第6章-5
原島さんが眠りにつくと、私とシリルは白い空間へと戻っていった。
広い空間の中で、私は小さく体を丸めて座っていた。
そっと瞳を閉じて、秋人を想う。
今まではいつだって優しくて暖かい秋人の笑顔が浮かんだ。
でも今は、虚ろな秋人の顔しか浮かばない。
切ない声が耳から離れない。
「亜沙子さん?」
シリルが私の顔を覗き込むように目の前に座り込んでいた。
「泣いておられるのですか…?」
言われて気付く。私の頬を幾筋もの涙が伝っていた。
シリルが涙をそっと拭ってくれる。
「秋人さんを想っておられたのですか?」
「…うん」
原島さんから離れ、緊張の糸が切れたかのように私の涙はとめどなく流れていた。
悲しみに満ちた秋人。私の知らない、空虚な秋人…。
「私は悲しみしか残せなかったのかな…」
秋人を想うと苦しかった。
彼の笑顔を奪ったのは私だから……。
「愛してくれた分だけ苦しんでいるのなら、出会わない方がよかったのかな…」
そうしたら、秋人があんなに傷つくこともなかったに違いない。
シリルが悲しげな表情で私を見つめる。
「決してそんな事はありません」
力強く否定する。
「たとえどんな結果が待っていたとしても、存在しなくていいものなんて一つもありません。出会いも、生命も…」
私は涙でぼやけた目でシリルを見つめる。
「誰でも大切な人との別れはいつかやってきます。それは、様々な形で。しばしの別れも、永遠の別れもあるでしょう。その多くが、悲しみや、切なさや苦しさを伴います。でも、大切な人への想いが悲しみのベールに包まれて、全ての思い出が悲しみに満ちていたとしても、その本来の輝きは決して失われることはありません。いつの日かそのベールが取れたとき、その輝きはさらに美しさを増し、心の中で輝き続けるでしょう。永遠に…」
そう言って、シリルは照れたように笑う。
「ちょっとかっこつけつけすぎですかね?」
ふるふると首をふる私を優しく見つめ、シリルは言葉を続けた。
「人はたとえ自分で気付いていなくても、悲しみも苦しみも乗り越えるだけの力を持っています。秋人さんを信じましょう」
「……信じる?」
「えぇ。秋人さんの強さを。優しさを」
私は再び瞳を閉じる。
悩んだ時、困った時、決して逃げることなくまっすぐな眼差しで向かっていた秋人を思い出す。弱音を吐いても、時には甘えても、最後には自分の力で立ち上がることのできる強さを、秋人は持っていた。
「愛する亜沙子さんを、いつまでも悲しませておく人ではないでしょう?」
私は再びシリルを見つめる。涙は止まっていた。
「亜沙子さんの信じる力が、きっと秋人さんにも伝わりますよ」
シリルの笑顔は私にいつも力を与えてくれた。
秋人を悲しみの淵から救い出せるのは、一緒に悲しむことじゃない。
シリルのように、優しくて強い想い。
「ありがとう」
いつも忘れていた大切な想いを思い出させてくれるシリル。
言葉だけでは足りないくらい感謝していた。
「いえいえ。ご自分の苦しみも、秋人さんの悲しみも、原島さんの苦悩も背負われてしまい、亜沙子さんの心も疲れてらっしゃるのですよ。少し休みましょう」
そう言って、シリルは私の隣にちょこんと座る。
果てしなく広がる空間の中で二人で身を寄せ合い、小さな、でも優しい温もりを感じながら私はひと時の休息を得たのだった。