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妖界放浪記・長編  作者: 善童のぶ
二章 妖都征圧阻止編
32/46

三十一話 想いと共に

これで5話投稿完了です。

休みだからできたのであるので、かなり疲れるんですね。

次の投稿は明後日になります。ちなみに、転スラのシュナ二次創作は15日に投稿します!

俺は今起きた出来事を把握出来なかった。

何が起きた?確かに仕留めたはずだ。

なのに…なのにだ!

雪姫が悟美にやられた。吹き飛ばされた後から、雪姫の意識がない。

「アッハッハッハ‼︎残念だわ〜!楽しくなっちゃったからつい本気でやっちゃった!シシシッ!ねえ?もっと遊んでよ!意識飛んでも最後まで遊んであげるから!」

壊れたように笑ったかと思えば、今度は四獣の構えを始めた。

俺は今までの妖怪と人間とは比べ物にならないぐらいの恐怖が全身から伝わる。


ヤバい……こいつには勝てねえ。


「てめぇ‼︎よくも雪姫を‼︎」

悟美が何やら禍々しい闘気オーラを放出し始めて、不気味な笑いが異質さを増す。

「シシシシッ!私の異能は《狂乱》だわ。私自身の理性を失う代わりに更に強くなるの。ねえ、確か幸助って名前だったんでしょ?意識が飛ぶ前に異能教えて」

意外だった。てっきり、俺の能力なんかバレてんのかと思ってたから少し拍子抜けした。

「俺の能力は《名》だ!妖怪に名を与え、妖怪の力を増幅?ってものが出来る能力だ」

「あは!面白い異能だわ。つまり、今までは何も力なしで戦っていたのかしら?だとしたらごめんね、貴方…死んじゃうわ!」

そう言いきった悟美の意識は狂気の中へと消えた。

望まぬ対戦者、狂戦士バーサーカーと化した。挑むのは理性の吹き飛んだ猛獣だ。

「アッハハハハハハハ‼︎」

最悪だ。狂喜の笑いを見るのは初めてだ。笑ってやがるのにこっちを見やがる…。

「おいおいマジかよ⁉︎なんで遊びが本気に変わるんだよ‼︎」

俺は文句しか言えない。そうじゃないと、目の前のこいつに殺される感じだからな。虚勢でも張ってねえとやってられない。

俺は刀剣に力を込める。

それが合図隙だったみたいだ。俺は瞬まばたきした途端、肋骨が砕けた。

「ゴフッ⁉︎」

俺は吹き飛ばされ、背骨も折れた。前3本と後ろ2本ってところか…。

痛過ぎる……。呼吸が出来てるので生きていると実感した。

「クソォ…こんな美人がなんで狂ってんだよ⁉︎意味が分からねえ……」

一瞬で瀕死に追い込まれた俺は罵声を吐いた。

悟美は俺を見るなり笑い出した。

先程まで楽しげだった悟美の笑みは存在しない。

「アハハハハ‼︎」と延々と笑い続け、四獣の構えで三節棍を担ぐその姿の前に平然としていられるわけがねえ。

雪姫がやられるなんて思わなかった。

來嘛羅がなんか居ないのは理由があるんだろうか。

助けないと死ぬ。動いたら死ぬ。どちらも俺に最悪な状況しか生まない……。


血を吐くほどのありえない痛みを噛み殺し、俺は立ち上がる。

「クソ痛えぜ悟美の野郎がっ‼︎俺を殺したいんだろ?だったら来いよ!」

好きな妖怪に俺の勇姿を見せたかったな。

あまりの無謀さに内心、空笑いしていた。

こんな無様じゃなくて……。

「惚れ勇いさましい姿を見してやる‼︎」

覚悟を決めた瞬間だった。

強い衝撃が全身を支配する。俺が俺の体を使い熟す以上に使い熟せる。

今までが俺の体じゃなかったぐらい、その湧き出る支配力で体を動かせた。

刀剣に俺の力を込める。

「吹き飛べ!『狐笠キツネカサ』‼︎」

凄まじい風が巻き起こり、刀身から風が荒れ狂う。

んんっ⁉︎なんだこの威力……化け物かよ。

風が巻き起こったかと思えば、悟美が彼方上空まで巻き上げられた。

俺はそれを見るなり上空へと足を動かす。

風を利用し、俺は巻き起こした風を踏み台にして飛ぶ。

俺、飛べたんだな。と、暢気なことを考えつつも、上空で今だに笑い続けている悟美に狙いを定める。

急所技じゃなかった攻撃じゃあ傷すら付かねえか。ヤバい奴だな。

悟美は空中で体勢を戻し、反撃と言わんばかりの勢いで空中を蹴る。

「きやがれ!」

俺はそれに合わせて攻撃を放てばいい…。

鎮静化させる術をこの刀剣に伝われ!

