三十九話 妖怪万象
後1話は日を跨ぐかも知れませんが、投稿します!
はっきり言おう…。
マジでヤバい‼︎
俺と天邪鬼で切り抜けられるかと思ったが、そう簡単にいかなかった。
天邪鬼を主軸にして俺がサポートに回り、交互に妖術を放つが全く歯が立っていねえ。
呪剣は振り回すし、体躯に似合わない移動速度で地面を踏み抜く。更には秋水そのものが怨念という鬼になったことで触れるだけで俺達が危険に晒される。
「爆ぜろ!」
俺は『風醒弾丸』を放つ。遠距離攻撃で多少のダメージを与えられればいいのだが…。
「ガッハハハ‼︎オレ様に妖術は効かない!これでも食らえ‼︎」
呪剣を叩き下ろす。その衝撃は地面を砕き、超範囲攻撃となって俺らを襲う。
「小僧!退け‼︎」
俺は強引に服を掴まれ投げられる。天邪鬼が何かを仕掛ける。
秋水に触れ、妖術を放つ。
「『変物』!」
そう唱えると秋水は苦痛な表情を浮かべる。
『変物』は肉体に宿る妖力を自在に操る能力。相手の体内に宿る妖力を反転させる妖術。相手の妖力を支配し、満ち足りる妖力を一気に枯渇させるという反則技だ。
「ぐっ⁉︎こんなモノ‼︎がぁああー‼︎」
しかし、脆くも弾かれてしまう。閻魔大王の加護を受けた秋 水には、格下の天邪鬼の妖術を跳ね除けるのだ。
閻魔大王の加護は、異能を強化する以外にも妖術に対する高い耐性を備えているのだ。妖怪からの攻撃は太古の妖怪でなければ決定打にすらならない。
呪剣を我が物で振るい、膨大する肉体で突進してくる。
その速さは格別で、俺ですら逃げきれないと諦めざる得ないぐらい。
馬鹿げたほどに足が速く、肉体も物理攻撃や妖術が効かない。圧倒的な力の差を身をもって見せつける。
「どうしたどうした⁉︎このオレを倒すんじゃねぇーのかよ‼︎」
「調子乗りやがって…。天邪鬼、まだ動けるか?」
「知れたこと。愚か者を始末するまで倒れんわ。さっさと片付けるぞ!」
「じゃあ気合い入れやがれよ!」
俺は秋水の背後を取り、一撃必殺を放つ。冷気を宿し、妖怪の怨念が健在な刀剣を穿つ。
「恨まれた憎しみを受けるがいい!『怨念零刃』‼︎」
胸を貫き、俺は更に冷気を大量に流し込む。
黄泉の冷気ってヤツを流し込み、秋水の弱点を突こうと大量に取り込ませた。肉体が暴発してでも起きてくれれば勝機が見えると。
「っ⁉︎こいつ、俺の生気を⁉︎」
刀剣に宿した生気が急激に吸われていく感触があった。
「離れろこの野郎‼︎」
俺は秋水を蹴り、一旦退く。
「なんだ今の…。俺の生気が半分近く吸われちまったぞ⁉︎」
「無闇に攻めるではない。あの秋水という者の妖怪に基づく力だろう。人間の生気だけを吸い尽くす妖怪に変貌したに違いない。まるで吸血鬼と同じ体質」
「吸血鬼かよ。なら、太陽とかは?」
「無理じゃろ。儂が触れてみたがそんな弱点などないわ」
どうやら、秋水は望んだ姿になって暴れ回ってるみたいだ。容赦なく俺達を攻撃するだけではなく、それに伴う人間の弱点を克服してしまったという。
人間を辞めた秋水には、妖力の枯渇を狙うのは無策だと。
「妖力は時間を有さなければ回復しない筈、本来ならばな。だが、秋水は妖力を首輪から供給手段を持つ限り尽きることはないと見た。持久戦は先にこちらがくたばるしかない」
「クソッ。首輪を破壊するしかねえってか?」
「首輪は破壊できぬ。儂が『変物』を使う際に首輪にも触れてみたんだが。アレは儂の力では壊せなかった。いや、儂が力を解放すればなんとか……」
何か手段はあるみたいだが、天邪鬼は酷く嫌な顔をする。
「もしかして、あんたは秋水の奴を倒せる力持ってるのか?」
俺は質問する。しかし、天邪鬼は一度目を向けてきたが無視された。
「喋っている暇があるなら弱点を探せ。儂は貴様のでまかせで力を見せるわけにはいかぬからな」
「…そうかよ!妖怪の力を使えば助かるってもんだと思ったけどな。天邪鬼は意外と口硬えんだな」
「ぬかせ」
近付く事すらままならない状況で数十分粘り続けてはいるが、こんなの反則過ぎるだろ⁉︎
一向に秋水を倒せる気がしねえ…。
「おい天邪鬼!何か案はねえのか⁉︎」
俺は藁に縋りたい気持ちで聞く。
「焦るでない。雪女がくれば状況は変わる。それまで持ち堪えろ」
雪姫なら秋水に決定打を与えられると言う。天邪鬼は『万物反転』といった相手そのものを反転できる妖術があるが、秋水に効かない以上、それは意味をなさないと言う。
遠距離発動できる妖術の雪姫なら可能だという。
俺…全く頼りにされてねえ感じでムカついた。
なんだろうなこの感じ。凄い雪姫に敵意とは違う感情を抱いた。
なんで俺が頼りねえんだ?妖怪に頼られていないのか…?
じゃあ何をすれば認めてくれるんだよ?
