三話 雪姫
少し遅れてしまいましたがお久しぶりです。お久しぶりと言うか、こちらのみの方がいればなんですが。
週に一話か二話ほど投稿できればいいと思っておりますので、気長に待っていてください。
雪女は落ち着いた様子で、今まで見てきたことを語ってくれた。
先ずは、彼女の身近な変化についてだった。
「私の派生で生まれた『雪降り婆』や『ユキオナゴ』はもう純妖になって、今は妖都に遊びに行ったきり。連絡は出来なくなったけど…」
懐かしむわけではなく、少し寂しい目をしていた。
「雪女の親戚かぁ〜⁉︎ちょっと会いたくなってきたな!」
「少し違うけど……そう言うのだなんて、あなた変わった人の子ね」
「そうか?俺は全部の妖怪に会ってみたいんだよな!その妖都っていう場所、一緒に行こうぜ」
俺が暢気に聞くと、雪女の表情は暗く険しくなった。
「そう……この世界で生きれる保証なんてないのに」
否定するように雪女が虐げるように呟いた。
「え……?」
俺が驚くと、彼女は俺に顔を近付ける。
「私は妖都に一度行ったことがある。70年前にね。だけど、そこに居た人の子は妖怪と仲良くしていた様子はなかった。それどころか、人の子が妖怪に食べられている光景をこの目で見た」
その一言で、俺は妖都がどんな場所なのかを想像してみた。
人を食い散らかす都市で、常に命の危険に脅かされている恐ろしい危険地帯。
「嘘だろ?それは流石に……え?ホントなのか…?」
「……嘘は言っていない。実際、石妖が人の子を誘惑して生気を食らっていた。疲れに侵された弱みに漬け込んでそのまま…」
「あ、あぁ…石妖か。ちょっとそれは分かるな」
『石妖』は美女で働く人を労る妖怪であるが、それは仮面を被っての演技。本当は人の生気や私物をこっそり奪う恐ろしい妖怪だ。
「……知ってるのね?」
「まあそいつはよく知ってる」
「…私より?」
何の質問なのか、曖昧な質問された。
「ん?いや?」
「そう…」
俺がはっきり答えないのが嫌なのか、彼女は不満な表情を僅かにした気がする。
雪女って謎が多い妖怪で、ミステリアスな要素が魅力的だが、こうして接すると、妙に人間らしい部分が所々見えてくる。
感情の起伏は小さいが、何処か人間味を感じる言動。
「で?あまり聞きたくないが、石妖はどうした?まさか…殺めたとかじゃねえだろうな?」
俺は彼女に質問した。質問したくはなかったが、この人ならやりかねないという不安がある。
少し間があったが、彼女は当然の答えを吐いた。
「私の目の前で人の子が襲われていた。だから仕方がなく凍らせた」
「っ……やったんだな…?」
無表情で俺を見つめる罪悪感のない表情が、また怖さを引き立てる。
「仕方がないもの。私は妖怪であっても混妖。人の子に情が湧くのは当たり前。仮に、純妖だったら見放していたに違いない。それが怖かった……。だからこの手で……」
「そうだったのか。そういうのがあったから、この町に迷い込んだ人間を助けようとしたのか?」
純妖を嫌う理由。雪女が純妖を心底から拒絶する訳がそこにあった。
表情を変えず、俺から目を逸らさずに真っ直ぐ見てくる。
「純妖の脅威から人を守りたい。その為には、私は強くあるべきであると決心した。この身がどうなろうと、あの女に呪いを掛けられても抗ってみせると…!」
しかし、何か思い出したのか、その表情に僅かな悔しさのような顔が一瞬浮かんで見えた。
「呪い?何のことだ?」
「……あなたに話すことじゃない。私の戯言だったことにして」
「分かった。あんたがそう言うなら忘れるさ」
どうやら、俺に隠し事はまだあるようだ。
ま、そもそも今日初対面で全て吐き出す方が無理があるだろう。
俺がそう言い切ると、表情が少し和らいだ。
「それなら良かった。……いずれ話せたら話してあげる」
