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5、重大発表

 夢から覚めた綾菜は、静かに目を開けた。

 同じベッドで、千春がすうすうと寝息を立てている。

 千春から初めて告白された時の夢を見ていた。

 現実に起きたこととまったく同じ展開だった。


「好き」


 綾菜は試しに、こちらに顔を向けて寝ている千春に言ってみた。

 あっという間に体温が上がり、脇や胸から汗がふきだしてくる。

 人に、好きと言うのは、こんなにも恥ずかしいものなのか。

 千春にそう伝えられてから、綾菜は返事をしていない。

 あれから三ヶ月以上経ったというのに。

 千春からも、あれ以来「好き」という言葉を聞かなくなった。

 もしかしたら、恋人でいることをこの子はやめたのかもしれない。

 自分が返事を保留し続けていたから、普通の友達になったのかもしれない。


「よいしょっと」


 週に一回は必ず千春は泊まりに来る。

 朝ご飯を作ってあげることが、綾菜のルーティンになっていた。

 起こさないように静かにベッドから這い出て、パジャマのままキッチンに立ち、冷蔵庫から卵とベーコンとレタスとミニトマトを取り出す。

 それほど時間がかからず、ベーコンエッグと、レタス・ミニトマトのサラダが完成した。

 パックのご飯をレンジに入れてスイッチを入れ、ケトルでお湯を沸かしてインスタントの味噌汁を用意する。

 レンジの稼働音とケトルのグツグツという音を聞きながら、綾菜は冷蔵庫から、とある乳酸菌飲料を取り出して、一気に飲んだ。

 腸の調子を整えたり、ストレスを緩和して睡眠の質を上げたりする効果があるらしい。

 別に睡眠薬が入っているわけじゃないから、本当に効いているかは定かではないけれど、わらにもすがる思いで飲んでいる。

 今から飲んでおくと、夜には眠くなってくると、ネットのうわさで見たことがあった。

 何しろ、仕事のことを思い出しただけで、胃がキリキリと痛んで頭の中が悶々として、眠れなくなってしまうのだ。

 睡眠に効きそうな錠剤タイプのサプリも、翌日が仕事の日の就寝前に飲んでいるし、どうしてもという時に備えて、睡眠を促す市販薬も用意している。

 ものすごく喉が渇くのだが、背に腹は代えられない。

 最近は、その「どうしても」の回数が増えてきている気がするが。


「おふぁようごじゃいます……」


 のそのそとベッドから出てきた千春が、漢字の一みたいにほとんど開いていない目をこすりながら、キッチンに向かう綾菜の後ろを通り過ぎた。

 白いブカブカのTシャツに赤いジャージの短パン姿の千春から、わずかに汗のにおいがした。

 洗剤のより汗のにおいの方が強く感じた。

 暑い夏の夜に二人で同じベッドに入っていたら、汗をかいてしまう。

 千春の顔が赤く上気していたのも暑かったせいだろう、と綾菜は思った。

 実際のところ、千春は暑さが半分と、綾菜の匂いとぬくもりを強く感じるベッドで目が覚めたことが半分で、のぼせたようになっていたのだが、それを綾菜が知るよしはない。


「今日は仕事でしょ? 早く食べて」


 顔を洗って戻ってきた千春に、ローテーブルに用意した朝食を示した。


「いただきまーす」


 仕事、というワードで少し冷静さを取り戻した千春は、手を合わせてから箸を取って完熟の黄身を割り、一口取って食べる。

 おいしそうに食べてくれるのを見ていると、とても嬉しくなる。

 一人でご飯を作って食べることでは味わえない。

 自分の分を千春の向かい側に置き、熱い味噌汁を、ズズっと音を立てて一口飲んだ。

 一足先に食べ終わった千春は、食器をキッチンに運び、またリビングに戻ってきた。

 リュックから、アイロンがしっかりかけられた白いブラウスと、灰色の肌着を取り出すと、パジャマ代わりの白Tシャツと短パンを、綾菜の見ているところで脱ぎ、レースのついた水色のブラとパンツを付けた姿をさらした。

 綾菜は、びっくりして手を止めた。

 一緒にお風呂に入る時に、脱衣所で下着姿は何度も見たが、朝にリビングで仕事に行く格好に着替えるのは、まったくシチュエーションが違うから、千春が着替えるのが視界に入ると緊張してしまう。

