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妖界放浪記・長編  作者: 善童のぶ
二章 妖都征圧阻止編
37/46

三十六話 最強の人間

明日はpixivの投稿をします。少し時系列をずらしていますので、幸助達が出てくるのは次回ごろです。

悟美と紗夜、烏天狗達は妖怪の無力化を行なっていた。だが、この地下の強者二人が現れる。

「随分派手にやりやがるな?俺が相手してやる」

「アンタ達!アタシ達が殺しちゃうから!しっかり待ってなさい‼︎」

分華と九華が立ちはだかり、悟美達に挑む。

「シシシシッ!あなた達凄いわ。そんな弱さで私に挑むのかしら〜?」

悟美は相手にならないと嗤う。九華は激怒する。

「巫山戯んなよガキが‼︎軍服女なんか流行らねえんだよ‼︎大人しく死んじまえよ‼︎」

「おい、九華落ち着け!奴は刺激しない方がいい…」

宥める分華は悟美を恐れた。それは直感であるが、勝てないと判断したからだ。

「うっせえわ!アンタはあんな奴放っておいていいのかよ⁉︎」

我儘を言うように九華は分華の態度に口出す。

双子は仲が悪い。悟美達はそう思った。

「油断している!女天狗、行くぞ‼︎」

「ええ!」

烏天狗達は空中を高速移動し、隙を突く。

だが、それは罠だと直ぐに悟美は気付いた。仲が悪そうに話しているのは分身だった。

地下の壁から出てきた九華ホンモノが待ち構えていたのだ。

「土遁:地殻変動‼︎」

地下空間が揺らぎ、柱や壁が槍柱となって烏天狗達を襲撃する。

「何っ⁉︎」

「ぺしゃんこになって終わりよ!」

地下は広い筈。だが、進むにつれ天井が低くなっていたのに誰も気付けなかった。

逃げようとした烏天狗と女天狗を分身の分華が取り押さえる。彼も天上に隠れていたのだ。

「ヘヘっ!一緒に死んでやる。まあ、俺は分身だから分身だけ死ぬんだがな?」

「き!貴様ぁ‼︎」

油断大敵。相手を侮ったことで不意を突かれた。

しかし、槍柱に挟まれる直前、悟美が動いていた。二人を拘束している分華ごと三節棍で範囲外へ吹き飛ばした。

「悟美ちゃん‼︎」

その声と同時に、悟美は槍柱に滅多刺しにされた。

体を数十箇所貫通し、天井と地面に体が押し潰された。

「なぁ……悟美、悟美ぃー‼︎」

「あっ…ぁぁ…」

烏天狗は吠え、女天狗は声が掠れて涙を流す。

「馬鹿だなコイツら。妖怪は死なねえっていうのが分からなかったのかな?あーあ〜残念だったなぁ?テメェーの無様な行動で女が死んじまった。どうせ好きでもない奴だろ?気にするなよ?テメェーのお陰で死んだんだからな⁉︎」