「天邪鬼、あんたは俺を認めてくれねえのか?雪姫を頼りにしやがって…」
「事実というものだ。貴様が名を与えたあの雪女は今や儂よりも強い。幸いか、妖怪の壁を超えたみたいだからな」
「壁を超えた?」
「小僧では決して辿り着けぬ領域に雪女は到達した。故に小僧と儂が足止めをするのが是だと思わぬか?」
俺という人間がそんなに頼りねえのかよ⁉︎巫山戯やがって……。
俺は渦巻くどうしようもない感情を曝け出したいと感じた。
その瞬間、俺は異能の正体に踏み込んだ。
「そっか……。じゃあ俺もアレになれば良いんだよな?」
幸助は素っ気なく言った瞬間、体が青い冷気に包まれる。
体中が凍てつくように凍りつく。体から冷気が漏れ出る。自分の体とは思えない程に骨の髄まで凍る感覚を抱く。
体の感覚が消えていく。しかし、同時に力が膨大に膨れ上がる。
極寒が体を麻痺させ、全ての感覚が消える。同時に疲労は消える。
感覚が研ぎ澄まされ、幸助の体は変化する。
天邪鬼はあり得ないと驚愕する。
(馬鹿な⁉︎これ程の冷気は雪女と同等いや、それ以上だ。心の奥から感じる。儂でも余程の事態にならない限り禁忌にしている力……)
天邪鬼が驚くのは無理もない。幸助自身が変化しているからだ。
幸助が今しようとしていることは、純粋な人間の種族ではあり得ない到達地点。
『妖怪万象』は純妖に至る全ての妖怪が保有する最大の能力。自身の尊厳と人型を犠牲にして膨大な妖力と力を獲得する奥の手。
異能相手や加護を有する相手にも条件無視で殺生が可能になる姿。理から外れた妖怪が使うことで、その真価は計り知れないものと化す。
その代わり、人間との友好的な人型を捨て、一度なれば二度と今の己に戻ることがなくなってしまう。
姿か精神か、将又別の代償を伴うのかは分からない。
少なくとも、『妖怪万象』を多用することは禁じるという意味での切り札なのだ。
純妖にしか扱えない切り札。幸助は人間という領域で力として体現しようとしているのだ。
幸助は切実に望む。
妖怪に認められたい、と………。
願いは受諾され、その身は妖怪へと変化する。
氷雪は剥がれ落ち、殻から破るように姿と力を獲得する。
白縹に髪が変色し、左目はシリウスのような青白く、右目は幸助の紅い目の相対眼。
纏う服に結晶が付着し、首に白狐のマフラーが巻かれている。
刀剣は青緑のように煌めく。
雰囲気も落ち着きの品がある。子供っぽい雰囲気はなく、沈着した大人ぽさを魅せる。見た者に畏怖と敬愛を自ずと感じさせる神秘さが伝う。
天邪鬼は恐怖するが、同時にその姿に怪奇なるものを感じた。
今の天邪鬼に見える幸助は、妖怪のさぞ英雄のようなものに見えているのだろう。
「きっ……」
思わず言葉が詰まる。天邪鬼は声を掛けれなかった。
鬼としての本能が幸助の本質を嗅ぎ取る。
「テメェー‼︎テメェ!テメェェッ‼︎テメェも閻魔と同じヤツと契約しやがったか⁉︎」
幸助の姿に危機感を抱き、癇癪を起こしたように声を荒げる。
秋水は飛び上がり、呪剣で幸助ごと大地に振り下ろす。
爆発音と共に煙幕を上げる。
幸助はその攻撃を避けることがなかった。
「ガッハハハ‼︎まともに食らいやがって!吠えズラは無惨になっただろうな⁉︎」
隣にいた天邪鬼は動けなかった。というか、秋水の異常な速度に反応できてなかったのだ。
(これほど馴染むとは⁉︎儂が…体が動けん!)
動けと肉体に命じるが、天邪鬼は幸助の安否に気を向けてしまう。その隙に秋水に渾身の拳を食らい、吐血して遠くへ飛ばされた。
「へへへ…これでアイツらも殺して——」
「よく見ろよ?俺は死んでねえよ」
呪剣を刀剣で受け切った幸助は無傷だった。
秋水に恐怖が募る。
(なんだこの威圧感は……?寒い…これは⁉︎俺がこんなガキに恐れているとでも⁉︎)
妖怪と化した秋水に恐れはないと思われた。だが、それは誤解だった。
恐怖という感情は誰にでもある。
消失による恐怖。強者への恐怖。突然の恐怖。根源的恐怖。未知なる恐怖。
それはどれも穏やかで済む筈がなく、人間も妖怪も抱く共通した感情。
今、秋水は心の底から震え上がる恐怖に苦しんだ。
幸助は穏やかに淡々と言う。
「苦しいんだろ?今楽にしてやる」
その言葉と共に秋水に目掛けて刀剣を振り下ろす。
素早くではなく、ハンマーを振り下ろすように刀剣がゆっくり地に着く。
あまりの遅さに秋水は馬鹿笑いする。
「フハハハハハーッ‼︎そんな程度の速度じゃムッ——」
「だからどうした?笑う暇があるなら避けろよ」
幸助がそう告げると、秋水の胴体の頭から下までが垂直に凍結した。斬られたのではなく、妖力そのものが凍結したのだ。
