001 いつもの朝のさわがしさ
1話読み切りのショートストーリーです。
どの話からでも、姉妹の何気ない毎日を楽しめます。
晴れの国。
そう自負する岡山の朝は今日も気持ちよく透き通っていた。
中心街から少し離れた住宅街の平屋。
そこには3人の姉妹が住んでいる。
「ああああー、まずいよ遅れるよ」
家の中を少女が慌ただしく走っていた。
中学新入生で部活新人の自分が、朝練に遅れるのはとても良くない。
だから跳ねる寝癖を直して早く朝練に行きたいのだが、姉が洗面台をずっと使っていた。
「夕夏!長い!」
「あんた陸上部でしょ。走りゃ間に合うわよ」
わたしゃ髪が長いから時間かかるんだわ。
そう呟きながら丁寧にアイロンをあてていた。
背を叩く長さの栗色の髪に、緩やかにウェーブがかかっていく。
逆に首筋で短く切り揃えたボブカットの妹が、可愛い眉をひそめて怒る。
「僕は自転車通学だ!」
狭い洗面所に割り込み、両手で姉を押し出した。
「5分!いや3分で終わらすから!」
電源の入ったままのヘアアイロンで、ざっと寝癖を直す。
冷たい水で顔を洗い、指先で前髪を整える。
最後に化粧水と日焼け止めを塗り終えると、愛らしい黒髪少女が鏡を喜ばせていた。
うん、今日も100点。
「減りが早いと思ったら花夜か。高いんだけどそれ」
まあまあと妹が手を振って誤魔化し、逃げていった。
花夜がリビングに行くとスマホを持った女性が食卓に座り、朝食を食べている。
「朝ご飯できてるよ」
「うーー、僕遅刻しそうで」
さっきから空腹で、鳴り続けているお腹を撫でる。
「サンドイッチにしてるから持っていきな。
運動前にはちゃんと食べること」
察していたのか、小さなタッパーを渡してくれた。
「やった!ありがとー」
一回り年上の姉に抱きつく妹。
「見習え夕夏!こういうのが姉というものだ!」
洗面所から小さな悪態が聞こえてきた。
「じゃあ僕行くね!」
思春期真っ只中の花夜が家を飛び出す前に止まり、玄関に飾られている両親の写真に手を合わせた。
「おはよ、お父さんお母さん」
少しだけ寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して出発した。
「車に気をつけてな―」
リビングから聞こえる声に返事をした。
真昼、夕夏、花夜の3人で暮らす少し古ぼけた家。
本当は長女がもう一人いるのだが、海外で駐在をしているので実質3人暮らしだ。
「そういえばさー、昨日朝陽ねえからメッセージあったよ」
学校で怒られない程度に化粧をした三女がリビングに来た。
時間をかけただけあって、年齢より少し大人びて綺麗だ。
「へ、へえ」
伝えられた言葉に次女が固まる。
「なんか先月の家計簿について聞きたいことがあるから電話しろって」
「へええ」
「真昼って見た目に騙されがちだけどぽかよね」
高校生の三女、中学生の四女にはとても優しい長女。
しかし実質家長の次女には相当厳しく、いつも正論で攻め続けられる。
「あの人の相手は仕事より大変よ」
せめて夜に聞きたかったと、仕事前に凹んだ頭を抱えて立ち上がる。
「私も出るから戸締まりよろしくね」
少し冷めた目玉焼きをハムハムしつつ夕夏が手を振る。
カバンを手に取り、写真に挨拶をした。
夕夏が毎日拭いているフレームが鈍く朝日を反射する。
家を出ると玄関に【清音】という表札。
清音家の、4人姉妹3人暮らしの朝はいつも騒がしい。