分華は烏天狗達を笑い飛ばす。

烏天狗達は起きた出来事に思考が錯乱する。自分達が育てた悟美が押し潰されたのを見て、正気でいられる筈がないのだ。

「小僧が‼︎我が子を殺した仇、取ってくれるわぁーーー‼︎」

「くっははは、吠える吠える!妖怪は餌が死ぬと吠えるなぁ⁉︎そんなに美味そうな人間だったか?笑える話だな!くっははは‼︎」

分華は嘲笑う。烏天狗の怒りが沸点に達しようとしていた。

「また私のために悲しんでくれるのね?シシシシッ、嬉しいわ‼︎」

しかし、あり得ない声が聞こえ、地面が割れた。

悟美が地中から自力で這い上がってきたのだ。肉体は槍柱が刺さり、痛々しいほどの重傷を受けている。それなのに悟美は狂喜に笑い、痛みになんの興味を示さない。

押し潰されたのではなく、地面に穴を開けて地中に逃げたのだ。

平然と立っている姿に誰もが驚きを隠さないでいた。

何か恐ろしい存在だと感じた二人の行動は速かった。

「テメェ…まだ生きてやがったのか⁉︎」

分華と九華は次の一手に動く。分華は分身十体で悟美を拘束し、九華は封印術を発動する。

「死になさいよ!禁術:双方相殺そうほうそうさつ‼︎」

九華は分華の分身を生贄に、確実に仕留める死術を躊躇わず発動した。

しかし、死んだのは何故か分身達だった。悟美の姿が何処にも見当たらない。

「アッハハハハハ‼︎分身って良い殺し道具だわ!ねぇ?もっと出せないのかしら〜?」

本体である分華の背後に、子供のように強請る悟美がいた。

「うっ⁉︎うわあああっ‼︎」

「シシシッ、驚かなくていいわ。貴方は殺さないから。ちょっと遊んでくれるだけで良いのよ〜?」

狼狽える分華にゆっくり血だらけで寄る悟美。まるで、悟美は楽しんでいるように接している。

「嘘っ⁉︎なんで死なないの⁉︎アタシの禁術で殺した筈……あっ⁉︎アンタが全員殺しやがったな‼︎」

発動する条件は一人の死を生贄にしなければならなかった。だが、分身全員が殺されたとなれば、効果は発動しない。

「おい九華!コイツを早く殺っちまおう!俺の手では——ぎゃあああああああっっ‼︎」 

突然の絶叫。その正体は、悟美によるものだと瞬時に理解する。

分華が助けを求めた瞬間、悟美が彼が退屈だと思い、分華の両腕を容赦なくへし折ったのだ。

悟美は異様な嗤いを見せる。

「つまんないわ。楽しんでくれてないから腕折っちゃった。ねぇ?次は何処折られたい?」

無邪気に振る舞う悟美が可笑しいのだと分華達は発狂する。

「俺の腕がぁーーー‼︎」

無様に泣き散らかす分華。地面に這いつくばり、折れた痛みに涎と涙、鼻水が汚く混じり滴れる。

同時に九華はある事に気付く。

「アンタ…傷が治ってる⁉︎」

悟美の肉体の損傷は瞬時に癒え、穴が空いた体や折れた骨はすっかり元通りになった。『超再生』を持つ異能だからこそ、悟美は躊躇いなく怪我を負える。

「シシシッ!貴女も生かしてとは言われたけど、殺しちゃっても良いかしら?」

「さ、悟美ちゃん?流石に…駄目だよ⁉︎あの人も生け捕りにしないと…」

「冗談よ?私、ちょっと武士の人と遊んでくるから。この男とあの女は紗夜に任せたわ」

玩具を求めるように、悟美は貞信のいるであろう先へ向かった。

「あ…悟美ちゃん…」

紗夜は悟美の気ままな笑みに思わずうっとりする。

恐怖で萎縮していた九華は罵声を吐いた。

「あんな女、消えちゃえば良かったのよ!分華が気を失っちまったしよ!アタシがアンタ達を一人で殺してやる‼︎覚悟しやがれ妖怪共が‼︎」

戦意が喪失しなかったのは果たして幸運と呼べるのだろうか?もしかとすると、九華は最悪な選択をしたのかもしれない……。

紗夜は震えながら宣言する。

「あ、あの!殺さないので、半殺しなら…その、いいですか⁉︎」

「おどおど喋ってんじゃねえよ!アンタなんかに殺せるわけがねえよ!」

九華は口悪く言いつつ、印を結んで《忍法》を行使する。

「灰となって死ね!火遁:火炎龍かえんりゅう‼︎」

口から火龍が吐き出され、紗夜に対して放たれた。

気を取り戻した烏天狗達が立ちはだかる。

「紗夜ちゃん伏せてて。ここはワタクシ達が!」