幸助が放った一撃は『遅慢の凍聖霊』という妖力に干渉し、妖力そのものを瞬間凍結する必殺技。刀剣を振るい落とす軌道に遅れて斬撃がくるため、まるで幽霊が刀剣を追うことからそう名付けた。
攻撃を避けようとしなかった秋水は深い凍結斬撃を食らい、途轍もない異常を感じた。
「ぐっ‼︎……この程度でオレ様がくたばる…か、よ。か、体が…?凍っていく⁉︎」
斬撃を受けた者に永久凍結が付与される。しかも、妖力が膨大であればあるほど、その侵蝕速度は増し、妖力に身を蝕まれていた秋水の肉体は既に六割が機能不全に陥っている。
体内外問わず凍結は襲い、手足が動かなくなる。呪剣を振おうと無理に動かすとその腕はボキっと音を立てて割れ落ちる。痛みはなく、あと数十秒もすれば全てが凍結する。
回復しようと《王》で支配した者の力を行使しようとしたが、來嘛羅によって宵河の人間は全員死亡している。支配している妖怪はいるが、妖力を要とする妖怪では意味がない。
今頃になってその事態に気付いた秋水は怒り喚く。
「クソッタレが‼︎格下のガキに煽てられた‼︎こんな屈辱はもう嫌だったのに!巫山戯やがって‼︎ドイツもコイツも使えねえ糞野郎共だったな‼︎閻魔さえオレを煽てなければこんなことにならなかった‼︎テメェこっちに来い!呪剣で殺してやんよ‼︎」
凍りつく秋水は支離滅裂なことを吐く。
幸助は憐れんだ瞳を向ける。
「醜い奴だぜ。そうやって他人の責任にするのかよ?犯した罪は因果応報で受けるって知ってるか?あんたは人も妖怪も支配としてしか見なかった。だから俺が妖怪の力であんたを葬った。妖怪に恨まれることをしたこと後悔するんだな?」
「くっそぉぉおおおーーーっっ‼︎」
あと僅かで凍結する秋水は黒い瞳孔で幸助を睨む。
しかし、ここでただで倒れるわけにはいかない。積み重なる怒りを晴らせていない。秋水は死を恐れずに実行に移す。
(呪剣よ。オレ様の妖力と剣の力を持って大爆発を起こせ!妖都を征服出来なかったからには死を以て崩壊しろ‼︎)
呪剣に命令を下す。呪剣は受諾し、呪剣が怨霊を発する。瞬く間に地下空間の全てに蔓延る。
そして爆ぜる。空間に轟くように、妖都の崩壊が始まった。
俺は力を一気に解放した影響で疲労困憊だった。雪姫と同じ力を出し切ったみたいで、その場から動くことが無理。
傲慢で人を蔑む奴ほど、相手に感化されやすい。秋水は何となくその性質だと予想してみた。
秋水の奴が思った以上に馬鹿で助かったぜ……。
でなきゃ、『遅慢の凍聖霊』で倒せなかった。諸刃の剣のようで、想像してみた雪姫の瞬間凍結を元に編み出してみた甲斐があった。
その代わり、俺の中にあった生気は枯渇状態。全回復までに時間が掛かるって感じだな。
秋水も凍結しかけているし、俺は向かってきている雪姫を待つとしようかな。
「さっきは協力してくれてありがとうな天邪鬼。雪姫が来そうだ、か…ら?あれ?天邪鬼?」
俺が振り返ると天邪鬼は既に消えていた。
折角共闘したっていうのに…。悲しいな。
落胆した気分だ。あいつにも名前あげたかったのに。
突然、天と地もろとも引き裂くような爆発音に思わず耳を塞いだ。
「なんだ地震か⁉︎」
爆発音が止んだと思えば地震が起き始める。
秋水のところから爆発したみたいだが……。
俺は耳を疑う。
「フハハハッハッハァーッ‼︎オレ様が地獄へ逝く前の手向けだ。オレが簡単にくたばるわけがねえ!オレの目には分かる、テメェの生気は枯渇!一緒に地獄に堕ちていこうな‼︎」
秋水が凍る寸前に笑って滅亡を下しやがった。刺した剣が地下で爆発したことにより、地盤に大きな損傷が起きた。
「巫山戯やがって!てめぇの言う通りなんかならねえぜ!ぐっ…」
俺の体から途轍もねえ疲労感が足から襲う。片足が麻痺したようで動かなくなっていた。
力を使い果たしたのか服や髪も元に戻っちまったし、もう逃げ切る体力もねえ。その場から動ける気力すら湧かない。
絶望が降ってくる。此処は地下だ。俺が助かっても生き埋めは確定だ。
來嘛羅が助けに‼︎いや…來嘛羅はまだ宵河にいるなら間に合わねえ。
俺は降ってくる瓦礫や鉄片から身を守る為に、足を引きずるように無理やり体を動かした。せめて安全な場所へ行くために無駄な足掻きをしてみせる。
秋水はもう意識まで凍りついたみたいだ。途中から笑い声が聞こえなくなった。もう死んだと思ってもいいだろう。
地面を爆発させたみたいだが、地下の地盤が崩れたら此処も危ねえ。
てか、もう急がないと本当に……。
一気に雪崩のように天井が崩壊した。微かの間から見ると 建物も一緒に崩れ落ちている。妖都を本当に壊しやがった。
あんな良い街並みが!都市が‼︎こんな地下空間のせいで…。
悲しさが募る。俺も潰れるのか?
