第2章-3
そんな事を思いながら、私たちは葬儀が行われている葬儀場に向かった。
葬儀場に近づくにつれ、喪服や制服の人が目立ちはじめた。
目元をハンカチで押さえながら歩き去る人々。皆、見知った人でその悲しみにみちた顔に胸が苦しくなる。
「亜沙子さん、良い方だったんですね」
擦れ違う人を見遣りながら、切なげな瞳で少年は呟く。
「どうして?」
「多くの方が心から悲しんでらっしゃる。普通、見掛けだけ悲しんだふりをする方がいらっしゃるんですけどね、そんな方はここにはいません」
その事を嬉しくも心苦しくも思いながら、私は少し考える。
「君、心がよめるの?」
「君じゃなくて、シリルです」
問いに答える前にシリルはちょっと不服そうに訂正し、後を続けた。
「分かりますよ。天使ですから」
満面の笑みで誇らしげに胸をはるシリル。だが、すぐに慌てふためく。
「うわぁ。すみません。笑っていい状況じゃありませんよね」
「ううん。気にしないで」
「ちなみに、亜沙子さんの心は読めませんのでご安心を」
「うん」
それだけ言って私は再び歩を進める。
普段なら彼について色々聞いているだろうが、さすがに今はそんな余裕は無い。
また何人かと擦れ違い、角を曲がるとそこには光を灯した葬儀場があった。
私の名が大きく掲げられているのを見て、思わず足が止まる。
「亜沙子さん?」
シリルが心配そうに私を見上げる。
「やめられますか?」
「…んーん。行くよ」
重くなった足取りで、私はゆっくりと葬儀場に近づいていく。
と、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
綺麗な黒髪が暗闇に溶け込んでいる。
彼女は少し離れた場所から、掲げられた私の名をじっと見つめているようだった。
お通夜に行った様子も無く、これから行く感じでもなかった。
じっと動かずその場にたたずみ、悲しみを感じないその後ろ姿。
原島さんだった。
私は彼女を追い越し、ゆっくりと振り返った。
彼女はまっすぐに私の名を見ていた。その瞳に映るのは、悲しみでもなく、怒りの様に私は感じた。
「シリル君」
彼女の目を見つめたまま私は言った。
「彼女は何を思ってるの?」
私が死んで喜ばれる事はあっても、怒る理由がわからない。
「それは、僕の口からは申し上げられません」
困り顔のシリル。
「天使にも色々規則があるんです」
「そう…だよね」
確かに人の心の中を勝手に覗くのは卑怯かもしれない。
それに、彼女が何を考えているのか知ったところで何もかわらない…。
ふと背後に人の気配を感じると、彼女の視線が動いた。そして、急に踵を返して足早に去っていく。振り向くと、弘美と数人の友人が葬儀場から出てきたところだった。
泣き腫らした目をした弘美。周りの友達に支えられるように歩いている。
私はそっと歩み寄る。
「気を付けてって言ったのに…」
弘美の涙声の呟きが耳に入った。最後に昇降口で交わした言葉が蘇る。
「ごめんね…」
聞こえるはずはないけど、言わずにはいれなかった。私が、こんなにも悲しませている。
それなのに私は、泣きながら去っていく大切な友達の背をただ見送ることしかできない。
「亜沙子さん…」
心配そうにシリルが見上げている。
「…行こうか」
弘美が角の向こうに消えるのを待って、私は呟いた。