三十八話 意外過ぎる共闘
本来の『妖界放浪記』の二章部分も入れております。40話に裁判となって最終となります。
俺は秋水を倒すために走った。
雪姫が俺を先に行かせてくれた。あいつなら俺の背中を押してくれるに違いない。そう思いながら秋水がいるであろう所へ走りをやめない。
今回の元凶である奴を倒すのなら、俺は妖怪の味方になると言った。雪姫と來嘛羅、烏天狗達に応えてやると言ったんだ。俺がここで終止符を打たねえと、また秋水の奴が妖怪を支配して……。
ここまで屑だと思ったことがないな。
妖怪は人間だ。人間も妖怪なんだ。どちらでもある両者を一方的な価値で見下す野郎は反吐が出る。
俺は一人優雅に気色悪い椅子に座っている秋水を見つけた。
「おい。てめぇだな?」
俺はキレ気味で話しかけた。今すぐにでも倒したい一心が湧き上がってくるし、こいつが好き勝手にしてやがるのがたまらなくムカつく。
「…なるほどな?これは面白いヤツが来たな。閻魔のヤツ、オレ様にコイツを殺させるために武器をくれたのか…フハハハ‼︎」
秋水は椅子に座ったまま嘲笑う。閻魔大王に縁のあるということは、加護もそれなりのものを受けているのだろう。
「黙れよ!何が可笑しい⁉︎なあ、てめぇがやってきたことを俺は許さねえ!妖怪を全員解放して詫びを入れろ。さもねえと…」
感情的になってしまう。そんな俺に対し、秋水は態度を改めることなどない。
「はは〜ん?オレ様を殺すっていうか?ガキが冗談を言いやがって。てか、こんなヤツに閻魔は怯えてやがったのか?だとしたら想定外だわ。オマエ、弱い超能力しか持ってないんだっけな?分華と九華から聞いたな。名前を付けるのが得意なんだろ?是非ともオレに名前付けてみろよ?立派にな?ハハハッ!こりゃあ受けるぜ!」
俺がそんなに格下と見られているんだな。
こいつ、俺の嫌いなタイプだぜ。
「なあ秋水。俺と正々堂々と勝負しろ」
「堂々と戦えってか?」
「そうだ!俺の能力が弱えと吼えるならな!俺は珍しく妖術が使えるんだ。てめぇが能力使うなら、俺は妖術で挑んでやる。ただし、俺は手加減なんかしねえぜ?」
「ああいいぞ。オレの超能力は最強だ。テメェーのようなクソガキに使うのが勿体ねえぐらいだがな」
俺の挑発に乗ってくれたようだな。
ただ、こいつは約束破るタイプだから、平気に破るだろうな。
待ってろよ。俺が妖怪を救ってやる。死んでも好きな奴のために成し遂げてやる‼︎
俺は刀剣を引き抜く。
「無名……俺に力を貸してくれ。あんたらの積年の恨みをこの剣に宿れ」
「カッコつけか?そんな呪文みたいな口で宿るわけがないだろ」
「あんた、俺みたいなタイプ見たことがねえだろ?だったら思い知らせてやるよ。妖怪は俺らと同じ。あんたはそれを知らずに支配した」
「だったらなんだ?オレ様が妖怪を無碍に扱って何が悪い?人間様が伝承など書き記さなければ生まれなかった架空の存在に情けをかける道理はないな」
「架空の存在としか見れねえあんたが可哀想だぜ。無名や來嘛羅が言ってた。俺らが知らねえところで妖怪は現世に来てんだとよ!俺はその事実を知って嬉しかったぜ」
「自惚れもいいところだ。所詮は英雄気取りってワケか?」
「英雄になるとかはねえな。俺はただ救いたいから妖怪に加担する。着物女や双子姉弟、貞信っていう奴らは、雪姫達が倒しているだろうぜ?」
「他人を信用していいのか?テメェーはこの世界の恐怖を知らない。人間も妖怪も蓋を開けてみれば自分勝手ばかり。オレ様だってそうだろうし、テメェもそうだ」
