んでいる名前が本名?」


「そう。俺の元の世界での名前は『坂下雪広』って名前で、こっちではただのヴェル。グレイは俺が転生者と知ってユキヒロって呼んでる」


 俺は前世では普通に高校生をやっていた。この世界に転生する直前の記憶は曖昧だが、転生者症候群の傾向から見て、俺は何かしらの事故に遭ったか、病気に罹った可能性が高い。


「それにしても珍しいよね。赤ん坊に転生しちゃうなんて」


「それもまだ母親のお腹にいた時だよ。生まれた時にはもう手遅れってさ」


 転生者症候群は、元の世界に戻るには一カ月以内に魔女の薬を飲む必要がある。転生者は元の世界の記憶しかないため、様子がおかしいことからすぐに転生者だと気づけるが、幼少の頃に転生してしまうと誰にも気づかれず、元の世界に帰れない事象もあるのだ。


 俺なんか生まれた時にはもう転生から一か月経っていて、グレイには帰還不可と言われてしまった。


「まだ元の世界へ帰るための薬は研究しているんだっけ?」


「グレイが他の研究の片手間にやってくれる。まあ、すでに十何年とこっちにいるから、元の世界へ帰ったところで今頃骨は土の中だろうね」


「帰りたいとは思わない?」


「なんかいじわるな質問じゃない? ……まあ、俺には親も妹も友達もいたから、帰りたいとは思うよ。やり残したこともあるし、パソコンのデータも消してないし」


「パソコン?」


「俺がいた世界の便利道具だと思って。魔法に対抗する科学の結晶みたいなものかな?」


 まだ『文化祭資料』フォルダが見つかっていないか、せめて妹がそっと消してくれていることを願っている。何も知らず全部消されているのが一番ありがたいけどね?


「ふーん、やっぱり異世界ってここより発達しているんだね。魔法がないのにどうやって生きているんだろうって疑問に思う時があるよ」


「俺からしたら魔法の方が未知の存在すぎて今でも怖いよ。科学なら原因を突き止めることが出来るし」


「そっか……。もし、グレイシヴが薬を完成させて、元の世界でちゃんとヴェル君は生きているって分かったら、飲む?」


「飲みたいよ、本当に薬が出来たらね。家族や友達に会いたいし、女々しいかもしれないけど、母親の料理が恋しいんだ。妹ともゲームで遊びたいし、……やっぱり、俺は元の世界に悔いを残しているんだよな」


 転生する前のことはほとんど覚えていないが、それより前のことならアルバムを開いた時のように思い出せる。特に鮮明なのは、弱小のバスケ部だった俺たちが県大会で準優勝出来たことだ。あの思い出だけは一生忘れないだろう。


「どうすることも出来ない後悔って、思い出すだけでも辛いよ。今回の転生者ももしかしたら元の世界で後悔していたことがあるかもしれない」


「たとえ暗殺者だったとしても、帰るべき世界へ帰さないとね」


 ほどよくお腹も落ち着いた頃。俺たちは立ち上がって会計を済ませた。


 先に外へ出ると、すっかり外は暗い。国の西側と違って東側は夜になっても明かりが灯っていて、空の星は少ないように思えた。


「おまたせ、転生者はそっちのアパートにいるかも」


 キィリスさんが短い杖を持ち、俺は何か違和感があればすぐに対応できるよう気配を研ぎ澄ませた。


 目的地に近づくにつれ、何か不気味な雰囲気が漂い始めた。鼻を抑えたくなるような異臭も漂っている。


 まずカラスが多い。空をカーカー鳴きながら舞い、地面にいるカラスは転がっている猫の死骸を漁っていた。


「ここでも黒猫が死んでいるわね」


「カラスも数羽やられてる。黒い生き物が嫌いなのか?」


 今、足元を走って行った猫はキジトラだった。やはり黒い生き物に狙いを定めているように思えた。


 目的のアパートに辿り着く。ここまで襲撃はなかったが、黒猫の死骸が二匹。カラスは十羽近くが死んでいた。そのすべてがおそらくナイフで刺殺されている。


 アパート自体は何の変哲もない。普通に住民はいるし、周囲の建造物となんら変わりない。


「……いたよ」


 キィリスさんが指さした先、月明かりだけが照らすゴミ捨て場らしき場所の隅、どこから持ってきたのか厚手の毛布にくるまりながら座っているグリン嬢がいた。毛布の隙間から見える胸元のリボンは学生服のものだ。


 目を離さず少しずつ近づくと、グリン嬢はとっくの間にこちらに気付いていたようで、面倒くさそうに視線を上げた。


「何の用だ? またあたしを連れ戻そうとか言うのか?」


 やけにドスの利いた声。暗殺者と言うよりかはヤンキーのような印象だ。こちらへ向ける視線は厳しく、俺たちを等しく警戒していた。


「ねえ、元の世界へ帰りたくない?」


「元の世界ってなんだよ。というかここはどこだ? どうして“悪魔の使い”がそこら中にいる?」


「悪魔の使い? ……黒猫とカラスのことかな?」


「そうだ! あいつらは人を襲う化け物だ! こうして姿を隠しておかなければ、あたしが死んでいようがあいつらは襲ってくる」


 だから暗がりで毛布に身体を隠していたのか。襲われないために、自衛のために必要なことだったのだな。


彼女がいた世界では“異世界”という言葉の概念がないのかもしれない。俺がいた世界の人なら数分もあればここが異世界だと気付ける。そういう小説やマンガが流行っていたからな。


 しかし、彼女は異世界を知らない。気が付けば知らない世界で人を襲う化け物がそこらへんにいるのだから、地獄にでも落とされた気分じゃないだろうか。化け物が近くにいても平気に過ごしている人たちにはさぞ驚いただろう、中には黒猫をペットとして飼っている人もいる。


「何もかも、初めから説明しないとダメそうね。ねえあなた、名前は? あ、私はキィリス。こっちはヴェルね」


「……エス」


 本名かどうかは分からないが、とりあえず呼ぶ名前は決まった。当然警戒はされたままだし、遠くに聞こえるカラスの鳴き声にどこか脅えも伺える。


「私の家に来ない? そこには黒猫もカラスもいないし、悪魔もいないわ。それに、少なくともここはあなたが何かを殺さなくちゃいけないものは住んでいないわ」


「…………」


「お腹空いてない? うちなら何か出せるけど。もちろん毒は入れないし、エスちゃんにはこの世界のことを教えてあげる」


 エスはキィリスさんの目をじっと見つめたまま様子を伺い、眉に皺を寄せたままゆっくり頷いた。


「嘘ではないな。いいだろう」


 ほっとして息を漏らす。


 これで身柄は確保できたため、後はキィリスさんがエスとお話をして、元の世界へ帰って貰えば解決だ。


 キィリスさんに近づく彼女を見て思うことがある。警戒心を解かず、鋭い眼光で俺たちを観察しているが、なんとなく、彼女は暗殺者ではない。そう、思った。


二話更新しています。

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