「行くぞ女天狗!我ら妖怪の力、見せてやるぞ‼︎」

烏天狗達は互いに圧倒的な力を発揮した。烏天狗は羽団扇を手に取り、女天狗は常軌を逸脱する空中攻撃を繰り出す。

互いの突出した台風の如くの風水が吹き荒れ、火龍は風の前に掻き消された。

天狗の強さは侮ってはならない。

大天狗に及ばなくとも、烏天狗と女天狗の強さは雪女と同じく異彩を放つ。日本の伝承に色濃く存在感を放ち、天狗の中にはかの有名な牛若丸を修行をつけたと伝説を残す。

「紗夜大丈夫か?」

烏天狗は優しく問う。

「あ…ありがとうございます‼︎」

「無事で何よりだ。二度も心を痛めたくないのが本心だ。さっさと不埒者を取り押さえるぞ!」

「ええ!悟美ちゃんに助けられたからには恩は果たさないとです。妖怪としての威厳が損なわれてしまいますから!」

肝が据わるように落ち着き、互いに標的に対して的確に狙いを定めて攻撃を再開する。

「巫山戯んなよ‼︎妖怪が協力するなんて聞いてねえよ‼︎」

と、九華は愚痴を溢す。親切に女天狗が答える。

「ワタクシ達は人間に友好な存在。人間を保護し、育成することこそが天狗に求められる道徳。危害を加える者には準じた天罰を御与えします!」

「口だけだったら誰でも言えるんだよ‼︎アタシが汚ねえ汚物を掘り出してやるよ!」

血気盛んに九華が吠える。殺意剥き出しに烏天狗達の猛攻についていく。




刀と短剣が交わり、羽団扇と《忍法》が交差する。

独り身の九華の実力は分華より上。身体能力は劣るが、その判断力は侮れない。

的確に攻撃を相殺するために次々と異能を発動し、烏天狗達に遅れを見せない。

その実力は人間の身体能力にしては優れたもので、戦い方も目を見張るものだった。人間の身でありながら、異能に驕らず、汚い口調とは裏腹に冷静な分析力を垣間見える。

烏天狗は冷静に問う。

「これほどとは。貴様ほどの有力者が秋水に加担した?奴は妖怪の敵だ。そんな奴に従う理由とはなんだ?」

羽団扇による旋風を止めた。すると、九華は刺々しい警戒心を解く。

「今更何?アタシを助けてくれるとか?」

烏天狗は頷きはしない。だが、分華と九華が悪人とは心の中では思えなくなっている自分がいた。烏天狗と女天狗は彼らの立ち位置を疑う。

「妖怪を無碍に扱った貴様らを許すことはできない。だが、罪を償うというなら…」

「じゃあさ?アタシ達も妖怪に無碍に扱われているとしたら?」

九華は先程の荒々しさの口ではなく、真剣な表情で烏天狗に問う。知性を感じる問いに烏天狗は目を見張る。

「それはどういう事だ?」

九華は虚ろな表情で首に付いている物を指差す。

「閻魔大王っていう妖怪に隷属させられてるんだよね。この首輪は【契約の首輪】って言って、一方的に言いなりになってて。この首輪がある限り、アタシ達兄妹は永遠に妖怪の言いなり」

閻魔大王という名を知らない者はいない。烏天狗は想定外の事実に顔を歪める。

「ではなんだ?そこで倒れている弟と貴様は無理やり従わされていると?」

「元々こんな荒っぽい性格じゃなかったんだけど、精神的に可笑しくなっちゃってね。アタシはお姉ちゃんだから耐えられたけど、分華はもう人が変わっちゃった。可愛くて、純情…本当にアタシに甘える自慢の弟なのにね」

姉としての責任、罪悪、悲痛な思いが口に出る。

「どうして貴女は…」

女天狗も問う。九華は自分達の人生を語る。

「アタシ達は死んでこの世界に迷い込んで来ちゃった。理由が酷いものだったわね。12歳の頃に親父と母親の莫大な借金を理由に無理心中で一家全員死んでね。確か…無名っていう妖怪に助けられたかな。最初にアタシ達を酷く悲しんでくれた。弟も無名に凄く慰めて貰ったわね。ホント、どうしてあの人の想いを裏切る事になったのやら……」

九華はため息を吐く。

九華はこれまで悪人を演技をしていたのだ。本当の感情を押し殺し、狂ってしまった弟を想うために。自分だけが変わらないのは弟を更に苦しませる結果になると思って。

だから、九華は自分も狂った女として仮面を被っていたのだ。妖怪の言いなりになった身として、弟が狂う様を見て見ぬふりはしてはならないと。そう言い聞かせ、自分自身も弟と同じように演技していたのだ。

