第6章-2
立ち止まった彼女を見て、私は夢中で叫んでいた。
「あなたの為を思ってかけてくれる言葉から、逃げちゃダメだよ!たとえそれが、あなたが今望む言葉じゃなかったとしても」
ただ気付いてほしかった。
人は一人では生きられない。
一人悩み、自分自身だけで解決しようとする事もあるだろう。
でも、それは決して一人の力だけじゃないはず。
それまでの間に人から、時には活字や映像など様々な形で得てきた他の誰かの想いが在ってこそ、自分の中の何かが変わるきっかけとなるはずだから。
特に自分にむけられた言葉は貴重だと思う。
想いの大きさが違う。
それにより、傷つく事もある。癒されることもある。
その一つ一つが心を成長させていくのだと私は思う。
そして、それぞれが鍵となり閉ざされた心の扉を開き、闇から開放してくれるはずだ。
シリルが、私にくれた言葉のように…。
一番恐いのは何も無いこと。何も見ず、何も聞こうとしない事。
自分の中で想いが堂々巡りして、先に進むことができなくなる事…。
私は想いをのせて、言葉を続ける。
「勇気を出して。傷つく事を怖がらないで。あなたが思っているより、きっと人は優しいよ」
まるで私の声が聞こえたかのようなタイミングで彼女は振り返り、板垣くんをまっすぐ見つめた。
「…何?」
無言の彼女に、板垣くんは問いかける。
原島さんにはまだ躊躇いがあるようだった。言葉がでてこない。
「ひとこと言っていいって事?」
うなずく彼女を見て、板垣くんはすたすたと彼女に歩み寄る。
そして、拳を固めると彼女の頭をコツンと軽くたたいた。
予想外の行動だったのだろう。彼女は驚いた表情のまま、彼を見つめている。
「原島、人付き合い悪い以外に素行に問題ないから誰にも怒られないだろ。秋人も優しいからきつい事言わないしな。一応長い付き合いだし、俺が怒っといてやる」
原島さんは板垣くんを見上げたままだ。
「昔っから思ってたけど、お前って勉強以外はほんとバカ」
言葉とは裏腹に、板垣くんの声は優しい。
「周りがなんと言おうと関係ないだろ。原島には優しい親父さんだった。それでいい。口だけだとしても、お前にまで犯罪者呼ばわりされたら親父さんがかわいそうだろうが」
原島さんの瞳が揺れる。
「ガキの頃は周りに流されてもしょうがないけど、そろそろ気付け。犯罪は許されることじゃない。でも誰にだって、魔がさす時はある。だからきれいな思い出まで否定するな。お前が知ってた親父さんの優しさも愛情も真実だろ。他の誰にわかってもらわなくたっていい。お前だけはそれを信じていればいい。違うか?」
「……」
「原島が罪を犯したわけじゃない。おまえ自身が恥じることは何もない。バイトしながら兄弟の面倒見て、特待生でいる為の学力維持して、家計まできっちり管理して、それだけの事やれる根性あるんだ。もっと違う所にも根性みせろよ。多くの人と関わるのは大変なことも多いけど、得るものはもっとはるかに大きいぜ。家族のためだけじゃない。自分の為に生きてみろよ」
板垣くんのまっすぐな眼差しを、原島さんは逃げずに受け止めていた。
それを見て、板垣くんは少し嬉しそうに笑う。
「って言ってもあくまでこれは俺の意見だ。幸せってのは主観の問題だから、人それぞれ違うしな。原島が自分自身の幸福をちゃんと見つければそれでいい。ま、頑張れ」
そう言って板垣くんは原島さんの肩をポンと叩いた。
そして、ふと何か思い付いたように悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「秋人復活もお前の幸せの一つだよな。最初に言ったこと、よろしく!」
かぁっと赤くなる原島さんを楽しそうに見つめ、板垣くんは踵を返す。
「じゃあな!部活戻るわ!」
「あ…」
駆け出した板垣くんに何か言おうとし、あっという間に角の向こうに消えていった彼を見て、彼女は言葉を飲み込んだ。
彼女は深く息をつき、それから秋人の部屋を見上げた。夕暮れ時にも関わらず、明かりの灯らない部屋を…。
「亜沙子さん!」
部屋を見つめてた私の背後から、シリルがふわっと抱きついてきた。
「想いが通じてよかったですね!」
「えっ…」
「原島さんを立ち止まらせたのは、亜沙子さんの気持ちが伝わったからですよ。亜沙子さんの、強い想いが」
振り返ると、シリルは優しい笑顔を浮かべていた。
「目の前で困っている人がいたら、それがどんな人であれ手助けをしたいと思う。頭で考えるより先に、心でそう感じることができる。亜沙子さんは素敵な方です」
なんだか素晴らしい人のように言われ、私はすこし戸惑う。
「そこまでいい人間じゃないよ…」
「そういうところも亜沙子さんらしいです」
無邪気なシリルの笑顔に戸惑いも消え、温かい気持ちだけが残る。
「想いは本当に伝わるんだね」
「はいっ!」
私は、まだ秋人の部屋を見つめている原島さんのそばで、同じように彼のいる場所を見上げた。家に閉じこもったままの秋人…。
「元気な顔が見たいよ!秋人!!」
大きな声で叫ぶ。
どうか秋人に伝わってほしいと強く願って…。