「信用…してくれるのか?」
「うん…あなたは変わった人。だけど、心が清らかで隠し事はしたくはない。でも、今はあなたに聞かせてあげる権利がない」
余程のことなのだろう。これからの生活で話してくれるといいんだが……って⁉︎俺は何一緒に住もうと思ってんだ⁉︎
余計なことを考えると、つい、アホな考えに走っちまう。
まだ住むとは……。いや、多分住まないといけないんだろう。
その理由は、俺という人間の非力さなのだから。
「それはいい。俺もその件は聞くつもりはない。だが、これだけは教えてくれ。あんたが人間を守ろうとした奴らの末路を」
「っ‼︎……そうね」
初めて動揺した雪女。その驚き方は彼女の記憶でも思い出したくないものだと理解している。
雪女は妖怪を嫌う。本当に俺と相対的な思想だ。
「聞かせてくれ!」
彼女の口から聞かなければ意味がない。
俺はこの世界の何を知りたいのか?はっきりした目的や情報はない。それでも、目の前の彼女の記憶と情報が今知りたいことなのだ。
俺を信じてくれている節はあるが、まだ心許されていない。
しかし、彼女は俺に包み隠さずに自分の話を始めた。
「石妖を凍らした後、生気が奪われた人の子を保護した。そして、この家へ招いた後……治療の垣間もなく死んだ」
「うっ……!」
思わず息が詰まる。
そんな俺の反応を気にせず、淡々と語る。
「殺された人の子は最期にこう言った。『自分のような人間を守ってくれ』…と。だからその意思を尊重し、私は純妖になることを一度は決心しようとした」
他の妖怪が純妖になっていき、自分もなるべきだと何度も悩んだ。
力を得れば『雪女』としての格が上がり、他の人間を救える。実に強者へなろうとする理由には、悩み抜いた結論がある。
だが、彼女の意思を邪魔する原因があった。
「あなたが来る前、私は30人の人の子を保護しようとした。老若男女問わず、私は迷い込んだ人を此処へ招こうとした」
事実、雪女は500年以上前より、妖怪として生まれた。
妖界に舞い降りた雪女は、混妖として生きることを望んでいた。
他の妖怪が純妖を欲しさに混妖から純妖へと進化したのを幾度なく見てきた。
しかし、そこで地獄というものを見た。
人間が純妖に食い殺されたのだ。
混妖は人を食べない。これは混妖の特質の一つであり、人間を食らうことはできない種族として定められている。
だが、純妖になればその定めから除外される。
純妖にとって、人間など自身の糧としか見ないのが基本なのだ。
人間が好きな雪女にとって、人を食べるなど言度道断。
事実を知った雪女は純妖になることを拒んだ。そして、妖界に迷い込んだ人間を助ける道を選ぶ。
人間を助けても、助けた人間に恐れられて逃げられることは多々あり、逃げた者は全員、純妖に殺された。
理不尽な態度を取られ続けも尚、雪女は、それでも手を差し伸べたとか……。
「最悪だな…。雪女が助けを差し伸べているのに拒むとかねえな」
俺は雪女の話を聞いて怒りを覚えた。
「うん、酷いものね。でも、私は混妖でも所詮は、妖怪。人の子はあやかしを恐れ、未知な恐怖に逃げ出してしまう。人間は傲慢だし、臆病でもあるから可哀想」
率直に思ったことを口にする。
「妖怪の何が怖いんだろうな?助けてくれたら感謝するのが普通だろ。妖怪だからって無礼なことをするだなんて、人でもできるのかって!差し伸べた手を振り解くとか、俺は絶対にしねえな。死んだ際にある人に助けて貰った。死んでも俺の道を選ばせて貰い、この世界に渡り歩いてきたんだ」
俺の話に食い付くように、雪女が聞いてくる。
「死んだ?迷い人じゃなくて?」
「そうだ。俺はトラックに轢かれてこっちに来たわけだが…」
「トラック…?馬車に轢かれたの?」
「ちがっ…まあ、一応そうで合ってる」
雪女の目からは、夢見るように潤んだ光が宿っている。