九華の素は、冷静沈着な家族思いの女性なのだ。

「無名。ああ…アタシはあの人の想いを踏み躙った罰がこれだよね?烏天狗と女天狗、アタシは殺していいから弟は見逃してくれない?」

九華は戦闘意欲が皆無となり、短剣と他の武器を放り投げる。手を挙げ、虚ろな表情で降参する。

「アタシと弟の加護は『サーラメーヤ』よ。地獄から加護を受けた身のアタシを妖怪のアンタ達には殺せない。拘束か九尾狐との契りのように封印するのが妥当。それか……そこの女がアタシを殺してくれる?」

九華が紗夜を見て言う。人間のみ、加護を持つ人間を殺せるのが基本ルールなのだ。

自分が死ぬ代わりに弟を助けたい。そこに嘘はなく、九華の落ち着いた態度からも3人ともその意思に疑いを持たなかった。

紗夜はある事を告げる。

「あの……來嘛羅さんが言ってました…。あなた達双子は殺さずにって…言われてます」

その言葉は救いだった。九華はその言葉を聞き、静かに笑みを浮かべる。

「そうなんだ……。じゃあさ?アタシと弟はその人に殺されるのか…」

それは答えようがない。そもそも、來嘛羅には分華と九華だけを生かせとしか命令されていないため、3人は答えられない。

どう双子が結末を迎えるのかは、來嘛羅に委ねられる事となった。

 



