第3章-3
首を傾げる私に、シリルはやわらかに目を細めて微笑んだ。
「それでは、説明させていただきます」
シリルは改まって、私の前にきちんと座りなおす。
「まず、亜沙子さんは基本的に、物理的に現世に干渉することは出来ません」
「うん。でも基本的って?」
物に触れないのは、お通夜に行ったときに経験済みだ。
「供えられたお茶やお酒などを頂くことは出来ますが、条件を果たすことには関係ないので。あとは、たまーに想いが強すぎて物を動かしちゃう方も…」
「ポルターガイストって事?」
「やらないでくださいね。良くない事ですから…」
苦笑を浮かべたシリルに私がうなずくと、彼は言葉を続ける。
「亜沙子さんが出来るのは、『想う事』だけです」
そう言って、シリルはまっすぐな瞳で私を見つめた。
「想う事?それって…それで何か出来るの?」
想う事ならいつだってしてる。想うだけでは何も変わらないのではないだろうか…。
「虫の知らせとか、第六感とかあるじゃないですか」
「?」
話が突然変わった気がして、私は首をかしげた。
「それは、想いの力なんですよ。見守っている方々の強い気持ちが、現世の方に伝わっているんです」
「そう…なんだ」
なんとなく、納得できる。
自分でははっきりした理由はないのに、どうしてもそうしなきゃいけない気がする時はあった。そして、結果的にそうする事が最良だったりする。
「亜沙子さんの強い想いは現世の方に伝わります。誰かに背を押してもらわなきゃ、出来ない事もあるでしょう?幸せをつかむのは、最終的に本人の行動にかかっていますけど、それを手助けしてあげてほしいんです」
慈愛に満ちた笑顔。たまに見せるそんな表情が、シリルを天使だと実感させる。
「本気で幸せにしたいと願わなければ、出来ないってことね?」
でも、私は天使じゃない。心から、彼女に対してそんな想いになれるのだろうか…?
「そうですね。だからさっきも言いましたが、彼女を知ることからはじめましょう」
そういうと、シリルは突然身を乗り出し私の額にキスをした。
「えぇ?し、シリル君??」
動揺して後ずさりすると、シリルは何事もなかったようにキョトンとしている。
「祝福のキスですよ?力を分け与える」
「は…?」
「原島さんの心だけよめるように、力を注ぎました」
どくん、と心臓が跳ねる。
「人の本当の気持ちを知るのは、精神的に大変なことです。いい事も悪い事も、色んな想いが渦巻いています」
私は黙ってうなずく。
「だから、彼女の気持ちが知りたいと思った時だけ、彼女に触れてください。あんまりこの力を使うと、亜沙子さんがまいっちゃいますからね」
「うん」
冷たい感じのする彼女が心の中に何を秘めているのか、知りたいのか、知りたくないのかよくわからなかった。
怖かった。彼女の心を覗く事が。秋人への想いを知る事が。
うつむいていると、暖かいものが手に触れる。
シリルが私の手を握っていた。
「大丈夫です。亜沙子さんなら」
何か根拠でもあるのかと思いつつ、無垢な笑顔に怯えが消え去る。
「一緒に頑張りましょう」
そう、やってみるしかないんだ。
きっと、何か大切なことが見つけられるはず。
「うん」
私は頭の中を少し整理する。
「じゃぁ、私は彼女を知って彼女を幸せにするように強い想いで彼女を導けばいいのね?」
「そうです」
「…すっごい抽象的」
シリルの笑顔が苦笑いに変わる。
「そうですけど…頑張りましょう。あと、もう一つ」
「何?」
「現世にいる間は、原島さんから離れられません」
「…他の人の様子を見に行けないのね?」
「はい」
悲しいけど、しょうがない。
今となっては、私が安らかに天に召されることが私を大切にしてくれた人たちの最後の願いだろうし、それを叶えるのが私の最後の恩返しだ。
「了解」
シリルはにっこり笑うと、再び光とともに杖を手にする。
「それでは参りましょう」
とん、と杖を突くと周りの風景が一変した。