第2章-1
「……ん」
誰かの声が聞こえる。
私…どうしたんだっけ?
…そうだ、車が私に向かって突っ込んできたんだ。
一日に二度も気を失うなんて、今日は厄日かな?
「亜沙子さん」
名前を呼ばれて、私はゆっくりと瞳を開いた。
最初に目に入ったのは澄んだ青い瞳。
そして、真っ白い空間。
「……?」
よくわからなくて、私は目をぱちぱちと瞬く。
目の前にいるのは、知っている人でもなければ看護婦さんやお医者さんでもない。
柔らかそうな金色の髪、透き通るような白い肌にばら色の頬、そして深く青い穏やかな瞳…。どう見ても、外人の少年だった。
「藤崎亜沙子さん、こんにちは」
彼は流暢な日本語で私に優しく話しかける。
「……」
まったく状況が飲み込めなくて、私は口ごもった。
だいたい、ここはなんなのだろう?病院ではないのは確かどころか、天井も壁も出入り口もない、ただひたすら白い空間。
「初めまして。僕、あなたを担当させていただくシリルと申します」
にっこり笑って少年は言う。
担当?なんの?
まったくわけがわからない。これは夢?
「亜沙子…さん?」
返事もせずぼぅっとしている私の瞳を少年は覗き込む。頭がパニック状態で焦点の定まらない私とは、視線を合わせようにも合わせることができない。
と、彼は突然がっくり肩を落とした。
「はぅ~。初仕事の最初の挨拶から失敗するなんて、僕ってやっぱり未熟もの…」
しかし、次の瞬間に彼はがばっと天を振り仰ぐ。
「いや、ここでめげちゃ天使失格だ!天使の心得その一!死者の心情を理解し、情愛を深く持って接するベし!!」
…天使?
……死者??
「事故死なんだから、呆然とするのは当然。僕がしっかり導かねば!」
一人テンション上がっている少年をよそに、私の思考回路がゆっくりと動き出す。
私が最後に見たのは向かって来る車だった。そして、今。現実にはあるはずの無い真っ白な空間。見たこともない、やたら日本語の流暢な異国の少年。そして彼の言葉。
天使、死者…事故死。
私は、まっすぐにこちらを見つめている少年と視線をあわせた。
「…私、死んだの?」
彼は一瞬怯んだように目を泳がせ、そしてためらいがちに告げる。
「はい。二〇××年六月二十五日十六時四十八分、交通事故により、亜沙子さんは亡くなられました」
可愛らしい優しい声での死の宣告。現実感などまるでないのに、その言葉は私を絶望させるのに充分な真実味があった。
気を失ったわけじゃない。なのに、この真っ白な空間で、私の目の前は真っ暗になった。