「勝手はあんただろうが!人も妖怪も尊厳を奪って何が楽しいんだ‼︎何がしてえんだ⁉︎」
そろそろ限界だ。俺の沸点が超えそうだ。
「オレ様が妖怪の王になって使える奴と使えねえ奴で選別された世界を作るつもりだ。強えヤツが偉くなって、弱えヤツはひれ伏すそんな世界で君臨してみてえんだよ!妖怪は使えねえ下等生物として支配してやるがな!フハハハッハッハッハ‼︎」
気色悪い奴なんだなこいつは。こんな虐げるような人格を持つ人間がこの世界の妖怪を侮辱していることが分かってくると…。
「それがてめぇの夢ってわけだな?だったら俺とは反するクソ野郎だ!妖怪は縛られない生き物だ。人間もな?王様気分の支配で土足で入るような真似をするな‼︎」
自分の意思と呼応するというなら、俺の妖怪への愛も意思として認識してくれる筈だ。
俺の刀剣は光り輝く。しかし、今回の色は全くの異質。
「オレ様を倒せねえ。倒したとしても誰も認めねえよ。気を変えるとかなら検討してやんよ。閻魔は殺せと言ったが、生憎人間のオマエは殺そうとはあんま湧かなかったな。でも、従わねえなら容赦しない」
「どうでもいいな、そんなもん。俺が欲しいのは好きな妖怪に好かれることだ。そのためだったら、あんたは妖怪の敵として排除してやる」
色は俺の怒りと妖怪の怒りが混ざったように、漆黒の黒刀のような禍々しさが憑依した。
この場に集う妖怪の怨念が宿ったみたいだ。俺がそれを感じ、刀剣に意思をそのまま流し込んだのだ。
來嘛羅との特訓のお陰だ。空気中と地中の妖力を刀剣に集約させ、最高の一振りにできるようにさせて貰ったからな。
「……訂正してやろう。閻魔が警戒するワケ、なんとなく分かったな。苦しんで貰う必要性を感じた」
秋水は俺の評価をあげたようだ。それに伴い、秋水も剣を抜いた。その刀身は地獄の業火の如く、黒炎が揺らめく。
「その力、てめぇが言っていた閻魔大王か?」
「そうだ。妖怪は地獄を司る悪魔そのものだ!オレ様がこの力で永劫苦しめるように手施ししてやるよ。かかってこいよ、この命知らずのガキが」
俺は体内の生気を激らせ、身体能力を高める。
「人間の力と妖怪の力、どっちが強えか思い知らせてやる‼︎」
俺は全ての力を使って秋水に勝負を挑んだ。
俺は秋水との対峙を果たし、今は倒すために刀剣を振るった。
「チッ、ガキがよく動きやがる」
俺を睨みつけてくる秋水。俺は秋水の持つ剣に凄い殺意を感じた。
いや、触れたら一発でアウトだ。
怨念とも言うべきか、それともなんかの力が働いているのか。とりあえず、食らったらヤバいしか感じられねえ。
そのせいか、さっきから攻撃に遅れをとっていた。
呪いそのものを帯びた剣が怖いと感じていた。
手に汗が滲む。喉が絞めつけられる苦しさで咽せる。それをなんとか押さえながら戦う。
俺の手が多少痺れるのは、恐らく呪いによる麻痺がそうさせているんだろう。手のひらと指に力が入らない。
「呪剣っと言ったところだろ?俺の手がさっきから凄え痺れるんだよ」
「だろうな。オレ様の呪剣は触れた相手に状態異常をもたらす優れものだ。テメェ如きに使うのは勿体ねえがな」
得意げに能力を教えてくれた。
だが、まだ俺は本気を出せてねえ。
違う…。俺は本気でこんな奴を殺そうとは思っていなかったみたいだ。情が命取りになるのに。
俺が変な感性が残るから本気が出せない。
なら、俺は思考を変え、こいつが悪だと思えば。
こいつが死んだとしても悲しむ奴はいないと思えば……。
やっぱ殺した方が救われる奴多いよな?
