003 夕夏のド根性のバイト先
1話読み切りのショートストーリーです。
どの話からでも、姉妹の何気ない毎日を楽しめます。
古いスピーカーから鐘の音が聞こえた。
それは高校生の1日の終りを教えてくれるものだけど、私にとっては始まりでもある。
ひとつ伸びをしてスマホを見た。
タイムスケジュールに[17時~ バイト]と書かれている。
……面倒だな、うん、でも、まあ。
ふふ。
「夕夏このあと暇?」
「私バイトだわ」
「そか頑張れー」
友人が手を振って帰宅していった。
ここは私が通う県内唯一の女子校で、まあまあの進学校。
勉強は得意だし友達もいて学校も好き。
でも朝7時過ぎに家を出て帰宅が23時前はさすがに疲れるな―。
「夕夏ってバイト何してるんだっけ?」
別の友人が暇なのか私の机に座ってきた。
「えー、普通の接客だよ」
「カフェ的な?」
似たもんとだけ答えた。
「その顔面だもんね似あいそ」
けたけた笑う友人。
……まあ努力もしてるし多少の自信はあるよ。
「じゃがんばれ」
「そっちも部活いってら」
お互いに親指を立てた。
それから30分。
私はだらだらと自転車を漕いでバイト先についた。
従業員用の勝手口から更衣室に入り制服を脱いだ。
ユニフォームを着るとだらけていた気持ちも消えた。
真昼ねえがスーツを着ている時だけかっこいいのも同じなのかな。
最後にスマホを一瞬だけ見た。
私のやる気スイッチはこれかなー。
「清音はいりまーす」
フロアに出る私。
「いらっしゃいませー!」
普段はぜったいに出さない大きな声。
ここは家近で一番人気のラーメン屋さん。
豚骨くささが病みつきになるらしい。
うん、カフェなんかじゃないよ。
可愛い制服じゃなくて、頭に手ぬぐい巻いて豚が描かれたTシャツだよ。
美味しいコーヒーじゃなくて餃子が人気だよ。
だってここが一番時給良かったし。
バイト先なんて結局そこだよ、稼いでなんぼ。
頑張って稼いで欲しい者のために使う。
やっぱそれでしょ。
「注文いただきましたー!硬め一丁!」
オーダーを喧騒に負けない声でキッチンに伝える。
「硬めありがとうございまーす!」
威勢の良い返事。
さあこれから5時間がんばるぞ。
へとへとになって家についた。
今日も私頑張った。
リビングでぶっ潰れていると後頭部をよしよしされた。
「夕夏おつかれ」
「真昼ねえどうせなら腰揉んで」
ごそごそとポケットから封筒を渡す。
今日は給料日だった。
「毎月ありがとう。でも無理はしなくていいのに」
「なんもーなんもー」
残された体力で心配してる姉さんに笑いかける。
朝日ねえも真昼ねえも私と花夜のために我慢してくれてるもの。
姉妹4人で助け合わなきゃね。
「ご飯あるから食べて」
姉さんが立ち去ると入れ替わりに花夜が来た。
お風呂に入ってたみたいで髪を拭き拭き麦茶を飲んでいる。
「こんなとこで寝ないで」
ストンと私の隣に座る妹。
夕夏はいつもいつもだらしないとぐちぐち言いはじめる。
疲れている姉になんていいぐさ。
「ちょっとはいたわりなさいよ」
「尊敬されたいならそれなりの態度ってもんがある」
「こんな美人な姉、そうはいないよ。崇めな」
妹よ、姉は知ってるぞ。
君の友だちが私に憧れているのを。
「まったく」
妹がこういうとこ直せとブチブチ言いながら、ぶっ倒れている私のふくらはぎを揉んでくる。
素直じゃない妹に呆れながら私はスマホの画面をつけた。
「あ、夕夏の待ち受けまだそれなんだ。ずっとだね」
「んーそうだよー。あとマッサージの力が足りない。部活で何学んでんの」
「走り方だよ」
4姉妹で撮った記念写真をだらーと見て充電していた。