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11、古本市

 日曜日、午前八時半。

 綾菜は開館前の図書館の中庭にいた。

 男の人たちがせっせと、学校の運動会の時にある白いテントを、いくつも建てている。


「綾菜さーん! こっちこっち!」


 彼女より三十分ほど前に家を出ていた千春が、図書館の敷地の隅にポツンと立っていて、大きく手を振っている。

 結構大声だったものだから、綾菜以外にも多数の大人が声に反応し、千春を見た。

 今、この群衆を飛び出していけば、絶対に注目を浴びるだろう。

 でも、お手伝いとして来ている綾菜は、正職員である千春の指示に従わなければならない。

 綾菜は、後ろを振り返らず、猛ダッシュで彼女の元へと走った。


「こっちから古本を搬出するので、手伝ってください!」


 千春は、いつもの仕事着である、白いブラウスと青いジーパン、膝辺りまである緑色のエプロンの他に、真っ黒の軍手をはめている。

 綾菜は、ズンズンと進む千春の後をついていく。

 建物の正面玄関の左右は、濃い色素の芝生が敷き詰められているが、右側の一番建物に近いところに、大人が一人横に手を伸ばしたくらいの広さのコンクリートの道がある。

 その道は建物の角を二回曲がっていき、裏口のあるコンクリートの平地につながった。

 そこには、職員用の通用口の他に、普通乗用車が二台横に並んだくらいの横幅のシャッターがあり、それは今開けられている。

 男性たちが、テントの部品や、「古本市」と書かれた長方形の旗をいくつも外へ出していた。


「綾菜さんに出してもらうのは、これです」


 男衆によって台車に載せられた、文庫本がギッシリと入った底の深くて青いカゴがある。

 一つの台車につき二つのカゴが載っていて、試しに綾菜が押してみると、かなりの重さだった。

 千春が先に台車を押していくので、綾菜もそれに続く。

 二人が台車を押して表まで着くと、すでにテントが三つ建てられていて、男性たちが骨組みに紐をくくりつけて固定しているところだった。

 それぞれのテントの下に長机が四つある。


「綾菜さん、その机の上に、表紙を上にして本を並べていってください。本屋さんで平積みしている感じで」


 テキパキと指示をして、自分も同じ作業を進めていく。

 カゴから一つずつ取り出して並べていく。

 確かに、新品ではない。

 あちこち色あせていたり、表紙の端っこが潰れていたり、ページが所々折れてしまっていたり……。

 きっとこの本たちは、読者にたくさん読まれて楽しませたのだろう。

 小説なら、その世界に夢中になって、現実世界のことを忘れてしまうくらいに。

 図鑑なら、恐竜や虫や宇宙の不思議を、絵や写真や文章で学べたり。

 本の数だけ、読者との思い出があるだろう。

 だから、


「千春ちゃん」

「……どうしました?」

「この本たち、次もいい読者に出会えるといいね」

「……そうですね。司書として、本好きとしてもそう思います」


 ニコッと千春は笑って、作業に戻った。


 図書館の開館と同時に、イベントが始まった。

 日曜日ということもあって、老若男女、様々な世代の人々がやってくる。

 綾菜は、一つのテントの横にある会計所に立っていて、テントから出てきた人が持っている本を預かり、数を数えてお金を受け取っている。

 ちなみに、作業を簡素化させるため、全て一冊百円だ。

 綾菜は、以前スーパーでレジ打ちの仕事をしていたときのことを思い出した。

 新人だったころは、慣れない作業で遅れ、レジの前にたくさんの人が列を作って、さらに彼女をアタフタさせていたものだ。

 ただ、今回は商品の値段がすべて同じだし、仕事ではなくてボランティアなので、そこまでプレッシャーは感じていない。

 列を作ってお客さんが待っているのは変わらないが。

 本当は、お客さん一人一人がどんな本を選んで買うのか、じっくりと見たかったのだが、とてもそんな余裕はなかった。