俺の中で恐怖が消える。
「やっぱ、あんた自体をぶった斬るしかねえな!」
俺は妖術を行使する。雪姫の妖術がなんで使えるのかは、俺にも分からない。理解というかより、俺自身が元から使えると思った。だから使えたと思えなくもない。
だが、理屈が通じるほどの世界でないともう知った。
ならいいや。俺は思い通りに名を呼べばいいんだ。
妖怪に名付けできたのなら、《名》は他のものにも付与できるはずだ。九華や悟美の時に散々使えたんだ。
今回も頼むぜ‼︎
俺はイメージして生気を滾らせる……。
「集中…俺は雪姫のように強い精神……來嘛羅に匹敵する志しと威厳……悟美のような戦闘力。あれは見習いたいものだ」
刀剣に俺自身の生気を取り込ませ、全身から妖怪が発する妖気を発する。
俺から溢れる妖気は空間に広まり、俺の意図で妖気が形を変える。
「なんだ?気色悪いな」
「だろ?俺は妖術を使えるってな。見てろよ?」
俺が全身を力ませると空気中に散布された妖気が氷瀑する。
空気中に散布された俺の妖気は、俺の生気を加護の変換に発生する原理の逆をしたもの。通常、妖力を生気に変換し体内に取り込む。
來嘛羅が教えてくれた加護の原理の逆が出来るのではと思い、俺は体内にある生気を体外に放出する事で妖力や妖気に出来る術を雪姫の妖術から真似て開発した。
これが結構苦労したんだ。なんせ、下手したら枯渇寸前になる大量消費を伴う大技なんだから。
妖気が爆発を起こし、氷結と爆撃を併せ持った凶器爆弾と化す。
秋水の体も無事では済まない。尚、俺は雪姫の力が使える影響でダメージがない。
「ぐっ…やってくれたなぁっー⁉︎」
「初見殺しなもんでな。これ以上は時間を掛けられないぜ!」
俺は正面から大袈裟に突っ込んでいく。
秋水が俺を見て動きを変えやがった。剣から異能に変更した。
俺の目には見えないが、心眼に近い『未来視』が知らせてくれる。
刀剣に意思を込め、万全な心意気で集中する。
『未来視』。俺は雪姫と來嘛羅の勝負、悟美との戦いでこの力を認識した。相手が何をしてくるか、どんな攻撃が襲ってくるかが視える。
「てめぇ、やっぱ着物女の異能を使いやがるな⁉︎」
俺の目にはっきり視える。不可視だと思った幽霊の無数の手が襲ってくる。刀剣に意思を込める。
「幻影打破‼︎」
視えない手は幻。なら、幻を斬ればいい。俺を触れるなら俺も触れる筈だからな!
刀身に意思を具現化させ、斬れない手を斬る。
「雰囲気が変わったな…。やはり殺すべきだな」
秋水は幸助の雰囲気が変わったことに気付く。
異能《王》を発動し、《幽霊》を行使。
秋水の異能は駒として支配した人間及び妖怪の力をそのまま扱うことが可能。相手を屈服させるまたは最初から下として見下す妖怪を支配することで、他者に宿る異能または妖術を扱う事が可能。
多くの妖怪と人間を場所を分け、その力が知られないように妖都と宵河に隔離していた。
支配した者が死亡していなければ、死ぬまで力を行使することを強制できる。
文字通りの駒として最後まで有効活用する異能なのである。
雪姫に凍結させられた名妓は死んではいない。よって、異能の行使が可能なのだ。同等に分華と九華の異能も発動できるのだ。
《幽霊》を発動し、不可視化の腕に幸助を襲わせる。
しかし、幸助が異常な動きを見せ始めた。視えない筈の腕を斬り落とし、その攻撃そのものを視ているようだった。
(俺でも手こずる相手だぞ?こんなガキに視える筈が…)
完全に下と見下した相手が予測不可な攻撃に対応することに嫌な気分になる。
