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天使の条件  作者: 水無月
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第8章-1

 学校での昼休み。

 久しぶりの晴天の今日、原島さんは屋上で一人、昼食をとろうとしていた。

 屋上の隅に座り、フェンスに背をもたれ、膝の上に手づくりのお弁当をひろげる。

 その美味しそうなお弁当に箸をつけようとした時、屋上の扉が開く音がした

「いたいた」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、板垣くんがこちらへ向かってきていた。

「屋上で昼飯なんて粋な事してんなぁ」

 笑顔でそう言うと、彼は原島さんの隣に当たり前の様に座り込んだ。

 原島さんは箸をとめたまま、少し気まずそうな表情を浮かべている。

「くわねーの?」

 板垣くんは学校の購買で買ってきたパンの封を開けながら、原島さんを見た。

「……」

 黙ってうつむく彼女を見て、板垣くんは小さな溜息をつき、パンを置く。

「昨日、弘美とやりあったって?」

 原島さんはびくっと肩を震わす。

「弘美がへこんでてさ」

 板垣くんは原島さんの横顔を見つめる。

「酷い事言ったのと、原島の事を勘違いしてたって反省してたぜ」

 原島さんはさらに下を向き、首をふった。綺麗な黒髪がさらさらと揺れる。

「…違うわ」

 小さな、そして苦しそうな声で原島さんは言った。

 板垣くんは首をかしげる。

「違うって、何が?」

「別に勘違いなんかじゃない。藤崎さんが生きている時だったら、私、あんなふうに思わなかった…」

 原島さんは、少しの間沈黙した。

「…それで?」

 板垣くんの声が、優しく先を促す。

 続きをためらう彼女の横に、私はそっと座った。

 彼女の心に秘めた想いを覗くのではなく、彼女の口から聞きたいと思った。

「話して、原島さん…」

 私の言葉が届いたのか、板垣くんの優しい眼差しのせいかはわからない。

 原島さんはゆっくりと口を開いた。

「いつも、大切な事は失ってから気付くの…。藤崎さんもそう。井沢くんを見つめていたのと同じくらい、私は藤崎さんを見ていた。藤崎さんが亡くなって、井沢くんの笑顔が消えて苦しかった。でも、井沢くんだけじゃない。藤崎さんの笑顔が見れなくなって、時間がたつにつれ、辛さが込み上げてきた…」

 原島さんは苦しそうに、瞳を閉じる。

「私はうまく笑えない。そんな私に、彼女の笑顔は眩しかった…。素直に憧れを認められるほど、私の心は綺麗じゃない。だから、藤崎さんが生きていた時は自分自身に嘘をついていた。認めたら自分が惨めな気がして、本当の気持ちを無視してた。そして失ってから、気付いたの。彼女の存在の大きさに。彼女の優しさに憧れてたことに。でも、今頃気付いても遅いのよね。最低ね、私。もうどうする事も出来ないのに…」

「そんな事ないだろ?」

 沈んだ原島さんの声とは対照的に、板垣くんが明るい声で答える。

「えっ…?」

「失ってから気付くことなんて山ほどあるさ」

 不安げに見上げる原島さんを、板垣くんは笑顔で受け止める。

「いつも自分の心に素直な奴なんて、なかなかいないぜ。自分を守るために、自分や人に無意識に嘘ついたり、本当の心を隠してしまったり、それで相手を傷つけてしまったり、みんなやってる事さ。誰しもが自分の心や相手の心に悩みながら生きてる。俺だって、後になって後悔することなんて数え切れないぜ?だから別に、原島が最低だとか、心が綺麗じゃないとか、そんな事は絶対にない」

 原島さんの瞳に光が差し込む。

「悩んだり、間違ったりすることが悪いことなら、人はみんな悪人だぜ?そうじゃない。そこから成長できるのが人のすごい所だろ。原島は、今気付いた。だったら、大切なのはこれからさ」

 板垣くんは大空を見上げる。

「俺たちは藤崎の命っていうかけがえのない大切なものを失ってしまったけど、そこから悲しみだけじゃなく、もっと大切な何かを得るべきだと俺は思うんだ。そうじゃなきゃ、人の死は悲しすぎるだろ。藤崎だって、それじゃ浮かばれない」

 再び原島さんを見つめると、彼は穏やかに言葉を続ける。

「藤崎はたくさんのものを俺達に残してくれた。原島の心にも、藤崎が残してくれたものがあるだろ。それはきっと原島を良い方に成長させてくれる大切なものだと思う。それから逃げないのが、藤崎への償いと恩返しじゃないか?強い想いは亡くなった人にも絶対に届く。だから、藤崎のためにできることは絶対にある。原島は、その答えをちゃんと見つけてるだろ?弘美に宣言したはずだぜ?」

 原島さんは、自信なさ気に頷く。

 そんな彼女を見て、板垣くんは軽く原島さんの頭を小突いた。

「そんな弱気じゃ、藤崎に届かねーぞ!平手打ち返すぐらいの勢いでいっとけ!」

 少し恥じた表情を浮かべ、しかし彼女は、今度は力強く頷いた。

「よし!その意気だ!んじゃ、まずは腹ごしらえからな。腹が減っては戦はできぬ…って、その卵焼きうまそうだな。味見してもいい?」

 板垣くんの明るい空気が、原島さんも私も癒してくれているような気がした。

 暖かい日の光を浴びながら、私達の心も温かさを取り戻していった。








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