また死ぬのに浅く考え、崩れる地上を見た。
——幸助っ‼︎
俺の意識が現実に戻されたように、その声の方へ体を向ける。
咄嗟の事態に体が宙に浮いた。俺の体に抱きついて何かをしている。冷たい何かが俺達を包み込んでいく。
「何やってんだよ雪姫⁉︎」
「少し黙って。今は生きること最優先」
正論を言う雪姫。俺はそのままされるがままに目を瞑った。
そして、妖都ごと崩壊した。
妖都は地下空間の爆発を受け、地上に存在する幻想的な建物が一瞬で傾れ、地下へ落ちていく。
地震の揺れのようで、隠れていた人間や妖怪が慌てふためく。必死に叫んで避難を開始していた。
しかし、その叫びが意味を成さないように地盤もろとも地下へ落ちる。建物もそれに伴い崩れ、多くの者が下敷きとなる。
災害が起きた時の行動は滅茶苦茶だ。誰もが助けを求め、誰もが必死に逃げる。火の海と化す妖都の中で、悟美達は無事に地上へ帰還していた。
紗夜の異能により、影に全員を収納し一人で地上に地震が起きる前に一人地上へ向かう。
薄暗く視界の悪い地下空間と常夜の妖都で明かりは先が追えない。しかし、紗夜には関係なかった。暗闇だからこそ、紗夜は猿のような身のこなしで落ちていく瓦礫や建物を駆け上がりながら地上を目指す。
紗夜は危険と感じれば無茶をしない。今の状況を危険とは微塵も感じていない。
軽々と駆け上がり、遂に紗夜は地上へ登り切った。
間一髪だった。数分遅れていたら無事では済まなかった。
「だ…大丈夫⁉︎ですか?」
おどおどしているのかよく分からない態度で皆んなに聞く。
影の中から悟美達が飛び出すように出てくる。
「済まない紗夜。死ぬところだったぞ」
「い、いえ!私は何も…」
一番の功労者と自慢しないあたり、かなり奥手な紗夜。
「シシシッ!紗夜ありがと〜!お陰でこの貞信ともう少し遊べるわ!」
悟美が担いでいるのは血だらけになって体の原型を留めていない貞信だった。刀は全部抜かれ、肉体損傷を癒す術を失った彼にとっては生き地獄である。意識は殴られても起きることなく、それが不幸中の幸いなのだろう。
「秋水は倒されたのですよね?ワタクシ達はこれから……」
女天狗は崩壊した妖都を見渡す。悲惨な崩壊を前に言葉が出ない。住む場所を失った虚無感は恐ろしい。
「ごめんなさい。アタシ達がやったようなものね。罪は償わせて貰わないと…」
「九華…俺は。くっ!」
虚ろな瞳で涙を流す九華。悔しさと嫌な気分で思わず顔を背ける分華。
そこへ來嘛羅が音もなく現れた。
気配に気付き、烏天狗と女天狗は膝をついて深く下げる。
「「來嘛羅様、ご無事で何よりでございます」」
「うむ、ご苦労じゃった。妾の方も迷い人の葬は済ましてきた。秋水らはどうなった?」
「はっ!黒山分華と黒山九華及び佐藤貞信は此処に。秋水と名妓は、雪女と幸助によって凍結され地中で砕けたかと思われる。しかし、二人の行方は……今だに分からず、生き埋め状態にあるのかもしれない」
烏天狗はそう告げる。実際に起きた出来事を全て伝え、來嘛羅に濁すなく話す。
來嘛羅は静かに微笑む。
「そうか。では解放された天狗達を使い、建物の下にいる者達の救出をしておくれ。妾はこの三人の処遇を行うからの」
九華達に近付く。その金瞳はしっかりと三人に向けられる。目から感じるものが読み取れない。
「九尾狐に殺されるなんて、アタシ達は幸せなのかも…」
「嫌だ!俺は死にたくない‼︎『契り』は終わった筈だ!分身を食らったテメェとは縁はないんだ!」
來嘛羅は狐目になり、三人を何も言えない怖さで睨む。
九華は覚悟し、分華は喚く。來嘛羅は貞信に手を伸ばす。
「うっ……何が?」
貞信の胸に手を当てる。そして、
「ぐうああああーーーっっ‼︎」
生気を容赦なく吸い尽くしていく。吸われる際の痛みは激痛で、全身にある全てが消えるように吸われていく。
叫びは徐々に小さくなり、小さな魂のみが残る。
魂を一飲み。貞信の魂は來嘛羅に取り込まれたのだ。
それを見た分華は青ざめる。次は自分の番と泣き喚く。
《分身》の記憶は共有されており、その恐怖を一度体験しているからこその悲鳴のような叫びをする。九華はそれを止めようとしなかった。
(アタシ達は貞信と同じ末路ね。ホント、無名に何も言えない。せめて同じ妖怪になって転生する機会でもあれば……)
九華は謝罪をしたかった。しかし、それは叶わぬ望みだと思い、自分に近付いてくる來嘛羅に無抵抗で待つ。暴れる分華は悟美が拘束する。
「さて、其方達には相応しき処遇を与えよう。妖怪を咎めた罪、そして、人間に対する冒涜。罪を深めておるが、それは果たして誠かの?」
來嘛羅の手が分華に届く。
「やめろぉおおーっ!」
「『契り』は果たさなくてはならなくての。妾が其方を千年保護するという定めじゃ。情報を開示してくれたことで救われた。それを果たそう」
『契り』は互いに結んだ条件を行わなければ罰を受ける。その罰は誰も知る由がなく、危険極まりない契約なのだ。分華は來嘛羅に情報提供を行った。それに対し、來嘛羅が保護するということで契約を結んだ。
來嘛羅は約束事を重んじる。分華に対する保護を行う。
九華は悲鳴を聞きたくないがために耳を塞ぎ、目を瞑る。弟の悲鳴や苦しんでいる姿を見たくないからだ。
姉として、その痛ましい姿を焼き付けたくなかった。
数十秒経ったのだろうか。九華は急に震え出した。
「嫌だ!まだ罪滅ぼしなんかしてないのに‼︎死にたくない…‼︎」
死を望む人間など僅かしかいない。九華は見ぬ弟の死に酷く心が折れ、悲痛な本音を漏らす。
死にたくない。彼女が望むのは死などではなかった。
九華の耳を塞いでいる手が誰かに外される。塞ぐ術を失った九華は最大の覚悟を決める。
だが、予想外の声が聞こえた。
「やったあーっ!俺解放されて生きてる‼︎ひょ〜‼︎しゃあーーーっ‼︎」
