第7章-3
「座ったら」
沈黙を破ったのは秋人だった。
原島さんは少しためらい、そしてベンチの端のほうに遠慮がちに腰掛ける。
また少し間があり、再び秋人が静かに口を開いた。
「アコを失って…アコの命を奪った全てのものに対して、怨んでないと言えば嘘になる。事故をおこした運転手も、命を救えなかった医者も、あの日雨を降らせた神様も、一生守ると誓ったのに何もできなかった俺も…、あの時間に帰る原因を作った原島も……」
原島さんの肩がびくっと震えた。
秋人は独り言の様に言葉を続ける。
「アコが帰ってくるなら、世界中を犠牲にしてもかまわない。どんな罪でも、俺は犯すよ。神に背いても、悪魔に魂を売ってもいい。アコの傍にいられるなら」
原島さんはうつむいて、動かない。
「俺が死んで、それでアコに会えるならそれでもいいとも思った」
「……っ!?」
胸がきゅっと痛む。
秋人は深く長くため息をついた。
「でも、そんな事をしたら、きっとアコは自分を責めるからな…」
再び重い沈黙が流れる。
風に揺れた木々のざわめきがうるさく感じるほど、静かに時が流れていく。
うつむいた原島さんの頬には、一筋の涙が流れ落ちていた。
「原島」
静かな声で、秋人は彼女を呼んだ。
「誰を怨んでも、憎んでも、責めても、過去は変わらない。失った命は戻らない」
秋人はゆっくりと顔を上げ、うつむいた原島さんの横顔を見つめた。
「でも、俺達は生きてて今がある。未来がある。怨む事は苦しみしかうまないけど、悔やむ事は、これからにつながる事だと思う」
声に、秋人らしい優しさが戻った気がした。
「悔やんでいるなら、これから先、決して同じ過ちを繰り返さないこと。傷つけた人を、その苦しみを忘れないこと。それが、相手に対する謝罪にきっとなる」
原島さんは、うつむいたまま両手で顔を覆った。
「原島がアコにした事を、簡単に許せるとは言えない。でも、謝罪した人をこれ以上責める気もない。アコが事故にあってから、ずっと苦しんでたんだろ。きっと、俺に言いに来る前にアコにも謝ったんだよな?自分の過ちを認めるのは、勇気がいる。謝れる原島は、すごいよ」
原島さんは肩を震わせ、声を押し殺して泣いているようだった。
私の目からも、涙が零れ落ちていた。
どんなに苦しんでいても、やっぱり大好きな秋人に変わりはなかった。
相手の事を、きちんと認められる優しい心…。
「…悪い。もう、行くな」
少しして、秋人は再び静かな声で言った。
顔を覆ったままの原島さんは、秋人の言葉に小さく頷く。
秋人はそれを見ると立ち上がり、ゆっくりとした足取りで公園を去っていった。
「秋人さん、素敵な方ですね」
いつの間にかすぐそばに立っていたシリルが呟く。
「当然でしょ。私の好きになった人だもん」
涙声で言い返した私を、シリルは優しく見つめた。
秋人は、きっともとの秋人に戻れる…。
悲しみの中に、ほんの少し希望のかけらが舞い降りた気がした。