表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使の条件  作者: 水無月
27/43

第7章-3

「座ったら」

 沈黙を破ったのは秋人だった。

 原島さんは少しためらい、そしてベンチの端のほうに遠慮がちに腰掛ける。

 また少し間があり、再び秋人が静かに口を開いた。

「アコを失って…アコの命を奪った全てのものに対して、怨んでないと言えば嘘になる。事故をおこした運転手も、命を救えなかった医者も、あの日雨を降らせた神様も、一生守ると誓ったのに何もできなかった俺も…、あの時間に帰る原因を作った原島も……」

 原島さんの肩がびくっと震えた。

 秋人は独り言の様に言葉を続ける。

「アコが帰ってくるなら、世界中を犠牲にしてもかまわない。どんな罪でも、俺は犯すよ。神に背いても、悪魔に魂を売ってもいい。アコの傍にいられるなら」

 原島さんはうつむいて、動かない。

「俺が死んで、それでアコに会えるならそれでもいいとも思った」

「……っ!?」

 胸がきゅっと痛む。

 秋人は深く長くため息をついた。

「でも、そんな事をしたら、きっとアコは自分を責めるからな…」

 再び重い沈黙が流れる。

 風に揺れた木々のざわめきがうるさく感じるほど、静かに時が流れていく。

 うつむいた原島さんの頬には、一筋の涙が流れ落ちていた。

「原島」

 静かな声で、秋人は彼女を呼んだ。

「誰を怨んでも、憎んでも、責めても、過去は変わらない。失った命は戻らない」

 秋人はゆっくりと顔を上げ、うつむいた原島さんの横顔を見つめた。

「でも、俺達は生きてて今がある。未来がある。怨む事は苦しみしかうまないけど、悔やむ事は、これからにつながる事だと思う」

 声に、秋人らしい優しさが戻った気がした。

「悔やんでいるなら、これから先、決して同じ過ちを繰り返さないこと。傷つけた人を、その苦しみを忘れないこと。それが、相手に対する謝罪にきっとなる」

 原島さんは、うつむいたまま両手で顔を覆った。

「原島がアコにした事を、簡単に許せるとは言えない。でも、謝罪した人をこれ以上責める気もない。アコが事故にあってから、ずっと苦しんでたんだろ。きっと、俺に言いに来る前にアコにも謝ったんだよな?自分の過ちを認めるのは、勇気がいる。謝れる原島は、すごいよ」

 原島さんは肩を震わせ、声を押し殺して泣いているようだった。

 私の目からも、涙が零れ落ちていた。

 どんなに苦しんでいても、やっぱり大好きな秋人に変わりはなかった。

 相手の事を、きちんと認められる優しい心…。

「…悪い。もう、行くな」

 少しして、秋人は再び静かな声で言った。

 顔を覆ったままの原島さんは、秋人の言葉に小さく頷く。

 秋人はそれを見ると立ち上がり、ゆっくりとした足取りで公園を去っていった。

「秋人さん、素敵な方ですね」

 いつの間にかすぐそばに立っていたシリルが呟く。

「当然でしょ。私の好きになった人だもん」

 涙声で言い返した私を、シリルは優しく見つめた。

 秋人は、きっともとの秋人に戻れる…。

 悲しみの中に、ほんの少し希望のかけらが舞い降りた気がした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