《幽霊》を一度突破しているからこそ、初見で無ければ見抜けるのだ。幸助は集中させることで先を視る。それを知らない秋水では、幸助の行動を理解できない。
「ガキ、テメェーはオレ様を舐めてやがる。異能は他に使えるんだよ!」
手を合わせる。肺を膨らませ、九華の《忍法》を行使する。
「火遁:赤兎馬!」
兎と馬の動物型の炎を口から吐き出す。
「おいおい、動物の形を模ったやつかよ」
幸助は気合を入れて振り回す。水のように刀剣が透き通り、螺旋を描くように掻き消していく。
「水流旋盤‼︎」
振り回した刀身が加速し、その勢いで秋水に突撃する。
幸助の行動は秋水には力任せに見える。子供らしい突進方法で、まるで死に怯えていない。
それが愚かに見えた。
秋水は変則に幸助に走り出す。
幸助は警戒し、刀剣で秋水の動きを封じようとする。しかし、秋水は妖怪を支配下に置いているため、その妖力で肉体を活性化させ、本来の身体能力の十倍で動く。
「狡っ‼︎てめぇやっぱ妖怪の力も使えるのかよ⁉︎」
「フハハハ!オレ様の力は支配なんだよ!触れたらアウトだぜ?」
幸助は秋水の腕を狙い刀剣を振る。しかし、それらの猛威を掻い潜り、秋水は幸助に触れた。
「ヘヘっ!終わりだ‼︎」
秋水の手を握り潰す態勢に入る。支配したと確信する。
握り潰した瞬間、幸助が無惨にのたうち回る姿を秋水は想像した。
一気に潰し、秋水は酷い顔で笑う。
「フハハハハッ‼︎これでテメェーはオレ様の奴隷だぁ!苦しいだろうな⁉︎泣き叫びやがれよ!」
秋水は錯覚していた。
そんな様子など、幸助は見せていない。
「おい、何で笑ってやがる?俺はピンピンしてるぜ?」
「オマッ‼︎……何平気ズラかましてるんだ?オレ様が支配しただろ⁉︎泣けよ‼︎」
「おいおい、俺がてめぇみたいな奴に支配されると本気で思ったのか?よく手のひら見てみろよ?青い炎なんか灯ってねえぜ?」
幸助の指摘に視線を向ける。その手には青い炎などなかった。
秋水は自分の自信を初めて打ち砕かれた怒りに燃える。
「テメェ…‼︎オレを侮辱しやがったな⁉︎このガキがっ‼︎」
目に血走り、歯軋りをする秋水。幸助はその様子を見てモヤモヤが消えていく。
「なんだよ。あんたの異能は大したことがねえな!俺は妖術で体中に不干渉のバリアみてえヤツ張ってんだよ!そんな姑息な支配の力なんか効かねえーんだよ‼︎」
幸助は秋水の異能の正体を知っていた。そもそも、幸助には『未来視』による先の結果を視ることができる。
触れた途端に発動すると気付いた幸助は、自分の体に來嘛羅が使用していた結界を模倣し、雪姫の妖術を応用した『雪昌結界』を身に纏っていたのだ。
秋水の《王》は他者の異能と妖術を使う以外に、相手の肉体に触れ支配する能力を持っている。『未来視』で数十秒先で支配されると予め知っていた幸助は、水流旋盤を攻撃に見せかけて目眩しにしていた。『雪昌結界』を同時に発動させ、自分の服と皮膚に肌に直接触れられないように結界を張り巡らせたのだ。
來嘛羅のように巨大な結界技術はないが、固有結界を見たことでそれを模倣することに成功していた。体を覆う程度には技術はあったのが幸いし、幸助は支配から除外されたのだ。
更に幸運なことに、秋水の《王》は一度触れた後、再び干渉することができないというデメリットが存在していた。
絶大な支配力の代償に、二度目の接触は無効化する。その原理を知らなかった秋水は焦り怒る。
(オレの支配はもう使えねえってわけかよ‼︎クソッ‼︎こんなガキに知恵が回るなんて知らねえよ!閻魔のヤツ、そんな情報くれてなかったな。巫山戯やがって!)
