第7章-5
「はぁ…」
シリルと二人きりの空間に戻ると、私はため息をつき、ぱたっと倒れこんだ。
いろんな人々の感情がぐるぐると頭中を回っている。
死んでもいいと言った秋人。
原島さんを叩いた弘美。
そして、原島さんの想い。
悲しみや、怒りや、優しさが心の中に渦巻く。
私の死がみんなに与えた感情。
みんな戸惑いながら、手探りで暗闇の中を彷徨っている。
私は…?
本当はどうしたいの…?
「シリル君」
「はい?」
横でひざを抱えて座っていたシリルが、ひょいっと私の顔を覗き込んだ。
澄んだ瞳が、私を見つめる。
「前に、大切な人に最後に何を贈りたいかって言ったよね?」
「はい」
原島さんの言葉が頭をよぎる。
『井沢くんに幸せでいてほしいの…』
私は目を閉じて言葉を続けた。
「幸せでいてほしい…」
秋人の、弘美の、多くの大切な人の笑顔が脳裏に浮かぶ。
悲しみで覆い隠されていた、大切な想いが姿を現す。
「みんなの笑顔が大好きなの」
沢山の喜びや、勇気や励ましや、安らぎをくれた笑顔たち。
それを奪いたくなんかなかった。
「傍にいるなら悲しみも分かち合える。でも、それすら出来ないのなら、ただただ幸せを願うわ。どんなに離れていても、二度と会えなくても…たとえ私が消えていなくなったとしても、大切な人の笑顔が私の幸せなの」
再び目を開くと、シリルの温かい眼差しと出会う。
優しさが、私の心にも注ぎ込まれた気がした。
「私のことを思い出して悲しまないでほしい。思い出してくれるなら、その思い出で微笑んでほしい。みんなに、笑顔を贈りたいの」
「ステキな答えです」
嬉しそうに微笑むシリル。
温かさと切なさが入り混じった複雑な思いが私の胸を占める。
私にはもう来ない未来。
それは、とても悲しくて苦しいものだ。
でも、大切な人々の幸せは、私の未来でもある。
私との思い出で微笑んでくれるのなら、私はずっと生きている。
愛しい人の中で、永遠に…。
生きている時との幸せとは違う。
でも、今の私にとって最高に幸せな未来。
「亜沙子さんのその想いは、きっと皆さんに届きますよ」
穏やかなシリルの声。
その言葉が真実となるよう、私は心から祈っていた…。