 こちらに背を向けて灰色の肌着を手に取る千春。

 背が低くて背中は小さいが、日に焼けていない皮膚は、ニキビやほくろやムダ毛が一切なく、綺麗だ。

 うらやましいと思った。

 ブラウスと青いジーパンを着終わった千春は、近くの棚にある薬箱を見た。


「これって……」


 千春が、その上に置かれている、睡眠のサプリと市販薬の箱を見つけてしまった。

 最近飲む機会が多かったから、薬箱にしまうのが面倒くさくて、上に放置してしまっていた。


「眠れないんですか?」

「う、うん。ちょっとね……」

「もしかして、昨日言っていた、職場のせいですか?」

「……かもしれない」


 昨日、千春に洗いざらい話して、胸の中につっかえていた物が少し取れたような気がしたが、またぶり返してきた。


「友達は誰もいなくて、身内は、おばあちゃんだけなんでしたっけ」

「そうなの。でも老人ホームにいるから、なかなか会えないし話せないけどね。場所も遠いし」

「つまり、悩みがあっても一人で抱え込むしかないと……」

「そう、だね……」


 千春は、ため息をついた。

 綾菜は、胃がキリキリと痛んできた。

 あれ、今のため息って、わたしが不甲斐ないことに対してのもの? 

 千春は、ズンズンとこちらに歩いてきて、ローテーブルの向かい側にドンとあぐらをかいた。


「綾菜さん、もし一人が辛いなら、提案があるんですが、聞いてもらえますか」


 千春の目力がすごく強い。なんか怒っている。


「しばらく、あたし、ここに住みます」

「…………え?」

「一人でいるからダメなんですよ。二人でいたら、少しは気が楽になると思うんです」

「一緒に……住む……!?」


 綾菜は、ここ一ヶ月で一番大きな声が出た。

 箸が手から落ちて、床を少し転がる。


「綾菜さんの職場環境は最悪ですね。何回ため息しても足りないくらいです」

「あ、そっち……」

「いやぁ、ずっと思ってたんですよね。恋人なのに、週一しか同じ部屋で寝泊まりしないなんておかしいなって」

「……恋人……。ん……? 恋人……!?」


 ガバッと綾菜は立ち上がった。


「え、だって、恋人でしょ? あたしが『好き』って言ったことに対して、綾菜さんは今まで拒否していないんですから」

「わたしたち……恋人だったんだ……」


 友達にランクダウンしていなかった。


「あれ、綾菜さん、あたしのことどう思ってたんですか? 仲のいい友達くらいにしか思ってなかったんですか? この際、一緒に住む前にハッキリさせておきたいんですけど、綾菜さんはあたしのこと好きですか?」


 千春が、座れというジェスチャーをしたので、おとなしく正座する。


「そ、それは、もちろん、好き……だよ?」


 しどろもどろに答える。


「なんかハッキリしないですねぇ。好きってどういう感情か、理解してますか?」

「今まで生きてきて家族以外で、好きになった人はいなかったし、好きと言ってくれた人もいなかったから、混乱してるの……。でも、この感情は、千春ちゃんに好意を抱いているのだと思う」

「あたしたちって、恋人ですか?」

「千春ちゃんがそう思ってくれるなら、わたしたちは恋人だと思う……。わたしも、恋人はあなたがいいと、思う」

「なんか、『思う』『思う』ばかりで、ちょっと引っかかりますけど、まあ恋人だと認識されているなら、それでいいです」


 千春は、勢いよく立ち上がると、大きなリュックサックを背負って玄関に向かった。


「それじゃ、仕事が終わったら荷物をまとめて、今夜中には来るので。よろしくお願いします!」


 最後は、はにかんだ笑顔を見せて、ドアを開けて消えた。

 階段をテンポ良く降りる音が聞こえてくる。

 その音が聞こえなくなって、三十秒ほど経った頃、ボーッとしていた綾菜は、衝撃の事実をようやく飲み込んだ。


「今夜ぁぁぁぁ!!!!????」


 ここ一ヶ月で、さらに大きな声が出た。


6へ続きます。

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