悟美は貞信の行方を探る。

すると突然、背後から奇襲が襲う。

悟美は反射神経で体を動かし、奇襲を逆手に反撃を与えた。

食らった相手は棒で殴られた衝撃によろけるが、直ぐに気を取り直す。

「っ…見事だな」

反撃をモロに食らったのは貞信だった。悟美は嬉しそうに笑みを歪める。

その人物は悟美にとって求めていた相手だった。

「シシシッ!私の遊び相手が来てくれたわ!ありがとう」

場違いなお礼をする。しかし、それにすら気に留めない貞信。

「挨拶はいい。どうせどちらかは死ぬのだからな」

「冷たいわね。一緒に死んじゃうって考えないのかしら?」

「無論だ。戦とはどちらかの命が消える。ワシか主殿のどちらよ。のう、其方の名はなんと申す?」

「新城悟美よ。貴方は?」

「ワシは佐藤貞信。500年の時を生きる武士。戦国の世で命潰え、妖界で生を頂戴し、閻魔大王より加護を受けるまで異能のみで剣技を極めた異形者だ」

風格が違う。悟美はその凄まじい妖気に思わず胸が高鳴る。

「良いわ!これが武士の頭角。なんか面白いわ‼︎」

「白髪に戦場に相応き黒き纏い。血が激る紅い瞳……実に美しい」

貞信は悟美の笑みを見て素直なことを言う。

「初心なら惚れぬ者はおらぬ美貌のう。ワシが女でも惚れたやもしれぬな。そして、容姿に似合わず凶暴な人格者。異名に例えるならば、主殿は殺戮の天使と言ったところか」

貞信は賞賛する。先の戦いを視察していた貞信は悟美に通り名を言い渡す。

武士精神の故の相手の特徴を率直に口にする。相手を敬い、その相手を全力で葬ることを望む。

そして、貞信はかなり珍しい人間だった。

「殺戮の天使か〜。シシシッ!私にピッタリだわ」

「肉体年齢は18と、かなり若い。加護で調整したか?」

貞信は興味ありげに聞く。

「知らないわ。私が望んだわけじゃないし」

「美人とは哀れなものだ。加護なければ老いを止められず、寿命に縛られる。生あるものに死は訪れる。主殿のような完成された肉体が保たれるのは、その加護のお陰だからの」

皮肉なことを淡々と言う。

女性を否む傾向が強い貞信は、悟美の容姿が端麗であると評価するが、そんな加護に頼った美貌は忌むべきと断定する。

「まやかし、紛いもの、もどきに縋る加護。ワシは要らぬ。必要なのは剣を極めし究極の域。決して美貌が産める産物などではない」

戦国の世に生まれた貞信からすれば、容姿など単なる人目に付くものだと言う。

「意味が分からないわ。ねえ?早く遊びましょ!」

悟美は貞信の意味不明な言葉に興味などなく、ただ戯れたいがために戦闘態勢に入る。貞信も悟美が退屈していると察し、勝負の構えをする。

「フッ…最近の日本者にほんものとは話を理解せぬ、か。では主殿に一騎討ちを挑むとするかのう……」

貞信の強さは秋水や名妓を遥かに上回る。

唯一、秋水に支配されていない人物であり、負けを認めた上で下に付いたのだ。秋水はある事情で貞信を支配しようと考えておらず、共に閻魔大王からの加護を受けている。

強者らしく、獰猛な顔付きは健在。歴戦ある闘気は限界まで練り上げられていた。

悟美はそんな貞信を面白く感じない。

(こんな人欲しくないわ。意味不明なこと並べるし、容姿なんて興味ないのに)

悟美も容姿には興味がなく、ただ快楽に身を委ねるためにその身を使う道具としか考えていない。

他人に異を唱えず、望んだものを羨望する悟美の精神は常軌を逸している。

加護も所詮は延命に過ぎない手段としか捉えておらず、自分探しをしているような節が見られる。

天性の身体能力といえるものを悟美は持ち合わせている。そこに《狂乱》が組み合わさったに過ぎない。

「語りたいならいいわ。私はこの世界で最強の狂人になって認められたいの。そのためだったら恐怖や美貌なんて欲しくないわ」

悟美は心の余裕を見せ、笑う。悟美に恐怖という二文字は存在せず、目の前の貞信を単なる遊び相手としか思っていない。

悟美からすれば、論理的な人間性など求める対象にならないのだ。

ただ純粋に快楽を追い求める悟美の渇望は計り知れない。

だからこそ、貞信という人間は悟美の欲しがっていた遊び相手なのである。

「さあ始めましょ?私は相手が強ければ楽しんじゃうから!」

「狂女と戯れる武士は、ワシだけかもな」

悟美は三節棍を構え、貞信は刀を取り出す。悟美は笑みを絶やさずに凝視し、貞信は真顔で挑む。

「では……参るっ‼︎」

「アッハハハ‼︎」

両者は目に止まらぬ速さで衝突した。

あまりの衝撃で支柱が崩壊する。

「ふむ…女という非力な種族でこの力…信じ難き!」

「舐めないでよねー。私はそこらの雑魚とは違うわ」

「面白い。主殿が武士と認め、ワシの刀で沈めてくれよう」

一合打ち合っただけで悟美の異常性とその強さを知った。

手を抜けば死ぬ。貞信は油断が出来ないと強く刀を握りしめる。

「やってみなさい?私は貴方を壊してみたいの!強者の魂に恐怖を与えて精神を破壊してみたいわ!」

「狂人だな?強い者を狙う心得を聞こう」

興味本位で問う。貞信の武士としての質問を問う。

「シシシッ!玩具みたいでじゃんじゃん溢れる世界で暴れるのが楽しいでしょ〜?人殺しはするけど、あれよりも楽しいの見つけちゃったの!強い人がこの世界を牛耳るって言えば分かるかしら?」

「ふんっ!そんなこと承知済みだ」

意味のない回答とあしらい、速度を上げる。

一度離れ、重装備の武装とは思えぬ身軽な身のこなしを見せる。その実力からも、相当の達人であるのは相違ではない。

「やっぱりいいわね〜!この世界の人って強い人ばっかり!」

「強い?当たり前の事実であろう。この世界はあやかしやが数多に蔓延る異様な世界。ワシは今まで四人の太古の妖怪を葬ってきた。二匹の狐妖怪と鬼の二人ほど…」

「へぇ〜凄いわね。どうせ加護で力得たからでしょ?」

「そう…見えるか?」

貞信は悟美に強烈な斬撃を繰り出す。距離は刀身が届かない範囲の筈なのに、斬撃として悟美に降り注ぐ。

悟美は触れると斬り裂かれるのを知っているのか、支柱を利用して宙を駆け抜ける。その速さは身体能力のみで駆使され、貞信の放った斬撃を潜りすり抜ける。

(素晴らしき狂人。他の妖怪や人間を葬ってきたが、この女はワシの常識が通じぬようだな)