俺が殺すのは妖怪を侮辱する奴らだけだ‼︎

「『白炎雪狐ビャクエンユッコ』‼︎」

突っ込んできた悟美に対し、俺は妖術を放った。

白炎を纏う白い狐の顔が刀剣より現れ、悟美の三節棍に触れた瞬間、悟美自身を丸飲みするかのように食らった。

力を込めようとした途端、肋に激痛が走る。最後に畳み込む段階で虚しく地上へ落下。

「ぐっ…チクショォ……」

断念するように、俺は気を失った。




両者は強い衝突の後、真っ逆さまに落下。

幸助はあまりの激痛で既に意識はなく、無防備に高速落下をしている。

だが、地面直前の幸助は空中で抱きしめられた。

「幸助……ごめんね」

先程まで意識がなかった雪姫が涙を浮かべ、幸助の無事に想いが込み上げる。

悟美は地面衝突の直前で意識を取り戻し、体を柔軟に使って衝撃を最小限に抑えた。

「あ〜またやっちゃったのかしら〜?烏天狗に澄神水を掛けられてまた正気に戻っちゃった。もう少しで異能使い熟せたのに」

冷静さを取り戻した悟美は不満げに言う。

そこへ、來嘛羅と烏天狗達が現れる。

悟美の様子を見た烏天狗と女天狗は、驚愕と嬉しさに満ちた表情を露わにする。

「まさか…悟美が趙神水ちょうしんすいなしで克服出来ようとは…‼︎」

「嘘‼︎悟美ちゃんが遂に理性を自力で抑え込めるだなんて!ワタクシ達の苦労が、漸く報われました!」

澄神水ちょうしんすい。感情を一時的に鎮静化させ正常に戻す水で、異能の力で取り込まれた悟美ですら鎮静化させられる超薬でもある。

しかし、烏天狗達は勘違いし、悟美を評価していた。

「烏天狗と女天狗よ、勘違いするでない。悟美とやらはまだ制御しきれておらぬ。抑え込んだのは幸助殿じゃ」

來嘛羅は豊艶な笑みでそう断定する。

実は幸助が放った技が、偶然にも澄神水ちょうしんすいと全く同じ効果を付与した攻撃だったのだ。

悟美はその事実に一番早く気付いた。

「この男の子が私を……」

悟美から漂う感情は穏やかだ。

雪姫に近付き頭を下げる。

「雪女とそこの幸助君に礼が言いたいの。私の暴走止めてくれてありがとう」

快楽任せの狂戦士と化した悟美からの意外な言葉に、雪姫は逆に警戒してしまう。

「それはどうも。で?私達を散々傷付けて楽しかった?」

「楽しいって言われちゃうと楽しいかな〜?別に殺すなって言われてないし、シシシッ!」

雪姫は烏天狗達にギロッと冷たい眼差しを向ける。

「なんだ?俺は不審者を排除してとしか言ってないが?」

他人事のように悟美に擦りつける。

そんな身勝手な言いように、雪姫は怒りを静かに声にする。

「そっか……。私よりも生きているのに擦りつけするのね?人間を騙すのは、天邪鬼だけでいいのに…」

「っ‼︎何故切れる⁉︎」

雪姫の周りの氷がパキパキと地面が凍り、圧せられた烏天狗達は驚く。

「これ雪姫」

來嘛羅が雪姫の肩を触る。

「なに?私の邪魔をするの?」

「そうでない。人間を侮辱されると腹立つ其方じゃ、烏天狗の口文句に簡単に持ってかれるでない」

そう宥めると雪姫の様子は落ち着く。

同時に、烏天狗は來嘛羅の言葉に耳を疑う。