幸助の支配に失敗したことで秋水は内心で不愉快と吐き捨てていた。
しかし、秋水はまだ手札を残していた。
「褒めてやんよ。テメェはオレを殺すつもりできたかもしれないが、それは間違ってるだろうな。本気で人がコイツらを殺せるか?」
秋水は印を結び、《分身》を生み出す。その数二十体。
(人を斬れはしないだろ、流石に)
心の中で勝機を確信した。幸助がまだ精神が未熟だと読み、《分身》にある者達を擬態させて放つ。
分華の《分身》は個体差があるのが特徴的で、触れた相手より格下の分身体として生み出せる。特に恐ろしいのが、触れた相手の個人情報も記憶し、その容姿や口調、記憶すらもそっくりな分身体を創れる。当然、秋水も使える……。
しかし、太古の妖怪である來嘛羅の力は殆どなく、劣化物にしても失敗作に等しい。強さが測れない故、その力を発揮できない。
幸助は唖然する。
分身体の中に幸助と同じ容姿がいた。雪姫や来嘛羅、そして天邪鬼までもがいた。更に侮辱するように、寿司屋で出会った妖怪と女性がいた。
幸助の表情はみるみる殺意に瞳を光らす。紅い目に怒りを燃やす。
「てめぇーーーっっ‼︎」
「フハハハハハッ!いいぜその悔し顔、似合ってんよ。さあテメェーはどうする?好きなヤツ、優しくしてくれたヤツ、好きな妖怪、同じ人間。果たして、ちゃんと始末出来るか?」
秋水は分華を通し、幸助が彼らと接触したのを機に記憶を汲み取り、一番嫌う手段を用意していた。分身体には本人の意思はないが、その時点で触れた相手の情報が保存されている。
人間を殺すことを罪と嘆いた幸助では分身体を殺せない。そう確信した。
俺は唖然した。
雪姫、來嘛羅、烏天狗、女天狗、天邪鬼、悟美、九華、分華、着物女、寿司屋の店主と女性の人、半分が知り合いが俺を目掛けて襲ってくる。
……夢か?
俺はそう逃げたくなった。
雪姫の太刀を見てはっきりした。現実だ。
「やめろ!雪姫‼︎」
「煩い。あなたはそうやって気を緩める。隙があるから死ぬの。あなたは一人じゃ何もできない」
声まで真似られ、俺は混乱させられる。
俺は冷たい雪姫を見たことあるが、こんな殺意に満ちた目は知らない。
「お主、相変わらず妖怪には弱いの。そんな心構えでよく戦えたものじゃ。妾の目は節穴のようじゃ…。よもや、お主を好きになった妾が愚かじゃ」
違う。あんたはそんな事を言う人じゃない。
「小僧!儂を忘れたとは言わせんぞ‼︎その血肉、食らってやるわい‼︎」
違う…。天邪鬼がこんな恨みで人を殺すなんて事はない。
「シシシッ!幸助君は臆病者だわ。そんな腑抜けた顔しちゃって〜」
違う……。なんで失望の眼差しを向けるんだ?
「お客様一人で何ができますか?早く諦めたらどうですか?」
この人は俺を応援してくれてた筈。心の底でも綺麗な人だと……。
こんな偽物でも、俺は覚悟が試される。
俺の中で渦巻く感情が分かった。
そっか……。俺、こんな偽物でも好きなんだな。
ここまで細部まで拘ってくれる秋水は良い奴なのかも知れないな。
來嘛羅の美貌、雪姫の冷たさ、悟美の笑い方、烏天狗達の造形。立派なもんだ。本物に負けてねえのかもしれない……。
でもな。俺が恋したいのはこんな偽物じゃねえ。
俺は刀剣で來嘛羅を突き刺した。
「ゴフッ⁉︎お、お主…?」
「悪いな。心奪われた妖怪はてめぇじゃねえ。俺に愛をくれたのは本物の來嘛羅だ!」
俺は急所破壊を行い、次々と偽物の首を刎ねていく。血が飛び、俺の顔や服に容赦なく付着する。
偽物は弱い。弱い偽物を本物と認識しないように……。
俺が無心を通しながら殺していく中、秋水の言葉が耳に入る。
「フハハハ!血迷ったか⁉︎好きな妖怪に手を掛けやがって‼︎」
苦しい。痛い。罪だ。そんな言葉が俺の頭の中で飛び合う。
手を下した罪はある。だが、こんな偽物を好きになりたくねえ。俺が好きになったのは本物の妖怪。偽物に恋心を抱きたくねえんだ!