子供のように喜ぶ分華が飛んでいた。
九華は状況の把握に時間は要さなかった。
弟は死なずに済んだ。そう解釈した。
九華は來嘛羅に問う。
「どうして?」
「其方らは邪な悪事に加担しておっただけじゃ。殺生はしておらぬし、拘束や監視のみしかしておらぬ故、妾は罰を与えるつもりはないのじゃよ。寧ろ、果敢に殺生を行っておったのは山崎秋水や佐藤貞信、名妓の方じゃ」
九華と分華は他者を殺めた経験はないのだ。來嘛羅はそれを最初から把握しており、元から二人を取り込むつもりはなかったのだ。
九華と分華はサーラメーヤの加護を受けていたが、來嘛羅がそれを破棄することが可能。
來嘛羅には加護を破壊する異能を持ち、触れることで強制的に破棄ができる。分華に施したのは、サーラメーヤの加護の破壊。
九華にも触れる。すると、一瞬の内に縛られていた加護が綺麗に消え去ったのだ。
「閻魔は厄介な呪いを『サーラメーヤ』を通して授けておったみたいじゃな?その首輪も破壊するとしよう」
來嘛羅は二人の首元をスッと触れる。
【契約の首輪】は効力を失い、二人の首から外れた。
首を触りながら確認する。今までにないぐらいの解放感が込み上げる。分華はガッツポーズをあげて喜ぶ。
九華は両手で顔を抑え涙する。
無名に導かれた自分達が強制的に悪事に加担させられ、秋水の支配によって生き地獄を無心で耐えようとした。そんな状況から解放してくれた妖怪に母の心を感じた。
こんな自分達を咎めるわけでなく、救いの手を差し伸べてくれる妖怪に出会ったことがなかった。
幼い子供時代に戻り、思わず姉弟は來嘛羅に抱きついた。
分華は喜びから一転し大泣きをする。
心の枷が外れ、取り繕っていた九華の心の底からの涙が溢れ出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‼︎」
ひたすら涙が枯れるまで泣いた。來嘛羅は優しく二人を撫であやす。
「辛かろう。血の繋がった姉弟でよく生き抜いたのじゃ。もう其方らが支配されることはない。存分に泣いて良い。泣くのは恥ではないからの。さあ、心ゆくまで妾に本音を打ち明けてくれるかの?」
最近泣いている人間の子をあやすことが多いのは気のせいであって欲しい。そう笑いが込み上げそうな來嘛羅であった。
來嘛羅は二人をあやす間、幸助を探していた。
しかし、幸助や雪姫は感知できなかったのだ。
表情は母心に満ちる笑みを保つが、内心は穏やかではなかった。
(不味いの…。幸助殿と雪姫が探れぬ。何故じゃ?秋水と名妓は粉々に潰れておるのは視えておるのに…)
この目ではっきり見た。秋水と名妓は凍結したことで動けず、爆発による地盤崩壊で死亡を確認した。だが、肝心な二人が見つからない。
そんな心配する來嘛羅の傍で、紗夜は二人を探し当てていた。
「居た……生きてるかも」
そう紗夜は呟く。來嘛羅は紗夜の思考を読み取る。
來嘛羅は人の思考が読める読心術を会得している。紗夜は加護によって繋がりを持ち、異能も把握している。
來嘛羅は紗夜に『念話』で話しかける。
『念話』は加護を授けた者のみに許された妖怪との直接通話手段。幸助にも『念話』を飛ばしたのだが音沙汰がなく、場所が把握できないのだ。
『急に何ですか?今忙しいので話しかけないでくれませんか?』
『誰じゃ⁉︎』
思わず來嘛羅は驚いてしまった。
紗夜のおどおどした声ではなく、円熟した丁寧口調だった。
普段、怯えたようにおどおど語る紗夜をよく知っていたが、この時初めて、紗夜の人見知りを理解したのだった。
『誰とは失礼です。紗夜ですが?』
本人は冷静に答えるあたり、別人と思っても無理がない。來嘛羅は気を取り直す。
『すまぬな。其方がここまで流暢に話せるとは知らなくての。幸助殿は見つかったかの?』
『はい。地下数百メートル下降したあたりに雪玉に囲まれた状態で。私の異能は、言わなくてもご存じでしたか。暗闇に僅かに感じる光があったので、そこを重点的に模索してみたのです』
紗夜は途切れることなく幸助と雪姫の居場所をピンポイントに説明した。
地下深くの地中に直径5メートルぐらいの雪の塊を見つけ、雪からは光明反応があった。紗夜は光に干渉はできないが光を捉えることは可能で、地の中にある空間を掌握することが可能なのだ。
幸助達の居場所が分かれば來嘛羅も飛べる。そう思い、加護による瞬間移動を試みる。
が、それは不可能だった。
理由は至って簡単なものだ。
「本当に妾を目障りにしておるな?妾のみが転移できぬ特殊な結界を張りおって」
來嘛羅は少しばかり嫌みたらしく言う。妖艶な笑みで雪姫の嫉妬を嗤う。
「フッフッフッ。2日は待ってやるとしよう。妖都が崩壊した今、元通りにするには地を浮かさなければならないからの。暫く、サシで分かち合うが良い」
場所が分かればあとは救出。來嘛羅は復旧の時間を敢えて1日遅らすことにした。
暖かい……。
フカフカのベットにいるような寝心地。
ああ、俺は天国に来ちまったのか?そう思うほど、この背中を覆う雪が気持ちいい……。
……雪?
「幸助、大丈夫?」
凄い新鮮、子供の時の頃を思い出す。かまくらで餅食ったよな。煮込みラーメンなんかも良かった。
優しく声をかけてくれる。疲れた体に声が心地よく聞こえる。
声に凄く癒される。眠くなりそうな感覚でその声は悪魔的だ。
顔が近いな…。でも、凄く悲しそうな表情に見える筈なのに、俺には魅力的に見える。
息が冷たい…。けど、この冷たさが俺は知っている。
肌が冷たい…。この冷たさをずっと知っている。
熱を出した時だったか。俺はお母さんにこうやって抱きしめられて……。
「なあ雪姫。俺、天国に来ちまったのか?」
可笑しいな?雪姫の表情が夜叉のようになっていくんだが。間違ったこと言ったか?