自らの戦闘経験からして、悟美ほど肉弾戦に優れた存在を初めて拝む。

恋擬きに近い戦闘に対する高揚感が湧き上がる。

(肉体もさぞ柔で関節も外れる程の柔軟性があるのだろう。でなければ、ワシの神経を狂わす太刀に対応出来ぬ。稀に見る戦闘種族に特化した異才と快楽崩壊の狂人が合わさった異形種)

それと気付いてしまう。悟美が自らの受けた加護の影響で身体能力を高めているのではないことを。

通常、妖怪から受けた恩恵は常に影響されるのだが、悟美は身に宿す異能によって恩恵の切り替えが可能なのである。

生まれてこのかた、悟美は加護に頼ったことがなく、自然な形で加護の寿命と容姿以外を操作したことがない。


悟美はほぼ妖界で生まれたと言って過言ではない。

來嘛羅や烏天狗、女天狗は知っているが、悟美の出生は悲惨なるものだった。

生まれたばかりの赤子であった悟美は人身御供と扱われ、日本のとある信仰地の神に捧げられた異端児。

髪が生まれた頃より白く、紅い目を持つ悟美が土地神様の生贄に間もなく選ばれ、人間である母親からの愛情を受けず、父親の抱擁もなく、神官である人間によって捧げられた哀れな子供だった。

