004 真昼の仕事のランチ
1話読み切りのショートストーリーです。
どの話からでも、姉妹の何気ない毎日を楽しめます。
静かな会議室の中、私の声だけが響く。
狭い部屋には私と先方のお客様が2名。
決裁権をもったずっと年上の方だ。
小一時間経った頃、説明に納得してくれたのか次回詳細な見積もり提案の許可を頂けた。
「それではこれで」
私はお客様先を出て社用車に乗る。
春過ぎの陽気はすでに熱く、上着を脱ぎ捨てて助手席に放った。
エンジンを付けると弱めの冷房がかかり、一息つくことが出来た。
私は岡山県にある中規模会社で営業をしている。
製造系という大学までの勉強と全く無関係な業種。
でも人気がない業界だからか、私でもすんなり内定が出たのだ。
「安定優良企業だし、転勤もないし」
夕夏の時給が命といい、清音家の女は現実的なのかもしれない。
なにより花夜が高校を卒業するまで側にいたいし、お金で苦労もさせたくない。
朝から痒い顎のニキビをつついた。
だめだだめだ、もし潰しでもしたら美意識の鬼、夕夏に劣化のごとく叱られる。
「午前中はこれで終わり、と」
コンビニの駐車場まで移動して私はスケジュールアプリを開いた。
今日は午後に3件ほどお客様とのアポがある。
少し早いけどお昼を食べて移動しなきゃ。
お弁当が入っている保冷バッグを出していると、スマホがメッセージを受信した。
【真昼お姉ちゃんお昼?デザート入れといたからね】
たまにイタズラをする構ってな妹。
なんのことだろう。
保冷バッグを開けると冷え切ったお弁当の他に黄色くて丸いものが入ってる。
なんだろと取り出すと、私の似顔絵が描かれた春みかんだった。
「んふふふっふふ」
ひょっとして昨日疲れた顔をしてたかな?
少し不機嫌そうな私をつついてから写真を撮った。
可愛い妹だ。
今日も1日が終わった。
ようやく帰宅できた私は古い軽自動車から降りた。
ポストを確認してから家に入り、両親の写真に微笑みかける。
するとお出迎えをする子犬のように花夜が走ってきた。
「花夜ただいま。今日は……」
「真昼お姉ちゃんごめんんん。
お弁当にチョコ入れ忘れてメッセージだけ送ってた」
はしっと腰に抱きついてくる。
「あとお帰りなさい」
「はいただいまです」
妹を高い高いした。
「さすがにもうそんな年じゃない」
小柄な妹が上空でわたわたしてる。
でもチョコとは?
花夜を小脇に抱えて台所に行くと、夕夏が夜ご飯を作ってくれてた。
「今日は早かったね」
菜箸を片手に、髪をなびかせ振り返る3女。
ゆったりとした笑顔を浮かべている。
……なんだろうこの若妻感。
つかつかと近づいてくると私の顎をじっと見つめてきた。
「朝よりは良くなったのかな?」
ちょいちょいと小さなニキビをつつかれた。
「みかんが効いたかな」
……こっちだったか。
「んふふふっふふ」
「なにその気持ち悪い笑い?」
少し引いた妹に小さな箱を押し付けた。
「それシュークリーム。あとで食べましょ」
あー、可笑しい。
嬉しそうに箱を開けるふたりを尻目に、私は着替えに自室に戻った。
シュークリームじゃなくホールケーキでも買ってくればよかったかも。