「っっ‼︎幸助!目を覚ましなさい‼︎」
俺の頬に途轍もない激痛が襲う。
「いったあああああーーーっっ‼︎何すんだよ雪姫⁉︎」
「寝ぼけないで‼︎此処は天国じゃない。ちゃんと生きてるの!」
俺の意識は覚醒した。
大丈夫みたいだ。ちゃんと生きてるみたいだ。
「あ……じゃあさっきのは?」
俺は周りを確認する。円状の雪玉に囲まれているみたいで、冷たい雪な筈なのに暖けえ。
これが俗に言うかまくらか。住んでた都会にはない暖かさだな。
「寝ぼけてないで、ちゃんと現実見て?私とあなたは生きてるの」
「…悪い。凄い寝ぼけてたみたいだ。あんた怪我は?」
「はぁ……。自分より他人なのね?あなたの方が無茶していて心配」
深い溜息を吐いて俺を冷たく見る。
さっきの悲しそうな表情とは全く違う。いつもの表情だ。
雪姫の表情は落ち着いてるのが雪姫らしくて良い。俺の安心できる表情が見れて、
「やっぱその表情が可愛いな!雪姫らしくて」
俺はなんとなく口走ってしまった。
「こ、幸助…?今、なんで言った?」
「……勘違い、だろ?皮が良いって…」
俺は雪姫を誤魔化そうとした。
だが、ぐいぐい寄ってくる。
「そっか……。幸助はそう見てくれたのね?私はあなたに冷たい女とかストーカーって言われた。傷付かないけど、もう少し理解して欲しかった」
四つん這いで雪姫は詰め寄り、俺は尻ついて後ろに退がる。
「な、なんだよ⁉︎雪姫がいつも怖えからだろ!」
「違う。幸助はちゃんと私を見ようとしてなかった。あなたと生活して、幸助とご飯食べて、一緒に寝た。そこで私は気付けなかった。でも、化け狐があなたに奪われそうになって、加護を授けられた時にやっと気付いた!」
呼吸や脈が小刻みに速くなる。俺だけじゃなく、雪姫も同様だ。鼓動がはっきり感じるまで迫ってくる。
雪姫は意を決する。
奪われる側だった幸助という青年を助けたところから始まり、彼に対し好感を抱いた。
『雪姫』という名を授かり、加護を与え、衣食住を共に過ごした。
初めてだったのだ。自分が雪女である筈なのに逃げなかった人間が。誰もが雪女を恐れ逃げ出す中、彼は雪女である自分を信じてくれた。
信用してくれている。そんな事で、心は彼に寄っていた。幸助との生活が続けば、これ以上の贅沢は望まなかった。
しかし、九尾狐に攫われた時、激しく嫉妬する自分がいた。
幸助という存在を手放したくない。強欲とも捉えられる嫉妬に目覚めた力で奪い返そうとした。
九尾狐が『來嘛羅』の名を貰い、加護を授けられた幸助を見て、渦巻く感情が刺激された。
自分にとって不幸と思える危機が度重なる。その度に強い殺意が爆発し、一時、自我までも冷静でいられない自分がいた。
人を守ることに優先した雪女は、幸助との時間を過ごすことで他者に嫉妬する雪姫として性格が変化した。
そして、その変化は人間に対する態度も変貌させていく。幸助以外の人間に対し、まるで人が変わったように態度が一変した。
自分の認識が変化していくのを実感し、自分が怖くなった。
度重なる事態に雪姫の心は更に揺らめく。
——あなたは、こんな自分と一緒は嫌?
「私は変わってしまった。あなたと過ごす内に秋水のような何かを手元に置きたい欲情が抑えられなくなってね。あなたを殺そうとした着物を纏った少女を凍らした。人を直接ではなくても殺めた事実は変わらない。人間を守りたかったのに……」
雪姫は悲しそうに身に起きた事を話す。
「雪姫…」
「幸助、私は死んで欲しくなくて、奪われたくなくて、あなたの為に自分の信条を犯した。人の子に望まれた雪女の私が、その人間をこの手で殺めた。もう、あなたが知る雪女じゃないのよ。私は…」
幸助は口を挟まない。その目は真っ直ぐ雪姫を見る。
雪姫はその目に罪悪感を感じてしまう。
とても純粋で、こんな人殺しの妖怪に目を背けない姿勢にたじろぐ。
(幸助…あなたに嫌われたくない。嫌われたら……)
雪姫は拒絶される事に恐れる。
また自分の元から消える。雪姫の心配が頂点に達する。
口が動く。今すぐにでも抱きしめたい気持ちを抑え、自分の最も欲しいものを伝える。
「でも、私はあなたに居なくなって欲しくない!幸助ともっと一緒に…過ごしたい。ここまで一緒にいたのに嫌われちゃうのは嫌。こんな私でも、あなたには離れて欲しくないの!」
雪女の頃から抱いていた気持ちを優先した。
こんな恐ろしい妖怪でも、共に居て欲しい、と……。
予想以上に雪姫が可愛いと思ってしまった。
そんな事で心配する人なんかいるんだなって。
「…あんたは間違ってねえよ。俺を守ってくれたから倒せたんだ。それに、雪姫が居ねえこの先、考えられるわけねえだろ?共に互いの凄えところ見せ合った仲なんだしな!」
雪姫が何を心配しているのかはなんとなく理解できる。
俺も雪姫の力が使えるんだ。その力の脅威も雪姫の恐ろしさも誰よりも知ってる。
そりゃあ怖いよな。怖い態度取るのに優しいんだよ。
「居て…くれるの?」
「ああ、居てやる!あんたが俺に課しただろ?助けた分は借りで返せと。俺はやってやるぜ?雪姫に助けた分以上に助ければ、ご褒美とかあるんだからな!」
「幸助はやっぱりそっちなのね?でも、安心した」
雪姫は安堵の表情を浮かべる。
「なんだよ?あんたが俺と生活してるんだったら分かってると思うぜ?妖怪が好きだなんてな。最初に救ってくれた雪姫が嫌いになるわけねえだろ!」
雪姫が約束した一つ。俺は雪姫に負けねえように、妖怪を救うことにしたんだ。
事情があったからこそ、俺も無視できなかった。
俺絡み、雪姫絡み、妖都絡み、來嘛羅絡みとかなり深い訳があったんだ。俺一人でこの世界に来ていたら本当に終わってたしな。天邪鬼に食われていただろうし。
そこから始まった雪姫との関係を、こんな口約束で終わりにはしたくねえんだ。
そこに複雑な何かがあったから雪姫と居たいんだ。
「ユフフフ、幸助は妖怪誑しって言われそう」
「それは嫌味か?」
「うん、嫌味かな?」
「雪姫はホントに変わったな?前は冷たいお姉さんで料理不味で、それで世話好きで怒るとめちゃくちゃ怖え妖怪姉さんのイメージばっかりだったけど。今の雪姫は……おい、なんで怒ってんだ?ちょっ⁉︎あんたここで吹雪吹かしたら凍え死ぬぜ⁉︎」
かまくらの中で吹かされたらたまったもんじゃねえよ!雪姫の心理数値が全く分からねえんだが。
「幸助?私の料理、美味しくなかったの?大丈夫、怒らないから正直に言って。手料理、不味かったの?」
俺はもうヤケ糞に言ってやる。
「ああそうだよ!生きた魚をそのまま食わせる女なんて誰もいねえよ!ビチャビチャして頬怪我だってしたんだぞ‼︎生魚じゃなくて活け魚を食べた経験はあんたが初めてだよ!料理の概念ってもん知らねえのか⁉︎」
「えっ?でも……美味しいって?」
「食えたもんじゃねえよ!せめて焼くとか手を加えろ!來嘛羅だって凄い芸当で食ってたぞ⁉︎」
「生きた方が美味しい。私だって毎日食べていて美味しく感じた。だから、幸助も食べれるかと…」
「食えたけどさ、アレは俺もう食いたくねえよ。此処から出れたらまともな飯が食いてえ」
てか、よく思ったらこの空間……ヤバくないか?