「九尾狐様、今、雪女の名前を言い間違えているが?」

「うむ、此奴は幸助殿から名を貰ったのじゃよ。ちなみに妾も來嘛羅という名を頂戴したんじゃがな!」

烏天狗達はまた顔を見合わせる。紗夜はキョトンとして意味を理解していない。悟美もいまいち理解していない様子。

「それは……事実なのか?九尾狐様…否、來嘛羅様」

「うむ、言ってることは事実じゃ」

來嘛羅はこれまでの経緯を話した。



雪女が名を貰い、九尾狐も名を貰い、人間に襲撃を受け、妖怪で頼りになる烏天狗達に助けを求めたことを全て話した。

烏天狗と女天狗はことの恐ろしさに、終始恐れ驚いていた。

「人間…それも若造が來嘛羅様に名をお与えするとは⁉︎」

「信じられない。ワタクシ達ですら他の妖怪を他の名で呼び合うことは禁じられているのに‼︎幸助ちゃんは一体何者ですか?」

烏天狗と女天狗は口を揃えて驚愕の表情を見せる。

「あ、あの…女天狗様、松下幸助ってどんな危険をしたのです?名前でそんな変わるんですか⁉︎」

紗夜は怯えながら女天狗に聞く。

女天狗は落ち着いた口調でこの場にいる者達に告げる。

「ええ、名前は変えられない。そもそも、名前自体を変えるということは同一人物とは認識が出来なくなる可能性が高いのですよ。ワタクシ達妖怪は名で畏れられ、定着した名で今日こんにちまで妖界で生きてこれた。もしも、『雪女ユキオンナ』と『九尾狐キュウビキツネ』が妖怪の存在として消えたら……」

「いたら?」

「別の存在がこの妖界に誕生します。此処にいらす雪姫と來嘛羅様とは別に、新たな『雪女ユキオンナ』と『九尾狐キュウビキツネ』という妖怪として輪廻転生します。妖怪は確かに死なないですが、本当の意味で消失しないというわけではないのですよ」

太古の妖怪が名を貰ったケースはたった一回しかなく、名を貰った妖怪は転生できず、その魂は地獄へ堕ちた。そして、記憶も人格も消去された新たな名の妖怪として転生した。

名を貰えば力を失い、人間となるので大半の妖力を失う。異能を獲得するが、人間の身で妖怪に抗えず、その妖怪は消えたのだ。

伝承に記されていない名で妖怪を呼ぶと、その妖怪は伝承から外れてしまう。外れた妖怪が恐れられることも崇められることも認知もされなくなり、僅かな時の間に妖怪としての力が消失してしまう。名を受けた時点で、妖怪としての全てが消える。

伝承から外れた妖怪だった者の代わりに、新たな別個体が輪廻転生を果たす。


雪姫は口を挟む。女天狗の話にある矛盾があるからだ。

雪姫は自分が妖術や鍛えた力も全く衰えがないことを実感している。本当に不思議なことが起きている身としては、この話が嘘であるのだと思ったのだ。

「可笑しい、私と化け狐は名前を改めただけ。本来の名は通称として生きている、それで何も問題はない筈。そもそも、妖怪の力も知名度も今だに残ってる」

今度は烏天狗が口を挟む。その表情は怒りと険悪な表情だ。

「黙れ雪女!本来の名を変えた事こそが禁忌の所業なのだよ‼︎何故なぜ、來嘛羅様はそれを許した⁉︎俺や女天狗を唆すつもりできたのなら……‼︎俺がその若造を命を捨ててでも消してやる‼︎」