大正時代、多くの地域の宗教や信仰地が潰れかけていた中で、妖怪伝承の強い地域であった悟美の出生地では、神に人を捧げる人身御供が密かに行われていた。

豊作と子孫繁栄を願う為に差し出され、愛情すら与えられずにこの世界に渡ってきた。

悟美自身は憶えていない。しかし、見捨てられたという強い哀しみが魂に刻まれた。


その時、彼女は赤子ながらに強い執念を抱いた。


《狂乱》を開花させた悟美は、自らの感情に従うように力を振るうことを是とした。

容姿は妖界で育った中で一番気に入った16歳の頃の全盛期の肉体を保ち、若かりし最も力と柔軟性、俊敏性を重視している。

一方貞信は、死後より肉体は変化せず、自らの死に際の姿こそが全盛期として特異体質で肉体を保ち、自らの技と技量を極めてきた。

両者は加護の身体能力に頼らない戦法を要とし、これまで多くの生きる者を討伐してきた。

悟美は“災禍様”と恐れられる名のない妖怪を過去に八度討伐し、妖都:夜城の妖怪は彼女の存在を尊敬している。

貞信は太古の妖怪と称えられた名のある四人の妖怪を討伐し、更にはその強さに閻魔大王が目を付けた猛者。

もし、この二人が加護で身体能力を上げようならば、その実力は“災禍様”に匹敵する。

人間が災禍様に勝てるなどあり得ない。しかし、それが不可能とは誰も定めていない。

強さを追い求める者は常に進化をし、人間の進化の限界を越える。

その代表例として、悟美と貞信は特異な進化を果たした。妖力を取り込み生気に変換する事で、容易く人間を凌駕した存在へと成長する。

通常の妖術や異能に耐性があり、肉体強度と精神力は今尚進化し続ける。

強者と交える身としては、戦闘意欲を高められる妖界は好都合。

二人は目的があり、己の信念と執念があるからこそ高められる。

しかし今日、この二人のうち一人は消えなければならない。

「惜しい…実に惜しいな」

「シシシッ!後悔しちゃったら終わりよ?」

「いやなに…サトミやらが今日で命潰えると思うと痛ましくてな」

勝利を確信したような発言。それは、サトミに対して侮辱に近いものだった。

「へぇ〜?勝った気でいるんだ。私が本気出してない事に気付かないで?」

サトミはその美顔である笑みを歪め、貞信を見下す。

内心、貞信の言葉になど興味はない。あるのは、どちらかが壊れるまで戦い続ける事への悦び。水を差されようが、サトミの気の向くままに戦うのみ。

「笑止。貴殿が本気でないと言うのならば、その実力を魅せよ‼︎」

気合いを上げ、貞信は渾身の居合いを全身で振おうと重心を低くして構える。居合いの範囲に入った者を十一分割に両断する自身の最速を誇り、彼の言う太古の妖怪もこの一撃で沈めたもの。魂すらも捉え、妖怪相手に渡り合える奥義とも言える。

戦う目的が噛み合わない二人は、気の抜けない殺し合いへと戻れぬ領域に踏み込んだ。

その意味を漸くみせようと、貞信はサトミに全身全霊の一撃にすべてを注ぐ。

「それは?」

サトミも貞信の只ならぬ武士の闘気を感じ取り、更に戦闘意欲を昂らせる。三節棍の振り回しを止め、狙いを定めるように構える。

「これはあやかしやを祓った真髄。貴殿にはコレを使うに値すると見た。ワシに本気ではないと取り消したいのならば、ここに来い!」

ただ、この技にも弱点が存在する。遠距離攻撃には対処出来ず、範囲外からの攻撃にはめっぽう弱い。しかし、それを鍛え上げた事により、ある程度範囲を広げ、剣技の拡張もしてみせた。今の貞信であれば、視認出来ない《幽霊》の霊体ですら斬ってみせる。

わざわざ入りに行くほどの命知らずならば、逃げるの一択。武士であれば穢れともなる行為をしなければならない。

しかし、貞信の目の前の女は違う。武士でなければ穢れもなく、頑固として立ち向かう使命もない。

サトミにとって、貞信の武士道などに興味はない。

今の感情に動かされ、その身体は最高の選択を見出すようにサトミを導く。

「馬鹿め……終わりだ!」

正面から突っ込んで来るサトミを貞信は容赦無く斬り伏せようと抜刀する。

抜刀の瞬間、サトミは今の持つ脚力で速度を加速させる。その変化を貞信は見逃さなかった。

(コレは⁉︎)

決して捉えられなかったわけではない速度。貞信の目に映るはサトミの異質な肉体による加速。その程度であり、造作もないと全力で振り切った。

そして、サトミも全力のスイングをぶつける。

爆発音と僅かに聞こえる斬撃の斬った掠ったような音。

両者は致命傷に等しい全力の一撃をその身で受け、貞信は顔面、サトミを横腹に深い傷を受ける。

本来ならば、斬られたサトミと殴打された貞信は無事でいられない。両者の受けたダメージとは、信じられない程の一撃だったのだ。

しかし、サトミはその肉体を瞬時に癒し、何事もなかったように口元から出た血を舐めとる。貞信もほぼ無傷の状態までに回復していた。

サトミは《狂乱》に備わる付与権能により、その身を癒せるが、貞信は『閻魔大王』による加護によって妖力を生気に変えて回復を促していた。

「回復を持っていようとはな……ワシの一撃も無駄になったな」

しかし、貞信の方が不利になってしまう。回復は一回きりの使い捨て、今ので与えられていた起死回生の妖力をすべて使い切ってしまった。

回復出来ると分かったサトミは、貞信にますます興味の目を向けて放したくなくなる。

「あはっ!回復持ってるんだ〜⁉︎シシシッ、遊べるわね」

こうなってしまえば、サトミの貞信への執着が恐ろしい事になる。

「認めよう…新城悟美、貴殿には手の内をすべて明かすとしようぞ!」

貞信も漸く全力を使い切ると宣言する。

こうなれば、彼も卑怯な手段も躊躇わない。奥の手も出せるように体を弄る。



狂人の脅威を放つ悟美。武士の生き様を見せつける貞信。

両者の武器は火花を散らし、互いに乱れのない動きを見せ、互いに実力を確かめ合う。

狂喜と沈黙が交互に飛び合う。

(楽しいわ‼︎烏天狗とは違って本気でやり合っても壊れないのは楽しい〜!)

