12、ナイトシアターin図書館
九月になり、学生たちが学校へ通い始め、図書館が閑散としている。
正直、子どもがワイワイガヤガヤとしているよりも、今みたいにシーンと静まりかえっている図書館の方が、綾菜は好きだ。
木製のテーブルで小説を読んでいると、背後から仕事姿の千春から声をかけられた。
「三週間後、映画を見ませんか?」
「映画? どこの映画館で?」
「違いますよ。ここです。図書館で上映会をやるんです」
「へえ、そうなんだね。まだ図書館便りや広報誌には、そういう知らせは載ってなかったと思うけど」
「色々申請に手間取って、大変で、明日発行される図書館便りに掲載されます。あたし一人でやらせてもらってたので」
「ちなみに、どんな映画?」
千春は、映画の名前を言った。
それは、アメリカの有名なドキュメンタリー番組のシリーズで、テーマは『宇宙の謎』だ。
「これは、日本で以前、劇場版として映画館でも上映されたんですけど、この中でインタビューに答えている人の一人に、○○さんが登場するんです」
それは、この図書館の建つ地区出身の宇宙飛行士の名前だった。
「そんな映画があったんだ。知らなかったなぁ。来るよ。何時から?」
「十九時からです」
「十九時? 図書館は十七時に閉館してるよね?」
「その日は、一旦十七時で閉館して、事前に上映会に予約した人だけ、特別に入館して映画を見られるんですよ。あたしは担当者なので、もちろん参加します」
「あ、主催者ってことは、一緒には見られない……?」
「上映が始まったら、ただ見るだけなので、綾菜さんの隣に来て一緒に見ることはできます」
「……分かった。予約していい?」
「ありがとうございます! とりあえず一人確保!」
「……もしかして、ノルマとかあるの?」
「民間じゃないので、そんなものはないですよ。でも、上映するのにも、色々お金がかかるので、参加者が少ない状態が何回も続くと、予算がもらえなくなって、上映会ができなくなります。だから、こうして身内に営業をかけているというわけで……」
「図書館の職員さんも、色々大変なんだね……」
「うー。そうなんですよぅ。お家に帰ったら、いっぱい頭なでて褒めてくださいね」
「いいよ。早く帰ってきてね」
「はい! 綾菜さんが家で待ってると思うと、仕事がんばれます!」
三週間後、綾菜は閉館して一時間半経った図書館の前にいた。
入り口の自動ドアの前には、親子連れが二組と、男性二人組、綾菜と同年代らしき女性が一人待っていた。
館内は、非常口を知らせる明かりがついているだけで暗く、後は事務所の明かりだけしか見えない。
今頃、千春ちゃんは上映の準備をしているのだろうか。
そんなことを考えながら、手持ち無沙汰なので、スマホを何となくいじくる。
数分経った頃、
「あのう……」
と、一メートルほど離れたところにいた同年代らしき女性が、綾菜に声をかけてきた。
「ええと……」
綾菜は、この女性のことは知らない。全くの初対面だ。
「良かったら、一緒に見ませんか? 多分、同い年くらいですよね……?」
「え、ま、まあ、いいですよ……」
この少ない参加者の中、一緒に見るのを断るのも空気を悪くすると思った綾菜は、了承することにした。
「ありがとうございます!」
女性は、ペコッと頭を下げた。
礼儀正しい人だ、と綾菜は思った。
地味な格好で化粧は最低限しかしていない感じの女性だが、まあまあ綺麗な顔立ちをしていて、背は綾菜よりちょっとだけ低く、可愛らしい印象だ。
「私、斉藤美空といいます。よろしくお願いします」
「わ、わたしは寺崎綾菜です……」
「寺崎さんは、宇宙が好きなんですか?」
「好きですね。図鑑とか動画サイトで、星とか銀河とかを見るのが好きです」
「私もです! 広大な宇宙の謎に色々触れていたら、自分の周りに起きていることが、とてもちっぽけに見えて、なんかいいんですよね」
それから、少しばかり宇宙の話をしていたら、
「お待たせしました! 上映会の準備が出来たので、ご案内します」
館内が明るくなり、そして事務所の方から千春が現れ、自動ドアが開いた。
千春が先頭に立ち、参加者を案内していく。
二階への階段を上がり、普段は会議や展示会などが開かれている大きな部屋に入る。
そこには、プロジェクターが白いスクリーンに向かって置かれていて、パイプイスが参加者の分だけあった。
部屋の中は、明かりがついていて、黒いカーテンが引かれている。
イスの数からして、参加者はこれで全員のようだ。
千春は、準備をしながらも、綾菜と、綾菜の横に座って楽しそうに談笑をしている知らない女性のことを、チラチラと見ていた。
「実は今日、仕事をサボってきちゃったんです」
斉藤美空は、小声で綾菜に言った。
「サボり……ですか?」
仕事、という言葉で、綾菜自身のことを思い出す。
休職はサボりだ、というネットの記事を以前見たことを、思い出してしまった。
自分もサボりみたいなものかもしれない。
綾菜の顔色がどんどん悪くなる。
「私、○○○の食品売り場で、レジ打ちとか品だしやってるフリーターなんですけど、今日は気分がモヤモヤしてたので、体調不良だって言って休みました」
美空が言ったお店は、綾菜の働いている会社の運営している店舗の一つだ。
つまり、職場は違うが、綾菜が上司で美空は部下ということになる。
でも、わざわざ会ったばかりの人に言うことじゃないと思い、綾菜は黙って話を聞く。
「別にいいと思うんですよ。体だけじゃなくて、心も風邪を引くんじゃないかって思いますもん。あ、これ前に読んだ小説に書いてあったセリフです」
クスッと美空は笑った。
「この上映会を見たら、きっと心のモヤモヤが晴れるんじゃないかと思って、ズル休みして見に来ました。だって、今日のシフト、閉店までだったから、絶対見れなくて」
「そう、なんですね……」
「そうしたら、こうして寺崎さんと出会えたんですから、今日は大収穫ですよ。もしシフトどおりに仕事してたら、いつもと変わらない毎日の一日になるだけでしたでしょうし」
「レジ打ちや、品出しも、楽しいところはありますよ……」
「あ、寺崎さん、コンビニとかでバイトしたことあるんですか?」
「ま、まあ……」
まさか、同じ系列店で、とは言えない。
「フリーターって大変じゃないですか? 給料とか……」
「私は実家暮らしなので、フリーターでもやっていけるんです。それに、正社員って大変そうだし。絶対ストレスたまって心ぶっ壊れますよ。それだったら、別にフリーターでもいいかなって」
「確かに……」
正社員として働いていて心をぶっ壊した張本人である綾菜は、深くうなづいた。
すると、部屋の中が暗くなり、スクリーンの白色が煌々と灯る。
「準備できたので、上映会始めまーす」
なぜか少し不機嫌そうな千春は、プロジェクターを起動させ、上映を始めた。
「また図書館で会えるといいですね!」
上映会が終わって館外へ出た美空は、手を振って綾菜と別れた。
結局上映中、千春は綾菜の隣には来なかった。
部屋の後ろの方にイスを置いて、ジトッと美空の背中を見ていた。
綾菜は、すっかり暗くなった夜道を歩いている。
仕事を堂々とサボれる人間がいることが、衝撃的だった。
自分とは完全に違う人種だ、と綾菜は思った。
でも、ズル休みができる美空のことを、綾菜はだんだんかっこいいと思うようになってきた。
ズル休みではなく、息抜きなのかもしれない、と彼女は思った。
13へ続きます。