「そう……。じゃあ私と同じね」
それは同情であるが、同時に嬉し涙である。
「どういうことだ?あんたは妖怪なんだろ」
「頭が固いのね?雪女の伝承を知っているなら分かるはず」
僅かに雪女の表情が緩んだ気がする。
「死んだ者同士ってことか?」
「もう少し単純。私は死んで妖怪として妖界を生きてる。あなたは死んで妖界に辿り着いた。私とあなたは人としては一度死んだの」
なかなか興味深い考えだな。
「俺はトラックで死んで、雪女は昔、人としては死んだ。言い方悪いけど、俺達は妖怪っていうかより幽霊だな⁉︎」
「ユフフフ、あなたは凄く面白い人。死んで妖界に来たのは、あなたが初めて」
「だな!あっははは‼︎」
死んだのに面白く感じた。
面白いじゃない。妖怪と気持ちを分かち合えるっていうのが楽しいんだ。
意外だな。五百年以上生きてるなら、俺みたいな奴と会うことがあると思ったんだが。
「俺が初めてなのか?この世界じゃ、死人は珍しくもなさそうだかな。俺が初めてとか運良過ぎないか?」
「積極的な思考なのね?話してて、とても心地が良い」
「そこはポジティブ思考って言ってくれると助かる」
「人間の子って不思議ね。怯えるばかりだと思えば、こうやって上向きで生きようとする。こんな人間がいれば、私も苦労はしなかった」
やっと本音が出たみたいだ。
話してるとボロは出ると聞いたが、本音は隠し切れるものじゃないな。
「やっぱり苦労してるじゃねえかよ。無理し過ぎ」
「っ……」
雪女が悔しそうに睨みつけてくるが、そこは笑って見せつけた。
「苦労しないで過ごすのは無理な話だが、誰かと協力すれば楽しく過ごせるんじゃねえのか?雪女はさ、なんで一人で助けようとしてんだ?誰かと組まないのか?」
雪女は凄く嫌な顔を浮かべる。更に睨みつけられた。
「言ったはず。純妖は馴れ合いが難しいの。混妖には協力は呼びかけた。けど、全て断られた」
どうやら、雪女自体に問題があるなこれは。
「その態度とかじゃねえのか?」
「…態度?」
「当たり前だろ?俺からしたら、その態度が一番原因だと思うぜ。冷たいし、死装束だし、部屋に連れ込むし、気遣いが怖いし、俺との初対面で刀を首に突きつけてくるとか、普通に可笑しいだろ」
半分は嫌味。俺だって妖怪とはいえ、そんな可笑しい妖怪とは思わなかった。
天邪鬼が可愛いくらい素直と思えるぐらい。
「そう…。私って、そんな風に」
「無自覚…なのかよ⁉︎」
「妖怪だから怖がられているだけかと…」
うわぁ…。雪女って分からず屋なのか?
外見は予想通りだが、内面は全く違うんだな。
この世界も人間味がありそう……。
俺は改めて、この世界に来た経緯を理解して貰うために、無名と会ったことを話した。
「妖界に降りる際、その無名っていう妖怪に助けられなのね?」
「はい、無名という少女に救われました。そのお陰でほら、この通り」
持っている武器や道具を見せた。それを見て、雪女はボソッと呟く。
「良い巡り合いね。その妖怪、相当あなたに惚れ込んだのね」
「い、いえ…俺は告白してきた無名を振ってしまったんだ。折角好きな妖怪からの告白を俺は断ってしまったんです」
「妖怪が好きなんて面白い人の子ね。私達に恐れないのもそういう理由?」
揶揄われているようでむず痒い。
「悪いかよ、昔から妖怪が好きなんだよ俺は…」
「そっか…じゃあ一番好きな妖怪は?」
俺の思考が止まる。
あれ…?なんかヤバい質問をされている気がするんだが……。
「言わないといけないの。か?」
「言って。大丈夫、私が聞いてあげるから」
俺の答えを待っている。言ったら……不味いよな。
一見、気軽に答えられそうな質問であるが、俺には地獄でしかない。
雪女のあの凍結はヤバかった。
もし、雪女ではないと言えばどうなる?
