第4章-4
再び景色が変わる。今度はここがどこかすぐにわかった。
高校の教室。全体の雰囲気からして、入学して間もない頃だろう。
まだ、私が秋人と付き合い始める前だ。
「原島さん!」
おそらく昼休みにはいった所。肩より少し長い髪を揺らしながら近づいてくる小柄な女生徒が視界に入った。一年前の私だ。
「お昼、一緒に食べよう!」
そう、最初の頃は一人で食事をとっている原島さんをよく誘いに行っていた。
でも、いつも断られていたっけ…。
「ごめんなさい。一人がいいの」
「…そっか、また今度一緒に食べようね」
そ う言って私は他の友人のもとへとぼとぼと去っていく。
あの頃、こんな毎日がどれだけ続いたのだろう。
いつか打ち解けてくれると信じ、毎日声をかけていたけれど、彼女の心の扉はびくともしなかった。やがて、自ら一人になろうとしていることに気付き、それが彼女の望むことだと思い、私は声をかけることをやめたのだ。
彼女の頑なな態度はプライドの高さだと、私はいつしかそう思いはじめてしまった。奨学金がもらえる程の頭脳や誰もが羨む美貌に惑わされ、彼女の本当の想いなどかけらも気付いてはいなかったのだ。
そんな物思いにふけりながら、私は原島さんを見つめていた。
一人で食事を始めた原島さんは、時々秋人を目で追っている。その秋人の視線もたまに一人の人を追っていた。
私だった。
まだ付き合う前、私も秋人を意識する前だ。とくんっと胸が熱くなった。
「!?」
再び、突然景色が変わり、辺りが暗くなった。
今度は、原島さんは新聞配達の途中だった。
そして秋人の家の近くにくると歩をゆるめた。
「おはよ」
彼女がポストに新聞を入れようとすると、玄関から秋人が顔を出した。
「おはよう」
「毎日頑張るな。もっと楽なバイトもあるのに」
新聞を受取りながら秋人は笑顔で話し掛ける。
「でも、弟達が寝てる間に出来るバイト他にないし」
「そっか。十六じゃ深夜は無理だしな。家に置いてバイトに行くのは心配か」
「うん」
秋人が原島さんをいい人だと信じている理由がわかった気がする。
表現は下手だけど、優しいんだ、彼女は。
「原島さぁ」
秋人が優しい声を出す。彼女は秋人の目を見た。
「たまには昼休み、誘いにのってみれば?きっと楽しいよ」
「……」
「自分ももっと楽しんでいいんじゃないか?弟くんたちもいつか手がはなれる。その時…」
「藤崎さん、いい人よね」
秋人の言葉を遮るように、彼女は言った。
「えっ、あぁ」
「いつも笑顔で、友達も多くて、私にも飽きずに声かけてくれて」
「うん。だから…」
秋人が言葉を続けようとするが、彼女は再び彼を遮る。
「井沢くんが好きになるのもわかるわ」
「うん。って、えぇ!?」
秋人は耳まで真っ赤になる。
「な、なんで」
「いつも見てるじゃない、彼女の事」
「うっ…」
秋人の反応はわかりやすい。
赤い顔で困った表情。私の事を好きだと言っているようなものだ。
そして、動揺して彼女に話をそらされた事も気付かない。
秋人の視線の先がわかるほど、彼女が秋人を見つめているという事も気付きはしないのだろう。
「こ、このことは内緒に…」
「言う相手がいないわよ。それよりうまくいくといいわね。井沢くんなら大丈夫だと思うけど」
「サンキュ」
秋人は赤い顔のまま呟く。
「じゃあ」
「おぅ。頑張れよ」
「井沢くんも、朝練、頑張って」
走り去る彼女を、秋人はまだ赤い顔のまま見送った。
今までだったら気付かなかったかもしれない。
でも、私には走り去る彼女の背中が泣いているように見えた……。