 ほんのちょっとだけ余裕が出来たとき、隣のテントを見たら、綾菜が自分と同じように会計の対応を行っているのが見えた。

 少し離れた所には屋台があって、わたあめやかき氷、チョコバナナなどのスイーツが売られていて、甘い匂いがただよってくる。

 昼近くになると、匂いでお腹が空いてきた。

 十三時、わずかに本は残っているものの、時間なのでイベントは終了した。


「お疲れ様でした!」


 館長の名札を付けた、白髪頭の長身でやせた男性が、それぞれのテントからよく見える位置に立ってあいさつをした。


「皆さんのおかげで、本たちは新たな読者の元へと旅立てました。本たちはきっと良い人生を送れることでしょう。それに携わってくださった皆さんに感謝します。ありがとうございます」


 館長がペコッと頭を下げると、職員やボランティアから盛大な拍手が起きた。


「お昼休憩を挟んだあと、撤収作業もあります。ケガのないよう、気をつけて作業をしてください」


 館長のあいさつが終わると、職員とボランティアはいったん解散した。

 綾菜と千春は、家に帰って昼食を済ませることにした。


「午後からは、私は何をすればいいの?」


 アパートへ歩きながら尋ねる。


「そうですね……。各テントに残った本をカゴに入れて、裏口から倉庫に運び込んでもらおうと思ってます。綾菜さんに力仕事は頼みませんよ。役所やボランティアに男がたくさんいるので」

「それで……。あの……。残った本でもいいんだけど、私も何か本を買ってもいいかな……?」

「多分、いいと思いますよ。綾菜さんが作業している間に確認しておきますね」



 それから、軽食をとって少し家でのんびりしてから、二人は図書館に戻って作業を始めた。

 千春はすぐに館内に入り、綾菜はテントのそばにいる職員の指示に従って、各テントの机に残った本を、一冊ずつ丁寧に青いカゴに入れて、台車で運んでいく。

 その後は、解体されたテントの部品をロープで縛って、薄汚れた白色の細長い袋に、部品の種類ごとに分けて入れていき、それも台車で運んだ。

 全ての作業が終わって、作業を統括していた職員の男性があいさつして、解散となった。

 その男性と入れ替わるように千春がやってきた。


「お客さんと同じく、五冊までだったら買ってもいいみたいです。倉庫なので、ちょっと薄暗いですが」

「うん! ありがとう」


 綾菜は、仕事の疲労がすべて吹っ飛んだような笑顔を見せて、青いカゴをかためて置いてある場所に走っていき、じっくりと本を選んでいく。

 その間、千春は彼女が本を吟味しているのをずっと待っていた。

 やがて、小説や図鑑を組み合わせた五冊を選び終わると、


「あれ? 千春ちゃんまだいたんだ。とっくに仕事に戻ってたのかと思ってた」

「だって、今日ボランティアに参加してもらったとはいえ、綾菜さんは部外者なので、念のために見張っておかないといけないんですもん。あたしは別に綾菜さんと一緒にいられるのでいいですけど。しかも業務時間内なのでちゃんと給料が発生してますし」

「えっと……、この本はどこで会計したらいいかな」

「館内の受付まで来てもらってもいいですか? そこで払ってもらいます」


 千春が事務所の中に入って、受付で本を受け取ると、


「あ、やっぱり宇宙の本が混ざってますね」


 クスッと千春が笑った。


「もちろん! それは外せないもん」


 綾菜は、百円玉を五枚出して、トレーの上に置いた。


「三冊が宇宙関連で、後の二冊は文庫の小説ですか……。あ、この柴犬トムソンシリーズ、あたしも好きです! 中学生の頃から、学校の図書館で借りて読んでました」

「本当? わたしも好き。人間の言葉は話さないんだけど、きっと頭脳は人間並みだよねって感じで、脇役の刑事さんたちを導いてくれるストーリーが面白いよね」


 そして、千春は通常業務に戻った。

 綾菜は館内には寄らずにそのまま帰宅し、今買った本を読みつつ、晩ご飯をつくって千春の帰りを待った。

12へ続きます。

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