ポンコツ王子の婚約解消騒動
勢いで書きあげたのでゆるゆる設定です。
生暖かい目でお読みください…!
「マリアンヌ!僕は君との婚約を、か、解消する!」
ふるふると子鹿のように震えながら、ついでに甘噛みしながら、声高に宣言した一人の男に、会場中の視線が一気に集まった。
周囲を取り囲む人々は、先ほどまでの喧騒が嘘かのようにしんと静まり返り、事態の行方をごくりと唾を飲んで見守っているようであった。
そんな視線を一身に受ける人物ーーーつまり公衆の面前で婚約者に婚約の解消を告げたのは、我が国唯一の王子であるパトリス殿下である。
本日行われている学園の卒業パーティーの主役の一人であり、そして私の婚約者だ。
彼が私の婚約者であるということは、彼が婚約解消を言い渡したマリアンヌとは、当然私のことである。
しかしながら、我が婚約者であるパトリス様は、婚約破棄モノのテンプレの如く身分の低いぶりっ子をそばに侍らせている、というようなこともなく、注目を浴びたことで少し怯みながら、なぜか助けを求めるように私を見つめている。
後方では彼の両親である国王夫妻が見守っているが、国王陛下はオロオロとしながら王妃殿下と私とパトリス様を交互に見つめている。なんとも頼りなさげな姿である。
王妃殿下は扇で口元を隠しながら悠然と微笑んでおり、ことの成り行きに口を出す気配はなかった。
お二方が見守る姿勢を見せる姿を確認してから、私、侯爵令嬢マリアンヌは、パトリス様に向き直った。
「パトリス様。婚約解消とは突然のことですわね。それに本来、このようなことは卒業生を祝う晴れの日に、皆様の前で仰ることではございませんわよ?」
「とっ、突然のことではない!私はずっと思っていたんだ!」
半泣きになりながらも反論する殿下に、立場が逆では?という方々からの視線が突き刺さる。
うん、私も同意見です。普通なら泣きそうになったりするのって、婚約解消を言い渡されている側の私の方であるはずですもんね。
皆さんの視線に内心大共感しながらも、私は微笑みを崩さずに首を傾げる。
「ずっと思っていたとは穏やかではございませんわね。宜しければ理由をお聞かせいただけますか?」
「き、君はなんでもできるからだ!学園での成績も、入学以来トップを譲ることなく卒業したし、それも王族の婚約者としての仕事をこなしながらで… 公務で他国の外交官とも外国語ですらすら話していたし、社交界での評判もいいし、交友関係も広いし、刺繍の腕前も一流だし… どう考えても僕には釣り合わない!」
そう叫んだ殿下の必死の形相に、周囲の目が点になった。
ええ皆さん、お思いでしょう。
え、そんな理由…?
と。
私も同感です。
私が婚約者として完璧すぎるから婚約を解消したいのだと、どうもパトリス様はそう言いたいらしいのだ。
「つまり、私ではパトリス様には釣り合わないということですね」
「違う!僕が君に釣り合わないんだ!僕には君は勿体無い、もっといい人が絶対にいる!」
食い気味に否定するパトリス様に、周囲の目はますます点になり、私の頬は緩んでいく。
ああ、パトリス様。
貴方は本当に、可愛い人ですね?
確かにパトリス様は何もできない。
凡人である…というか、むしろ凡人以下だ。
そう難しくない内容の、サインさえあれば良い書類を必死に理解しようと、足りない頭を働かせては何度も文章を読み直しては時間を無駄に費やし、一日に処理できる書類の量はほんの数枚だし。
学園でも、忙しい時間の合間を縫って必死に勉強しているにも関わらず成績は振るわず、クラス分けでは一番下のクラスを抜け出したことがないし。
狩猟祭に参加すれば獲物を狙うことに集中しすぎて落馬し骨折するし、ダンスパーティーでは事前に何度も一緒に練習したにも関わらず緊張で私の足を踏みまくるし。
とにかく何をやらせてもパッとしないのだ。要はポンコツだ。
そんな彼だが、何でもそれなりにできてしまう私に対して劣等感を抱くわけでもなく、むしろ私が自分の婚約者であることが可哀想だ、もっと幸せになれる道があるはずだと。
そう考えて、この場で婚約解消を言い出したのだ。
これを可愛いと言わずしてなんと言おう。
足りない頭で必死に考えた結果、こうすれば婚約解消が私の有責ではないと周囲が理解できるはずだとでも考えたのだろう。
彼にしてはよく考えられた方である。
しかし、前提が間違っているのだ。
私はそもそも、彼との婚約解消など一度たりとも望んだことがないのだから。
「パトリス様は、私との婚約がお嫌ですか?」
首をこてんと傾けてパトリス様を見つめると、彼は信じられないという表情になって首をブンブンと横に振る。
「そんなわけがない!マリアンヌは綺麗だし優秀だし、我が国どころかどの国の王妃になっても絶対に成功できる!僕は君の婚約者で幸せだった!
