第3章-2
「…どうして?」
やっと出た言葉はこれだった。
「どうして原島さんなの?幸せになってほしい人、他にたくさんいるのに、なんで彼女なの?赤の他人の名前を出されるほうが、まだ理解できる」
「それは…上の方がお決めになったことでして……」
シリルはたじたじとなっている。
「…シリル君て、かわいい顔して実は悪魔の手先だったりしないよね?」
じとっと睨みつつ言うと、シリルはうるっと瞳を潤ませる。
「ひ、ひどい…。天使だって言ってるじゃないですか」
「だって…」
彼女のことは嫌いじゃない。たまにある、嫌がらせらしき事も許せる範囲だ。ただ、秋人を見つめるあのまっすぐな瞳が苦手だった。
それに彼女を幸せにするということは、彼女が秋人に愛されるという事…。
「亜沙子さん。幸せって色々ですよ」
シリルが私の心を見透かしたかのように声をかける。
「原島さんを幸せにしていただくって言いましたけど、亜沙子さんの思っている事とは限りませんよ?ただ、彼女に心から幸せだと思える瞬間を与えてほしいだけです」
「………」
「まずは、彼女を知ることからはじめてみましょうよ」
にっこりと、まさに天使のような邪気のない笑顔でシリルは告げる。
確かに、彼女の事を私はよく知らない。知れば、何か変わるのだろうか…。
「…できなければ、どうなるの?」
「成仏できません」
シリルはかわいい笑顔できっぱりと言い切る。それから、小さな手で私の手をぎゅっと握り締めた。
「神様は、けっして亜沙子さんにできない条件は出しません。亜沙子さんに必要で、亜沙子さんの為になるはずです」
まっすぐに私を見つめるシリルの瞳は、とても澄んでいた。握られた手から、温もりが優しく伝わってくる。
「…今ちょっと、天使っぽいって思った」
「いや、だからぽいじゃなくて、天使なんですってば!初仕事ですけど!!」
むきになるシリルを見てくすくす笑いながら、少し心に余裕が生まれている事に気づく。
そう、彼は天使で、神も命を奪う以上にひどいことはしないだろう。
だって、落ち着いてみると、この空間が温かくて優しいことがよくわかる。
だからこそ、私はゆっくりと眠る事ができたのだ。
彼らは、私に害を与える人じゃない。
それに、何もせずにただ落ち込んでいるのは性に合わない。
どんなに願っても、もう私は生き返らない。
だったら、心が痛んでも進むしかない。
その先に、きっと何かある。
動かなければ、これ以上傷つかないかもしれない。でも、今以上にいい事は絶対に来ないんだ。
「よし。その条件やってみる」
「亜沙子さん!」
シリルが嬉しそうに私の手を握る。
「僕も微力ながら手伝わせていただきます。頑張りましょう!」
「よろしくね。で…」
「で…?」
「どうすればいいの?」