第5章-3
「シリル君…ありがと」
私は小さくつぶやく。
今、一人じゃなくて本当によかったと思う。
誰かがそばにいてくれる事。
それが、こんなにも心強く、暖かいものだと改めて気付かされた。
「亜沙子さんはやっぱり素敵な方ですね」
微笑みながらシリルが言う。
「どんなに辛い心境でも、ちゃんと感謝の気持ちを持てる。それは素晴らしい事です」
「そんなこと、ないよ」
何一つ私を否定せず、全てを受け止めてくれたシリル。
それが、私の真っ暗だった心に明かりを灯してくれた。
だから、感謝できるだけの心の余裕を持てたのだ。
「一人だったらもっと酷い事ばかり思ってたよ、きっと。シリル君がいてくれたから…」
「僕が少しでも亜沙子さんのお役にたてたのなら、よかったです」
嬉しそうなシリル。
私もそれを見て、思わず微笑む。
そんな自分に、少し驚く。
優しさや笑顔はそばにいる人に伝染するものなのかもしれない。
だとしたら、とても素敵なことだ。
「この気持ちを乗り越えたら、私も優しくなれるのかな?」
「えぇ。もちろんです」
簡単な事ではないのは自分でもよくわかっている。
建前だけなら何とでも出来る。
でも、本心を変えることは努力だけでどうにかなる問題ではない…。
乗り越えるのには、何が必要なんだろう…。
「亜沙子さん。僕が条件を告げておいて言うのもなんですが、とりあえず一度、原島さんを幸せにするという概念は忘れましょう」
シリルが、私の意を察したかのように言った。
「誰かを幸せにするって難しいですよね。答えが決まっているわけじゃない。自分は相手のためを思ってやった事が、相手にとっては迷惑だったり、またその逆もあったり…」
穏やかにシリルは語る。
「だから、原島さんを幸せにしたいと思う事と、彼女を幸せにする事は必ずしも同じではないのかもしれません。亜沙子さんは、亜沙子さんらしくいてくだされば、おのずと答えは見つかるのかもしれませんよ?」
「私らしく…?」
「はい!」
まるで謎かけのようなシリルの言葉。
でも、少し気持ちが軽くなる。
「彼女を許せない気持ちを持っている私でも、いいのかな…?」
「ご自分が命を失われて、なんの負の感情も持たずにいられる方はごく稀です。そんな方ばかりだったら、僕達天使は用なしです」
いたずらっぽくシリルは笑う。
「負の感情をまったく持っていなかったら、人じゃなくて神ですよ!いい感情も、悪い感情も持っている。非情であり、優しくもある。強くもあり、弱くもある。それが人です。どちらも持っているからこそ、人は互いに支えあい、成長してゆくのですよ。だから、人は儚くも美しいんです」
暖かい言葉…。
私の心がだんだんと癒されていった。