第4章-5
原島さんの姿が徐々に暗闇に消えていく。気がつくと、最初に彼女の記憶に引き込まれた時の様に、上映が始まる前の映画館のような空間に私はいた。
ぱっとスクリーンに映し出されたかのように、笑顔の秋人が現れる。
バスケをしている時、休み時間、そして私と一緒にいる秋人。スライドのように次々といろんな秋人が映し出されていく。
見ているだけで、心の中が暖かくなっていった。
「……!」
次にスクリーンに現れたのは私だった。
秋人や友達といる時の笑顔の私。原島さんに意地悪されて困った顔をしている私。
色んな表情の私が現れては消えていく。
原島さんは今、どんな想いで私を思い出しているのだろう?
私の事を、本当はどんな風に思っていたのだろう。
複雑な想いで、彼女の記憶のスライド上映をながめていた。
そして、原島さんが私を見た最後の映像が映し出された。
ボールをぶつけられた事を謝られ、傘を持ったままきょとんとしている私。
まさか、これが最後だとは彼女も思わなかったに違いない。
一瞬、映像が消え真っ暗になる。
ややして映し出されたのは、虚ろな秋人だった。
おそらく、私の死を告げられた後の彼……。
優しくて笑顔の秋人の思い出ばかりを見てきて、現実を忘れかけていた私の胸は引き裂かれそうになる。
秋人は、今どうしているのだろう?
葬儀での虚無を纏ったような秋人は、もとの彼に戻れたのだろうか?
秋人、秋人、秋人……。
胸の中が彼への想いでいっぱいになる。
そして、ふと気付く。
今、原島さんも同じ想いなのだと。
秋人の笑顔を取り戻したい。
私がいた彼女の記憶は、そんな想いから成り立っていたのだと…。
「きゃっ!」
突然、周りの景色がわからなくなり、平衡感覚がなくなる。最初に記憶の中に引き込まれた時のようだった。やがて、だんだんと周りが明るくなる。
「亜沙子さん?」
呼びかけたシリルの声が、なんだかなつかしく感じた。
どうやら、彼女の記憶から抜け出したらしい。
彼女は見つめていた写真たてを伏せたところだった。
私は彼女に触れていた手をそっと放す。
「原島さんの記憶が見えたよ」
ほぅっと息を吐きながら私は告げる。
「記憶、ですか?」
シリルが怪訝そうに聞き返す。
私は、シリルに向き直った。
「うん。映画みたいだったり、まるでその場にいるようだったりしたよ。心が読めるってもっと単純なものだと思ったからびっくりしちゃった」
「そうですか…」
シリルはぱちぱちと瞬きを数回し、ちょっと考える。
「心の中は複雑ですからね。過去を鮮明に思い出していれば、亜沙子さんの言ったような感じかもしれません。単純に、『お腹すいたー』と思っているだけなら、触れた時にそう言葉で聞こえますよ。って、先に言っとけって感じですか!?」
のり突っ込みのようなシリルの言動に、私は苦笑する。
「大丈夫だよ。でも、次から担当する人には言ってあげたほうがいいかも」
「アドバイス、ありがとうございます」
すぐにお礼を言えるシリルは、やはり素直だ。
私は、どうなんだろう…。
「それで、いかがでしたか?原島さんのこと、少しわかられましたか?」
「ん…?うん……」
元気のない私を、シリルは心配そうに見上げる。
「何か、ありましたか?」
「原島さんを幸せにするって意味が少しわかった気がする」
「それはよかったんじゃありませんか?」
「そう、だよね……」
彼女を幸せにすること。
それはきっと、秋人が笑顔でいること。
私の願いと一緒だ。
だからこそ、彼女を幸せにすることが私に課せられた条件なんだろう。
だけど、私は天使じゃない。
秋人の為だけなら心から幸せを願える自信はある。
しかし、原島さんのために心から願えるだろうか?
彼女の記憶をたどり、今まで印象と違い、彼女は良い人なんだと思えた。秋人に対する想いも、深いものだとわかった。
でも、彼女は生きている。
死んでしまった私が、彼女はこれからも秋人の笑顔を見て生きていけるという事に、嫉妬しないだろうか。
彼女が私に小さな嫌がらせをしてしまったように、私も同じような感情をもつのではないだろうか。
驚きの連続で奥底にしまわれていた醜い想いが、わずかに蠢きだしている。
幸せだったけれどもう未来のない私と、辛い想いを抱えているけれど生きている彼女。
幸せなのは、どっち?
「亜沙子さん!」
シリルの声で我に返る。気がつくと、自分の頬に涙がつたっていた。
「大丈夫ですか?」
泣いている私を見て、シリルのほうが泣きそうな表情になっている。
「うん…」
ぎゅっと握られたシリルの手が暖かい。私の瞳から、さらに涙が零れ落ちる。
「ごめんね」
それしか言えなかった。
自分の死。秋人への想い。原島さんの気持ち。シリルの優しさ。
色んな感情が入り混じり、私の涙は止まらなくなる。
黙って見守ってくれているシリルの前で、私はしばらく静かに泣き続けた。