「雪姫…。悪い」
俺は最後に残った雪姫の胸に刀剣で刺す。
「幸助……」
「俺はあんたに救われなければ命はなかった。俺はラブじゃなくてライクで雪姫が好きだ。不味い料理、意外と美味かったぜ」
雪姫には言えない。間違いなく凍結させられることを言った。普段言えないことが言って、すっきりしたかった。
心のモヤが消えた。
「なあ秋水。てめぇの小細工、大したことがねえな‼︎妖怪を道具としか見ねえてめぇの脳みそはミミズしか詰まってねえのか?」
「あっ?」
秋水は低い声でキレる。
「こんなくだらねえ策で俺が心折れるとでも思ったのか?なら心外だぜ。俺の心をへし折りたければ本物出してこいよ!てめぇが信用して愛する妖怪をなっ!」
こんなクソみたいな心理戦なんか受けたくねえ。反吐がする。
秋水が意気揚々に手を広げて叫んだ。
「じゃあ本物出してやるよ‼︎テメェはコイツらも本気で殺せるもんなら殺してみやがれ‼︎」
笑い出したかと思いきや、頭上から落ちるように妖怪が現れた。
「あはは…こりゃあヤバいな」
俺は苦笑いした。
本物要求したら本当に出してきやがったぜ。さっきは偽物で強さは皆無だった。
だが、頭上に見える妖怪は間違いなく本物だ。俺じゃあ難しいだろう。最悪、雪姫か來嘛羅、それか他の奴が来てくれるのを…。
俺が思案を巡らすと、覚えのある声が聞こえた。
「貴様!この儂が協力してやろう!」
今、俺の聞き間違いかな?天邪鬼の声が聞こえた気がする。
「ぬかせ。貴様の手助けをしてやろうと申している。災禍様の力により、眷属である儂らは愚か者から解放された。一時だが力になろう!」
神か⁉︎こんな敵として思われてた妖怪に助けられるなんて、理想的過ぎるだろー⁉︎
「助かるぜ!まさか、來嘛羅が応援を⁉︎」
「馬鹿者!儂の災禍様はっ——待て、貴様また名を⁉︎」
「なんだよ?またその話かよ」
「やはり貴様は愚か者だ。災禍様の一柱、しかも九尾狐様に名を与えたとは⁉︎どんな汚い手を使って言いくるめた⁉︎」
「良いだろ別に‼︎俺の初恋を奪った來嘛羅が喜んでたんだから」
「ああ…なんということだ。貴様は神を愚弄するか…」
俺は本当に疑問に思う。なんで、天邪鬼は俺の行動に溜息や絶望したように文句言うんだ?
実は天邪鬼はとっくに解放されていたのだ。天邪鬼が災禍様と慕う太古の妖怪ならば、眷属の者を秋水の支配を遠隔で破棄することが可能なのだ。
そもそも、太古の妖怪にとって異能はさほど脅威にはならないのである。
天邪鬼は悪者であるが以前に、理に反することを好む。幸助に加担したのは今の現状に不満を抱いたからだ。
災禍様の眷属らしく物事が反転しないと落ち着かない性根を持ち、秋水の妖都征服など反対なのである。
ならば、善ある人間に付くのが道理と、天邪鬼や他の眷属は密かに賛同したのだ。
多数の狗賓と木の葉天狗、小天狗が他の支配された妖怪を抑える。天狗に属する者の戦闘力は高く、幸助の手助けとしては優秀以外何物でもない。
「っ⁉︎テメェら‼︎オレ様の指示が聞けねえのか⁉︎」
秋水は手に青い炎を握り潰して強制命令を発しようとする。
だが、天邪鬼や天狗達には意に介さない。支配から解き放たれた妖怪を再度支配するのは不可能なのだ。
「愚か者め!端から演技しておったんだ。儂が貴様のような人間に屈するはずがないだろ」
自分の味方がいなくなった瞬間だった。秋水は今までにない殺意が身を蝕む。呪剣が呼応して秋水の身を蝕み始める。
幸助と天邪鬼はその異変に気付く。
「妖怪の分際で王でいるオレ様にひれ伏せねえか‼︎糞の集まりで虫唾が走る!オレは偉いんだよ!偉いヤツが正しいんだよ‼︎」
幸助は意味不明とばかりに首を傾げる。
