第8章-5
「きっとアコなら自分よりも人の幸せを願う」
苦しそうで、でも優しさのこもった声で秋人は呟いた。
原島さんは真剣な表情で彼を見つめている。
「それは、わかる。でも、じゃあ、アコの悲しみは…?」
悲しみに満ちた瞳が、原島さんを見つめる。
秋人の言葉に少し戸惑うように、原島さんの瞳がわずかに揺れた。
「誰だって生きていたいはずなんだ。突然亡くなった人も、生きるのが辛くて自ら命を絶った人も、本当は生きて幸せになりたかったはずたろ。それが閉ざされて、辛くないわけがない。でも、アコはその辛さを心の隅に隠して、人の幸せをきっと願ってる。じゃあ、アコの悲しみは誰が聞いてやるんだ?一人で抱えていたら、その傷は癒えない。だから、俺がアコの苦しみも悲しみも全て受け止めてやりたい。でも、もう声を聞くことも、抱きしめることもできない…」
秋人は切ない表情で天を仰いだ。
「俺の事はいいんだ。俺は、大丈夫だから。アコは人のことばかり考えて、自分の事を後回しにするから心配なんだ。今も、一人で悲しみを隠して人の為に頑張っているかもしれない。でも、もう頑張らなくていい。辛い気持ちを隠さなくていい。俺が全て聞いてやるから」
私の頬を暖かいものが伝った。あとからあとから涙が溢れてきていた。
「アコはもうどこにも居ない。でも、もしかしたらまだアコの心と触れ合えるかもしれない。だから、アコの居そうなところで待ってた。俺が普通の生活をして、笑う姿を見ればアコは安心するかもしれない。でも、そうしたら遠慮して、自分の悲しみなんて吐き出さない。それを天国まで持っていく。嫌なんだ。一番辛いのはアコなのに、たった一人でその気持ちを抱えたままでいるのは」
秋人の気持ちが嬉しくて、そして辛かった。
「秋人。私は一人じゃないよ」
隣に佇む、シリルの小さな暖かい手を私はきゅっと握る。
「支えてくれる人がここにいる。それにね、話せなくても触れ合えなくても、秋人は私の中にちゃんといるよ。充分過ぎるほど、秋人は私を支えてくれてるよ。だから、心配しないで」
お互いに相手のことが一番大切だからこそ、すれ違う想い。
話せれば、触れ合えれば、すぐに分かり合えるはずなのに…。
胸が痛かった…。
「井沢くん…」
原島さんが悲しげな表情で秋人の名を呼ぶ。
秋人はゆっくりと彼女を見る。
賑やかなバスケットコートの隣で、とても静かな時が流れていた。
「それでも…!?」
原島さんが口を開きかけ、驚いた表情で言葉を止めた。