第1章-3
放課後、雨はさらに勢いを増していた。激しい雨で、数メートル先も見づらい感じだ。
大勢が部活へ急ぐ中、私は一人昇降口へ向かう。
「亜沙子!」
振り返ると弘美が立っていた。ジャージに着替え、彼女も部活へ行く途中のようだ。
「頭打ってるんだから、ちょっとでも様子がおかしかったら病院行くんだよ。気をつけて帰ってね」
「うん。大丈夫!ありがとね」
「じゃ!」
元気に走り去っていく弘美の後ろ姿を見送ってから、私は靴を履き替える。
秋人も部活へ向かったことだし、さっさと帰ろうと思い、昇降口を出て傘を開こうとした時だった。前にいた女生徒がゆっくりと振り返る。
「あっ…」
原島さんだった。
「悪かったわね」
そう一言告げると、私が何も言う間もなく彼女は立ち去っていった。
心がこもっているのか分からない、平坦な口調。
でも、謝れるのだから本当は悪い人じゃないはずだ。
今回は、ちょっとやりすぎたと思っているのだろう。
本当に嫌な人間だったら、それでも謝罪の言葉なんて出ない。
彼女にこんな事をさせるのは、きっと秋人への叶わぬ愛情がねじまがった想い…。
「はぁ…」
ため息をついて雨の中を歩き出す。
秋人と一緒に過ごして幸せいっぱいだった心も、この雨に流されたかのように暗く沈んだ気分になっていく。
彼女と同じ立場だったら、私も同じ様なことをするのだろうか?
大好きな人が、他の人を見つめて微笑んでいるのを見たら、その人を恨むのかな…。
「秋人…」
つぶやく声が、しぶきを上げながら走り去っていく車の音にかき消される。
信号が赤に変わり、私は足を止めた。そっと瞳を閉じ、彼を思い浮かべる。
心に灯火がともる様に、明るく温かい気持ちになる。
大丈夫。秋人は私だけを見つめてくれている。彼を信じていればいい。
ゆっくりと、瞳を開く。心が落ち着いていく。
秋人はまるで、私の精神安定剤みたいだ。
部活が終わる頃に電話しよう。きっと心配して秋人からかけてくれると思うけど、今日は私からかけたい。
そんな事を考えながら、信号を変わるのを待っていた。
その時だった。
悲鳴のような甲高い音があたりに響く。
何事かと目を向けると、大きな物が私の目の前に迫っていた。
本当は物凄いスピードっだったに違いなかった。
でも、私にはまるでコマ送りのように見えた。
スピンをしながら近づいてくる赤い車。
私はピクリとも動けなかった。
衝撃を感じることもなく、私の目の前は真っ暗になった。