でも僕は勉強もできないし運動もパッとしないし、取り柄といえば王子という身分だけだ!そんな僕に、大学からスカウトされるほど優秀で引く手数多な君が嫁ぐなんて、君が可哀想じゃないか!」
嗚呼、なるほど。
彼にこう思い悩ませたのは、私が大学から勧誘されているという噂を耳にしたことがきっかけなのだろう。
ついでに教授を務める若き天才から求婚を受けた話でも聞いたのだろうか。
彼は隣国の王族で、一応王位継承権を持っている人物だから、余計思い悩んだのだろう。
「まあパトリス様。私のことをそこまで想ってくださった結果、この結論に至ったのですね。お気持ちはとっても嬉しいですわ。
でもパトリス様、折角の婚約解消のお申し出ですけど、お断りしますわ。私、貴方と結婚したいんですもの」
「…え?」
「私、旦那様はパトリス様でなくては嫌ですわ。優秀な方はこの世に星の数ほどおりますけど、こんなに可愛らしい旦那様、世界中どこを探したって見つかりっこありませんもの」
「か、可愛らしい…!?」
パトリス様は衝撃を受けたようにピシリと固まっているが、その頬は赤く染まっている。
照れているのか困惑しているのか、反応を一つに統一して欲しい。
「確かにパトリス様は、一般に言う“優秀な王子”ではないかもしれません。ですけどそもそも、私がパトリス様の婚約者に選ばれた理由はそこにあるのです。ですから、パトリス様がその点を気になさる必要は全くないのですよ?」
「こ、婚約者に選ばれた理由…?」
「そもそも不思議に思いませんか?私たちの婚約が結ばれたのは1年前、私たちが17歳の時ですわ。一般的に諸外国では、王族、それも王太子の婚約者となると、幼い頃に決定されることが多いものです。王族の婚約者を定める時期として、17歳と言うのは遅すぎるのです。何せ既に結婚し始める人もいる年齢です。それに1〜2年後には成婚ですから、王子妃教育だって詰め込み型になりますし、下手すれば間に合いませんわ」
そう。私たちはまだ婚約を結んでから1年しか経っていないのだ。
とある理由から、我が国ではある程度成長してからの婚約は王族として珍しくないことではあるが、諸外国に照らし合わせれば異例と言っていい。
「それはつまり、どういうことなんだ…?」
未だに理解できていないパトリス様はおずおずと私に尋ね、私は浮かべた笑みを深くする。
「我が国の王族の皆様は、ある程度成熟した年齢になってから、能力の高さと性格の一致度の両方を加味して婚約者を選定するのです。私はその結果選ばれたパトリス様の婚約者であり、王妃殿下も同様に、17の時に陛下の婚約者として召し上げられたはずですわ」
「ええ、マリアンヌの言葉に間違いはないわ」
そこまで口を噤んで成り行きを見守っていた王妃殿下が口を開き、隣にいる国王陛下を見やる。
王妃殿下の視線を受ける陛下は、何かを思い出すかのように、どこか遠い目をしているようだ。
「ついでに陛下も、貴方と同じよう理由で、同じように私に婚約解消を言い出したことがあるわ。親子って不思議ね、そんなところまで似るだなんて」
「父上も…!?で、では何故、父上と母上は何事もなく結婚されたのですか?」
王妃殿下は、唐突に過去の出来事を暴露する。
流石に私も、国王夫妻が同じような経験をされていたことは知らなかった。
そういえばパトリス様が婚約解消を言い出した時、私たちと同年代の令息や令嬢たちは驚いていたものの、親世代の貴族たちはあまり驚いた様子もなく静かに口をつぐんでいた。過去に同じような事件があったことを知っていたのなら、そのことにも合点がいく。
王妃殿下の告白に驚愕に目を見開いたパトリス様は、食いつくように尋ねた。
優雅に扇を手に持つ王妃殿下は、こともなげにパトリス様の言葉に答える。
「そんなもの、私がすべて納得した上で婚約者となっていたからに決まっているでしょう。
陛下も貴方と同じように、優秀とは言えない方よ。私はその補佐をするために婚約者に選ばれたし、支えていく覚悟があったわ。それを自分の一存で、自分には勿体無いからと相手の幸福を決めつけ婚約解消しようとするのは、些か傲慢ではなくて?ねえ、陛下?」
「う、うむ。妃の言うとおりだ」
答える陛下は少ししょげているように見える。
息子が自分と同じ道を辿ったことが悲しいのか、はたまた王妃殿下に暗に無能と言われたことが悲しいのか。
国王陛下とパトリス様は、親子だけあってとても似ている。
仕事ができないところも勿論似ているが、それだけでなく、自分の立場を弁え他者を思いやる気持ちがあるところも。
「そもそも我が王家には、優秀な子供が生まれないことはわかっているのよ。初代国王陛下が、建国時に呪いを受けたから」
「の、呪い…!?そんな話、聞いたことが…」