「偉い奴なんか要らねえよ。そもそも、妖怪も人間もねえだろうが」
「黙れガキが!オレ様の下で泥水啜ってる方が似合ってるんだよコイツらは‼︎」
「そうかよ。俺はそんな泥水を分かち合う方が楽しいぜ?」
「ヘッ、もう良いや。閻魔に貰ったこの首輪を付けて、テメェらを葬ってやんよ」
秋水はそう言うと、懐にしまっていた首輪を付ける。その首輪には耐え難い怨念が宿っていた。
閻魔大王より授かった首輪は、地獄に苦しむ人間の怨念の一部を妖力へと変換した妖具。
身に付けたが最後、人間には戻れない……。
凶々しい破壊衝動に呑まれ、秋水の肉体に黒い影が纏わりつく。目や髪は異形の如く変貌し、首輪による妖力を浴びたことで、妖怪へ転じた。
「ぐぁああああああああーーーっっ‼︎」
意識が遠のく。だが、怨念に抗おうと全身から流血する。血溜まりにはならず、血が首輪へ吸収されていく。
妖怪を駒としてしか見なかった秋水は、己のプライドというものを捨て去り、異形の妖怪となってまでも幸助を殺したいと強く感情を抱く。
閻魔大王に傀儡にされていることを本当の意味で理解できず、己にとって下位の存在になるというのは汚点そのもの。
無意識に抱いていた望んだ姿。
秋水は人間の身を捨てたいと思っていた。
人間では妖怪に勝てない。劣等感から望んだ力は《王》ではなく、妖怪そのもの。
妖怪の強さそのものに憧憬し、嫉妬した。自ずから妖怪になることで劣等感を吹き飛ばした。
妖怪を格下と見下した秋水の肉体は数倍膨れ上がり、その姿は鬼に近しくなる。服は破れ筋肉質を纏った体。鋭い牙と白髪と化した長髪。眼球を黒の瞳孔で染まる。元の美男の欠片はなく、その姿は醜く儚く願望そのものの姿。
意識は妖具に宿る怨念が反映され、天に向かって大声で笑い出す。
「ガハハハハッ‼︎ガキが調子乗ると痛い目に遭うというのを、見せてくれるわ‼︎」
自分の意に逆らう者に死を。秋水が望むは屈辱の清々。
空間が揺らぐ。地と天井が崩壊するような音を立てる。膨大な妖力を取り込んだ秋水に伴い空間が轟音を立てる。
「不味い‼︎天狗達よ、避難せよ‼︎崩壊が始まるぞ‼︎」
天邪鬼が急を要するように叫びで全員に警告する。それに合わせ、天狗達は脱兎の如く逃走し出した。
「おい!秋水の奴、何企んでるんだ⁉︎」
「あの愚か者は破滅を望む。儂ら妖怪と人間を全力で滅ぼす気だぞ!」
「逃げるか?」
「無理だな。貴様はまず逃げれない。鬱憤を芽生えさせたのは小僧自信だからな」
「じゃあなんだ?俺は此処で死ねと?」
「小僧、災禍様が貴様を欲しがってる。故に死なすことは万死に値する」
「それは嬉しいぜ。遂に妖怪に好かれるようになったんだな。あんたにも」
「ぬかせ。儂は貴様の存在は気に食わぬ。雪女だけでなく九尾狐様も手懐けた偉業、それを教えて欲しいものだ」
「惚れてんじゃねえか」
俺の問いに目を瞑って天邪鬼はほくそ笑む。
「…話は終わりだ。仕留めるぞ!」
「ああ‼︎妖怪に転じた人間は死ねば消える。本物は好きだが、紛い物には用はないな」
「同感だ。雪女もじきに来る。儂と貴様であの紛い物を葬るのが先だ。何、心配しなくていいぞ?儂は死んでも生き返られるからな」
まさかな、天邪鬼に認められる時が来るとはな。予想よりも早く来ちまったみたいだぜ。
「俺も妖怪だったら永遠に來嘛羅に愛されるのにな〜」
「くだらん。太古の妖怪に恋焦がれる気持ちは捨てろ。余計な感情は愚か者と同類になるであろう」
敵が滅茶苦茶パワーアップしてるのに、妖怪と人間と同じように接するのが楽しく感じていた。
妖怪との共闘。コレが心から喜んでいるのが自分でもよく分かる。
心躍る気分って、こんなにも胸が痛くなるんだな…。
「行くぞぉー!」
「あぁっ!天邪鬼‼︎」