かまくらに閉じ込められている。密室で救助もいつ来るか分からない状況。体力は互いに皆無だし…。
俺は持ち出し物を確認する。食糧がない。
「……なあ雪姫?何か食える物、ねえか?」
「待ってて」
俺はてっきりないのだと思った。しかし、目の前で雪姫が雪玉を形成して手のひらに収まる。どんな芸当で出した?
俺は期待した。雪姫ならキチンとした性格だから冷凍した何かを持ってるかも…。
雪姫の妖術ってそういう使い方もあるんだな。期待せざる得なかった。
そう……期待。だよな?
「はい、幸助。冷凍していた魚。これで暫くは大丈夫」
天に手を合わせたいと思ったのはいつだったかな〜?
魚、丸ごと冷凍するんだな。
「一つ質問いいか?」
「…良いよ」
「どうやって食うんだ?」
「少し解凍してきてから食べる?かな」
「………」
やっぱ雪姫は予想を裏切らない妖怪だ。
2日が経過した。
その間、俺は雪姫とかまくらの中で暇潰しをした。閉じ込められた俺らは、幸いにも空腹で困ることがない。救出されるまでを待たないとならず、話す以外にやることが見つからねえ。
「後どれぐらいで来るんだろうな?流石に二人きりは懲りてくるんだが」
精神的に参ってしまっている。
「大丈夫。化け狐ならもう少しで来ると思う」
「なあ、いい加減に來嘛羅をそう呼ぶのはやめてくれねえか?」
「どうして?」
「なんか…その言い方にムカつくって言うのか…。好きになった人が馬鹿にされている気がして嫌なんだよ」
好きな人が酷いあだ名で呼ばれるとイラッとする。初恋相手を馬鹿にされるような屈辱感を感じてならないんだよな。
「ごめんなさい。でも、私は名前で呼びたくない。どうしても…」
「駄目かぁ…。だけど、あんまり嫌な言い方はしないでくれよ?雪姫が何を思うのかは知らねえが、俺も怒る時はあるからな?」
「…善処する」
「絶対無理だろ?まあ、それが雪姫なりの優しさなんだろうな」
雪姫は本当に來嘛羅を邪険にするけど、その理由は攫ったことを恨んでるのか?そしたら根に持ち過ぎだろ。
「でもそっか。幸助は化け狐に懸想してるのね?」
「ああ…。俺は絶対に会えねえ人と会えて嬉しかったんだ。心臓が飛び出してくるぐらいの衝撃とあり得ない衝動があってはっきりできた。俺は九尾狐である來嘛羅が好きだって」
「…そう」
雪姫がなんとも言えない表情を浮かべた。
しかし、それは一瞬しか確認できなかった。表情を冷たくし、雪姫は聞いてきた。
「幸助。もしも……幸助が化け狐に愛想尽かされたら、あなたはどうする?」
「え……」
突然の問いに思わず口が開いた。
「九尾狐の伝承を知ってるのは幸助だけじゃない。私も知ってる。化け狐はあなたを虜にしようと目論んでる。悪く言うかもしれないけど、あなたは異性として見られてはいないと思う。本当に見ているのはあなたじゃないと思う」
俺はそんな事は知っていた。
九尾狐の能力において最も恐ろしいのが、相手が一番好む外見や性格、言動を持つ姿に変えられるというものが伝承に記載されている。相手を虜にするにあたり、どんな姿にも美貌にもなれる。子供にも老婆にも、なんなら絶世の美女にすら変化できる。口調も性格も自由自在だ。
要するに、今の來嘛羅は俺が望んだ想像人物として接してくれているのだ。俺が九尾狐という妖怪に恋したから素の姿で現れ、俺が望んだ通りの妖怪として接してくれる。
外見、性格、言動、色気、笑み、強さ、感情、表現、好意の全ては俺が思っていた九尾狐そのものだ。
俺が好んでいた九尾狐を、來嘛羅が演じているというわけと雪姫は言いたいのだ。
俺が好意を向けているのは來嘛羅であって、俺が本当に好意を向けたい九尾狐ではない。
俺が好きになったのは、理想じゃなくて素の九尾狐だ。
国を滅亡へ傾け、多くの人間を食らい、男性を虜にする絶世の美女を持つ美貌。
だが、そんな人間界の大罪を犯しても尚、九尾狐の本音は誰も知らない。
俺はそんな妖怪の本音を知りたい。
だからこそ、雪姫の愚問を無視はできなかった。
愛想尽かされたらどうなるのか。そんなこと、頭の隅にすら入れてなかった。
「俺は…っ」
好きな人に拒まれる。それはあって欲しくない。
拒まれるくらいなら、來嘛羅に食われたい。
「幸助、これはあなたの問題でもある。私は幸助になに不自由なく生きて欲しいの。妖界は生き辛く、これからあなたは妖都の崩壊の起因を引き起こした人物として処罰を受けるかもしれない。その時、化け狐は幸助に罪を着せるかもしれない。それでも、幸助は化け狐を信じていられる?」
「頼む…。その話は、やめてくれ…」
俺は頭を抱える。酷い心情だ。