悟美は昂揚する。今まで相手した相手の中で、一番手応えある相手に生き生きしていた。

久方ぶりの強者の前で悟美は、己の感覚が覚醒してくることに気付く。

貞信もまた、秋水よりも強者である悟美に戦闘欲が掻き立てられる。

(不規則な乱舞に得難い破壊力。ワシの剣技に迫る勢いだな。これほど生きてきた中で気が高まる接戦は嬉しく思うぞ)

実力は現段階では互角。異能を使わずとも、その洗練された経験技量は互いの実力に嘘がないと頷かせるほどのものだった。

「素晴らしい。中国に伝わる武器と聞いたが、それをいとも簡単に扱うとはな。誠に愉快なことだ」

「そうね!貴方の動きは一番歯応えを感じるわ。ねえ?もっと楽しみましょ?」

互いに牽制し合い、その潜在能力を見抜く。

三節棍は中国武術で扱われる三つに折れた棍棒。リーチは長く、他の武器よりも使用方法は多種多様。同時に、その扱いは武器の中でも難しさを極める。

 自分の思い通りに扱うには長年の経験をいい、三節棍自体に馴染めなければ自身を傷付ける危険を備えている。自傷することなどよくあり得る武器として知られている。

それを悟美は幼少期に既に扱い慣れるまでに至っていた。そうなれば三節棍の強さは格段に上がる。攻防に優れているだけではなく、体を有効(フル)活用し、相手を翻弄する戦術も組める。

悟美の扱いに長けた三節棍の振り回す速さは目で追えない。貞信は長年の勘で培った剣術で弾く。

「楽しいわ!もっと強くしていいかしら?」

「くるか狂女」

悟美の言葉と共に破壊力と速度が上昇する。互いの激しさがぶつかり合う。

太古の妖怪ですら習得に数百年要する域の身体能力を発揮する両者。間合いに入る地面や柱は粉々に消え、互いに疲れすら見せない。


しかし、悟美に変化が起き始める。《狂乱》の力を一粒発揮した途端、全能力が飛躍的に上がった。


戦闘慣れしている貞信ですら遅れをとってしまう程、悟美の身体能力を兼ねた攻撃は狂暴さを増す。

パキンッと刀身が折れた。貞信は静かに悟る。

「ワシの刀を折るとは…」

「バイバイ!」

悟美は無防備で攻撃極振りで三節棍を振り抜く。

だが、貞信は隙が生まれた瞬間を待っていたのだ。

刀が折れたことで勝機とばかりに真正面から来る悟美に一撃を与えるなど造作もない。

貞信は折れた刀を捨て、腕から刀を生やした。

「あ……あれ?」

悟美は思わず伸びた刀身に心臓を貫かれたのだった。

「油断したな。ワシの異能を知らずに突っ込んだ主殿は死んだ。最後に言い残す言葉ぐらい、考えさせてやる」

勝ち誇った顔で血を吐く悟美に伝える。

貞信は《刀魔》を死んだ際に獲得した。刀を生成し、己すらも刀と化す異能。物欲により発芽した異能は物に変化するだけでなく、寿命や容姿にも影響を及ぼす。魂さえ無事であるならば生死すら超越した人間となる。

人間の欲は様々であり、その数は無数。妖界に降り立つ人間達は、欲求に従い異能を獲得する。

貞信が獲得した異能は物欲から生まれた欲望。刀に執着し、戦場で肌身離さずに持ち歩いていた。刀を愛し、刀と同化したいという無自覚な願望が妖界で叶ったというわけだ。

刀の化け物。刀の魔人。刀の武人。様々な通り名で貞信は恐れられている。

加護を受けなかった頃から妖力すら跳ね除けた異能。そして強靭なる洗練された剣技は妖怪達に広く知れ渡った。

災禍様と恐れられる妖怪も数十斬り捨ててきた。

並々ならぬ戦闘力の差が勝負を決めた。


………。


……。


…。


かに思えた。


悟美は不気味な笑みで貞信を見ていた。

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