「ええ、貴方は知らないでしょうね。だけど事実よ。我が王家に生まれる子供は、未来永劫不出来であり続けると、そう呪いを受けた過去があるの。だから二代目以降の歴代の国王陛下の中に、優秀だ賢王だと讃えられている方はおられないでしょう?」
これも事実である。
建国王は、この地に住みつき人々に害悪をもたらしていた大蛇を退治し、その骸の上に我が国をつくったと言われている。
建国王の勇猛果敢な攻撃により息も絶え絶えになった大蛇は、最後の力を振り絞り、怨みのこもった視線で建国王を睨みつけながらこう言った。
「憎き貴様の遺す子孫は、未来永劫呪われると心得よ…!!貴様の家には永遠に、無能な子供しか生まれぬのだ…!!」
と。
もっと強い呪いではないのは、大蛇にそんな力が残っていなかったためである。
死にかけた大蛇に出来ることは、せいぜい直系子孫に無能の呪いをかけることくらい。
しかし建国し王族となった初代国王とって、それは致命的とも言っていい出来事だった。
打開策が見出されたのは、偶々二代目国王の伴侶となった二代目王妃の存在だ。
彼女は無能な夫を支えられるだけの優秀さと、王家乗っ取りを企てないだけの謙虚さ。そしてさらに、秀でたところのないただ優しいだけの夫を「ポンコツだけどそこが可愛い」と愛でることのできる性格を持ち合わせていたのだ。
この王妃の支えによって、二代目国王は無事破滅を回避。
以来、王太子の婚約者はある程度成熟した16歳以降に定められることが決まり、そして婚約者には二代目王妃が持ち合わせていた3つの素養が必要とされることになった。
優秀、謙虚、ポンコツへの愛情。
そう、これらの要素を兼ね備えているとして選ばれた当代王太子の婚約者が、私、マリアンヌだ。
つまり、私はポンコツ好きなのである。
仕事のできるかっこいい男性よりも、仕事ができないくせに必死に頑張る可愛い男性が好きなのだ。
「貴方に足りないものを補ってくれる存在として、マリアンヌは選ばれたのよ。マリアンヌだって貴方が優秀でないことをわかっていて、婚約者の座を受け入れたのです。貴方がそれを踏みにじっては、マリアンヌに失礼でしょう?」
幼い子供に諭すように、王妃殿下はパトリス様を諭す。
王妃殿下だってポンコツ好きの同志なのだから、ポンコツな我が子の扱いにも慣れたものだ。
「は、はい…確かに僕は、マリアンヌの覚悟に対する配慮が足りませんでした…
マリアンヌ、すまない。一般論ばかり考えて、僕は君自身の気持ちを蔑ろにしてしまった」
反省したようにすっかり肩を落とし、頭を下げるパトリス様の肩に、私はそっと手を添えた。
「宜しいのですよ、パトリス様。私も貴方に、私自身の気持ちを伝える努力を怠ってしまっていたのですから。そう気づかせる機会をくださって、むしろ有難いくらいですわ」
「マリアンヌ…」
「これからは貴方に、しっかりと私の気持ちを伝えることに致します。
私はパトリス様の、わからないことに必死に頭を悩ませ熱を出してしまうところも、できないことをできるようになろうと努力しては失敗を繰り返した挙句泣いてしまうところも、すべて可愛くて好ましいと思っております。
むしろ優秀でなくていいのです。貴方ができないことは、私が全力でサポートいたしますから」
「マリアンヌ…!君は本当に、僕には勿体無いくらい素敵な婚約者だ…!」
泣きそうにくしゃっと顔を歪めながら、パトリス様は私をガバッと抱きしめる。
私は彼の背中に腕を回し、胸に顔を埋めながら囁いた。
「愛しておりますわ、パトリス様。貴方を側で支えることが私の幸せです。ですから、婚約解消だなんて仰らないでくださいませ。私、悲しかったのですよ?」
「すまないマリアンヌ、もう絶対に二度と、そんなこと言うもんか…!僕も君を愛しているんだ…!」
涙を堪えきれず震えるパトリス様の姿に、私はゆっくり微笑んだ。
周囲からはいつの間にかパラパラと拍手が湧いていき、次第にそれは大きな歓声となって私たちを包み込んだ。
そうして半年後、私たちは祝福されながら結婚し、さらに1年後には可愛い我が子が誕生した。
私たち夫婦は、生まれたばかりの子の寝顔を見つめながら語り合う。
「この子もポンコツに育つのだろうな…それが呪いの力なのだから」
「あら、良いではありませんか。いつかこの子にも、この子を受け入れ支えてくれる人が現れますわ、きっと」
「私にとっての君のように、そんな人が現れてくれたら良いな」
「愛してますわ、パトリス様」
「僕も君を愛してるよ、マリアンヌ」
子を抱く私に、パトリス様がそっと口付ける。
私は目を閉じてそれを受け入れながら、我が身の幸福に酔いしれるのだった。
最後までお読みくださりありがとうございました!
マリアンヌも王妃も時々毒舌気味に伴侶を評価していますが、愛情ゆえにすべて可愛く見えているのだとご理解ください!