この世界はルールに厳しい。妖都が壊滅した事実は取り上げられるだろう。そうなれば、俺は人間だから処罰されるのは確実だと言う。
信じたくなかった事実を告げられ、俺はさっきまでの心持ちでいられなかった。
「駄目。人の子は重い罪を科されてしまう。妖都に住む日本伝承の妖怪が集い、あなたは裁きを受けてしまう……。一度だけ、見たことがある。妖怪を理由なく殺した人間が地獄に堕とされた。秋水という人の子は多分、もう…」
雪姫は俺を抱きしめて震え声で言う。
俺はその震えに恐怖する。
雪姫は俺が消えるのを心配する理由が分かった。
俺が一番理解できていなかった。雪姫は俺が消えることを本当に怯えているんだ。
死より怖いものを初めて理解した。
俺は雪姫の恐怖が移ったみたいに口を震わす。
俺が一番手放したくなくて、当たり前だと思っていたことを………。
「なあ雪姫。俺、どうなっちまうんだ?俺…來嘛羅が好きだし、あんたも凄い好きなんだ。なのに、こんな理不尽なルールで別れるのは嫌だ!もっと一緒に居たい。居たいんだよ!頼む…助けてくれ‼︎」
俺は別れに恐怖した。
雪姫との半年という短くとも充実した日常。來嘛羅との一時がこの世界のルールで消えてしまう。俺は泣きそうになる。
そんな俺を雪姫は優しく母親のように包み込み、頭を撫でてくれた。
「大丈夫、幸助。私はずっといる。あなたがどうなろうと、私はあなたに付き添う。幸助が死ぬのなら、混妖の私は一緒に死んで記憶を全て消す。幸助が地獄に行くのなら、私も一緒に行く。幸助を決して寂しい思いはさせない。あなたを一人にしないから」
初めて雪姫の温もりを感じた。
冷たい肌の筈なのに、その手は温かく、全てを許してくれるような手触りだった。
俺は雪姫の有り難さに心が解かされ、心から溢れ出る感情が止まらなくなっていた。
「わぁぁぁうわぁー‼︎」
感情任せに絞り出して泣いた。
俺は漸く、何かが報われたと感じられた。
俺の中をせき止めていた感情のダムが崩壊した。流れ切るまで勢いは止まらず、ダムは空になるまで時間を要した。
今まで恐怖で泣いたことがなかった俺は泣いた。
1時間泣いたのだろうか。落ち着いた途端、幸助は疲れで寝てしまった。雪姫は自分の体で幸助を支える。
「幸助……。あなたは私を最初に救ってくれた。名前をくれて加護も与えられた。私にとっての救いは幸助なの。嘘言ってごめんなさい。もう私は幸助に追い抜かれちゃった。名前、加護、襲来、悟美、妖怪を救って5回もある。私は天邪鬼、化け狐、今の3回しかない。あの女と妖狐は……そうね、幸助にとっては助けられたとは思えない」
雪姫は幸助に本当の数を教えなかった。本当は、幸助に救われた数が多いことを隠していた。
來嘛羅がいる前で本音は晒せなかったのもあるが、幸助の気を緩めないということで敢えて嘘を吐いた。
そして、幸助へのご褒美に決心したのだ。抱きしめ、頬を幸助の顔に近付ける。
「大丈夫。私は幸助が何処へ行こうとも付いて行くね。私の心も魂も全て、幸助と一緒に居てあげる。私は幸助が好き。だから……」
眠る幸助に優しくキスをする。愛憐を込め、雪姫は静かに呟く。
「絶対に諦めないでね幸助。あなたの未来、ちゃんと守ってあげるから」
シリウスの目は諦めない意思を宿す。
それを合図するように、雪玉が宙に浮いたと雪姫は気付く。
浮いた直後、來嘛羅の妖術で雪玉は綺麗に溶ける。來嘛羅が真剣な表情で出迎えた。
「其方、覚悟は良いか?」
雪姫は目を閉じ頷く。再び目を開き、強い眼差しで訴える。
「うん、私は幸助に付く。あなたの力を貸して欲しい。“妖怪裁判”で化け狐の嘘偽りのない証言が必要。お願い、幸助を救うなら手を貸して!」
來嘛羅は雪姫の意思を聞き、深く頷いた。
「良かろう!幸助殿は妾が導いた人の子じゃ。妾の名に賭けて、幸助殿の処遇に異を唱えてやろう!」
不変でつまらない妖界に大きな動きが始まった。
『來嘛羅』、『雪姫』、『松下幸助』という名は広がり、妖界全土で大きく動かなかった妖怪達が目覚めた。まるで、永遠の眠りから目覚めたかのように……。
退屈な格差社会に釘を刺すような來嘛羅の行動を賛否する者。
本性を表し、自由気ままに暴れ始める者。
自分の意思が正しいと判断し断罪を与えていく者。
人間を尊重し、手を貸す者。
人間同士と妖怪同士が協力し、団結力を高める者。
皆、それぞれ思うことがあったのだろう。他種族を否定することに頭を抱えていたのだ。
來嘛羅は合図をしたのだ。
人間と妖怪の隔絶した関係を崩すべく、長い時を待った彼女は崩壊を引き起こした。
均衡が崩れる音が各地で響く。
それは來嘛羅が望んだ結果だった。




