第5章-4
「シリル君、一つ確認してもいいかな?」
不安なことが一つあった。
「はい!一つと言わず、何個でも!」
笑顔のシリルに、私は静かに問いかける。
「想いは伝わるって言ったよね?でも、それは良い気持ちだけじゃないんでしょう?私が原島さんのそばで、悪い感情をまたさらけ出してしまったら、それは彼女や周りの人に悪影響を与えてしまうんじゃないの?」
今は落ち着いたものの、また彼女のそばに行ったら同じ感情が吹き出るかもしれない。
それが怖かった。
私を見つめるシリルの瞳が、一瞬不安げに揺れる。
「確かに、そうなる可能性はあります。でも…」
シリルは一度目を閉じる。そして再び私を見つめた時、その瞳に迷いはなかった。
「亜沙子さんなら大丈夫です。だって、そう思うのは彼女を気遣っている証拠でしょう?」
「そんな事ないよ…。ただ、そう思っただけ」
「自然に思えるのなら、なおさら良いではないですか」
微笑むシリルにつられて、私も小さく微笑む。
「シリル君はなんでも良い方にとるんだね。なんか力抜けちゃうよ」
「どんどん力抜いてください!」
最初は頼りない天使だと思っていたけど、この広く温かい心は間違いなく私を守ってくれる存在違いなかった。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
優しく微笑むシリル。
そして、ふと真剣な瞳になる。
「亜沙子さん、僕からも一つ、よろしいですか?」
「何?」
「亜沙子さん。亜沙子さんは、まだ亜沙子さんなんです」
「……?」
シリルの突然の発言に私は首をかしげる。
「あぁっ、えぇと、何を言いたいのかと申しますと…」
シリルは困った表情になり、一生懸命に言葉を捜す。
「先程、藤崎亜沙子としての人生はもう二度とおくることが出来ないとおっしゃっておりましたが、亜沙子さんはまだ、どんな形にせよ現世に干渉することができます。それは、まだ人生の続きだと思ってもよろしいのではないでしょうか?」
「………」
シリルの言葉に、私の心の中の何かが動く音がした。
「確かに、触れ合うことできませんし、皆様は亜沙子さんを見ることができません。想いが伝わっても、それが亜沙子さんからの贈り物だと気付かないかもしれません。でもまだ、亜沙子さんは、亜沙子さんの大切な人たちに何か残せると思うんです」
一生懸命言葉を選びながら、想いを伝えようとするシリル。
ゆっくりと瞳を閉じ、想いを言葉に乗せる。
「誰でもいつかは大切な人を残し、新たな世界へ旅立ちます。皆、最期に何を想うのでしょう。大切な人達に、何を望むのでしょう。最後に、その人達に何を贈りたいのでしょう…」
そして、シリルは再び私をまっすぐに見つめた。
「亜沙子さんは、どうですか…?」
「……」
すぐには答えられなかった。
ただ、シリルの澄んだ瞳を見つめることしかできなかった。
「まだは答えられませんよね」
私はこくりと頷く。
「条件とは別に、僕からの宿題にしておきますね」
「…うん。わかった」
シリルの言葉が、私の心を占める。
突然すぎて、大切な人に悲しみしか残せなかった私。
今、残されたこの時間でその人たちに何をしてあげたいのか…。
「……あっ」
「はい?」
突然声を上げた私に、シリルが首をかしげる。
「うぅん。なんでもない」
ただ、ふと気がついただけだった。
シリルがさりげなく、原島さんへのやるせない気持ちから、大切な人への想いに目を向けさせてくれたことに。
大切な人を思いやる、その気持ちを思い出させてくれたことに。
私はきゅっと目を閉じる。
私は私らしく……。
本当に最期の時まで藤崎亜沙子らしく行こう。
悪いことばかり考えない。
じっと立ち止まってばかりじゃいない。
大丈夫。一人じゃないから。
目を開くと、シリルの優しい眼差しと出会う。
「さ、行こう。シリル君!」
シリルは頷くと、光の中から再び杖を取り出した。