最終章-4
「いないんですか?」
呼吸を整えながら、原島さんは聞きなおした。
やっとついた秋人の家。そこに、秋人はいなかった。
「さっきね、出かけたみたいなの」
以前より疲れたような顔をした秋人のお母さんは、力なく答えた。
「試合に…?」
原島さんの問いに、おばさまは残念そうに首をふる。
「試合のバッグを持っていっていないもの。きっと違うわ」
「……」
原島さんは少し思案しているようだった。
秋人は、今どこにいるのだろう。何を思っているのだろう。
悲しみの中にいても、親友の温かな気持ちをまったく無視する秋人じゃない。
バスケの試合だって、本当は出たかったはずだ。
このまま私の死を悼んで大切なものから離れているべきか、それとも先に進むべきか、心の中で葛藤しているのかもしれない。
迷った時、秋人はどうしていた?
「藤崎さんのお墓の場所、ご存知ですか?」
原島さんの言葉に、私ははっとして顔を上げる。
「亜沙子ちゃんの?」
「きっと、静かに藤崎さんと話せる所にいると思うから…」
そう。迷った時、秋人は私のそばにいた。
長い間話をしたり、何も語らなくても温もりで気持ちを伝えあった。
「確か…」
おばさまは、私のお墓の場所を丁寧に説明する。
「ありがとうございます。あと…試合のバッグお預かりしてもいいですか?」
「え?」
「井沢くんが試合にでるの、信じて待っている人がいるから…」
原島さんの澄んだ瞳を見て、おばさまは微笑んだ。
「秋人は幸せ者ね。こんなに想ってくれる人がたくさんいて…」
そう言って、秋人のバッグを部屋から持ってくると彼女に渡す。
「お願いね。亜沙子ちゃんもきっと、あの子が試合に出るのを待ってると思うの」
「はい」
原島さんはバッグをかごに入れ、再び走り出す。
秋人のバッグについた、私がプレゼントしたお守りが風に揺れる。
彼女は今日、どれだけ走っているのだろう。
疲れも見せず、彼女は墓地にたどり着いた。
軽く息を切らせたままバッグを肩にかけ、墓地の中に入っていく。
辺りを見回しながら進む原島さん。しばらく進み、彼女の足が止まる。
視線の先に、お墓をじっと見つめ立っている秋人の姿があった。