俺が凍らされそう……。
ヤバいな、思考がだんだん怪しくなってきやがった。
「どうしたの?私に言って」
声が怖い。口調自体が冷たい。
「俺、嘘が言えねえんだよな…」
俺は妖怪が好きだ。
なのに、俺の好きな人は雪女じゃないんだ。
ラブじゃなくてライクだ。
そんなこと誤魔化して言うのは、最低な奴だから。
「想い続けている妖怪がいるんだ。ごめん、俺雪女に恋愛感情は…」
口が震えて発声できない。今日救ってくれた雪女に殺されるんじゃないかって、初めて身の中で針を刺されたような刺激を感じた。視線や圧とかじゃない。
心の底からくる刺激が強くなってくる。
「……愛してるってわけじゃない。だけど、妖怪の中でも三本指に入るぐらいは好きだ」
でも、恐怖が収まってくる。
雪女が更に可愛く見えるようになったからだ。
「ありがとう。えっと……」
口元に袖を当て、雪女は長い間じっと目を閉じて考える。何か思うところがある仕草を見せる。
怒ってはないみたいで安心した。
雪女は口をゆっくり開く。
「人の子、名はなんと言う?」
「俺は松下幸助。上が松下、下が幸助だ」
「幸せを掴み、他者を助ける。そんな親の願いが込められた名前ね。人間の子…幸助は良い名を授かったみたいね」
俺の名前に興味を示したのか、頬を静かに赤くして反復し始めた。
そこで、俺はふと思ったことを聞いてみる。
「雪女って、名前あるんですか?」
反復していた雪女は口を止める。
「雪女っていう名があるけど?」
「そういうのではないんだけど…。本当の名前はあるのでは?例えばカナエとかユキナとかって感じでさ?」
元人間ならその名前を持っていると思うんだけどな。
雪女は首を傾げて言い切る。
「名は憶えてない。というか、雪女になった時点で名は破棄されたが正しいね。呼び名がそのまま名前として定着したみたい」
「可笑しいな。何かで呼ばれてもたいと思ったんだが…。その雪女っていう呼び方は人を呼んでいる感じがしないな。本当に名前、憶えてないのか…」
名称で名前呼びされるのは嫌な妖怪もいるだろう。俺だって、名称で呼ばれるのは嫌だな。
俺は、ある事を閃く。
「何か、欲しい名前とかってありますか?」
それを聞いて、雪女は体全体が震撼した。冷たい表情が発露する。
「……はああっ⁉︎あなたは何可笑しな事を仰るんだ⁉︎雪女である私に名は不要だというのに、あなたは間抜けか?そ、そう間抜けよ間抜けね‼︎」
初めて感情らしい言動で、かなりテンパっていた。赤面して先ほどの冷たさが微塵も感じない。
この雪女っていう人が演技していたのかと思ってしまうほど、彼女の動揺から垣間見えた。
「俺は毎回雪女って言うのが嫌なんだ。なんか、余計にそんな呼び名で呼んで声を掛けるのが恥ずかしいってわけで」
「それにしても突発的な発言をするな幸助。私は雪女で良い!そんな贅沢など……」
「本当は呼ばれたいのでは?ちゃんとした自分の名前を?呼ばれたい筈です。お願いです、俺に呼ばせて下さい!」
俺は必死に呼びたいとお願いした。
数十分粘り、俺は粘りに粘った。
「うっ…好きに呼べ」
俺は初めて妖怪を説き伏せられた。心の中でガッツポーズをし、名前を考えてあげる。
雪女は言い辛いし、雪がないんじゃあ雪女って分からない。その要素は残した方が彼女も納得する筈。
俺は雪女ゆきおんなに名前を考え、名前を呼ぶ。
「『雪姫』。貴女の名前を呼ぶ時は、これで良いですか?」
「……雪姫」
「雪姫で……大丈夫でしたか?」
俺は内心ヒヤヒヤしている。名前を呼び、彼女は小さく呟くだけで、俺の目を見てくれない。なんか、ワナワナと身を震わせている。
「雪姫……雪姫…雪姫ね。私に名前を付けてた幸助…」
「うっ…な、なんだよ⁉︎」
俺にゆっくり顔を向ける。その表情は……。
「名を付けてくれた御礼、私はあなたに、私の加護を授けましょう」
そこにあったのは、感謝を込めた愛しみのある綺麗な顔だった。
嫣然一笑。名を呼ばれた彼女の表情は笑顔だった。その瞳は、幸助にしっかり向けられて、彼そのものに感謝をしていた。
自分の『雪女』としての加護を授け、幸助を自分の庇護下へ置く。
妖怪の庇護下へ置かれた人間は、その庇護する者によって大きな加護を授かり、その身を妖界に存在する妖怪から守護する働きが機能する。
加護を授ける行為は、この世界において重き契約となり、庇護下になった人間を他の妖怪が命を奪う行為は通常禁じられている。
人間が生きる上で必要なのは妖怪による加護なのだ。
それがなければ、この妖界で過ごす事は出来ず、加護された人間は妖怪と同じ立場となる。
本来、加護は容易く授ける事は出来ず、情念をその庇護する人間に抱いていなければ行う事が不可能なのだ。
名を授けてくれた幸助に対し、雪姫は彼から愛を貰った。名を付ける、その行為は赤子に命名するのと同じ行為。
愛してくれる人間存在から貰う名は、かけがえのない宝ものなのである。
雪女が名を貰った。この情報は瞬く間に妖怪達に知らされた。
情報は拡散され、純妖・混妖・人間の間で有名となった。名を授ける又は呼ぶ行為は、例を見ないからだ。
その情報を受け取った1人の妖怪は、庇護下に入った彼に目を付けた。
それは偶然にも、彼が心底惚れ込んでいる妖怪だった。