変貌し、鳥人間らしく鬼の形相を露わにする。

こうなれば、雪姫でとて簡単に勝つことは出来ない。


だが、そんな鬼の形相を超える冷酷な表情で睨み付ける者が声を発した。

「烏天狗?幸助君殺すって言ったかしら?」

それは意外な人物だった。

「っ…だったらなんだ悟美?俺に異を唱えるか?」

烏天狗の機嫌は最悪だ。普通の人間では太刀打ち出来ないほどに…。

「その通りよ」

悟美は蹴りで烏天狗を蹴り倒す。

「ぐっはぁ⁉︎」

不意打ちの蹴りに、烏天狗の意識が吹き飛んだ。

「ひいいいっ‼︎悟美ちゃんがまたやっちゃったよー‼︎もう最悪っ‼︎」

紗夜はしゃがみ込んで泣き出す。

「悟美、あなたは……幸助の味方?」

雪姫は幸助を強く抱きしめる。その目は悟美を睨む。

悟美の表情はコロッと変わり、ニヤニヤしながら味方であると伝える。

「シシシッ!いい感じの子が仲間になってくれるだけで嬉しいの!烏天狗は頭固いけど、女天狗と紗夜はまだ信用できる。本当は私暴れたいの!」

悟美の心変わりに、雪姫は警戒する。

「気味が悪いことを言うのね。不愉快極まりない」

「私の異能は扱いづらくて抑えてくれる人が欲しかったの!なのに、趙神水ちょうしんすいっていう道具に頼る鎮静で私自身が分からなくなりそうで狂いそうだったわ。自分で抑えてこそ私なのにね〜」

異能の強さは桁違いで、暴れるのなら右に出ないと自他共に認められている。元から持っている性格から芽生えた異能は所有者を大きく変貌させる。

あまりの凶暴さ故、悟美は道具で抑える術しかないと決め込んでいた。

だが、幸助という人間の力で狂気から解放されたことで希望を見出した。

この子となら更なる上に行けるのではと……。

「のう悟美、それは妾達に与すると判断して良いのじゃな?」

「その通りだわ。だけど、私の成し遂げたいことを契約してくれるのなら、ね」

悟美は契約を持ちかける。これを意味するのは即ち……。

「加護を重ねるというのじゃな?じゃが、それをすれば其方は烏天狗に怒りを買うことになるじゃろう。同時に、妾の『契り』は烏天狗とは重みが違う。それでも良いのか?」

來嘛羅とて簡単に契約は持ちかけない。『契り』をするということは、來嘛羅に都合の良いことを吹き掛けられても逆らうことを許されなくなるのと同義。

來嘛羅は他人を縛る真似を本来は望まない。

だが、悟美はそれを快く望んでいる。

「いいの。私は烏天狗に保護して貰った恩は返したわ。今度は貴女が加護している幸助君に興味が湧いたの。私の約束は《狂乱》を完璧に扱い、妖界最強の狂人になること。そして、貴女に対しての対価は肉体と魂、意思を捧げるわ」

この世界で最も対価が重い選択を自分から差し出す。その思想は狂い、人間としての知識も微塵もない発言であった。

悟美は他の者とは違う。

最初から、悟美には死に対する恐怖などないのだ。

否、元から死や恐怖などが欠落した破綻者だ。快楽を求め、死に絶望しなかったほどの強靭な精神力と並外れた身体能力を持つ。人間でありながら、その強さは純妖を圧倒する程の人間バケモノなのだ。

人間であるが故にその在り方は理解されない。

「其方が望むなら良かろう。今後、妾に敵意を向けるようならば、その魂を喰らい消すとしよう。妾達に与する意思がある限り、新城悟美の自由と望みは提供するであろう」

「いいわ、私が楽しめる場所なら幾らでも」

契約は成立。口答えするというものなら、その瞬間に魂は消える。

「悟美ちゃん、本当にワタクシ達から離れちゃうのですか?」

女天狗は名残惜しそうに言う。

悟美の覚悟は揺るがない。

「シシシシッ!烏天狗には悪いけど、私は永遠に警護するのは嫌なの。だから、私は面白い妖怪と人間に付くわ。紗夜、私の元に来るなら一緒に来ないかしら〜?」

悟美は紗夜に提案を持ちかける。

「わ、私⁉︎で、でも……」

紗夜は悟美の提案に決め兼ねる。育て親を捨てるなど、そう易々出来るわけがない。

「……分かったわ。紗夜はまだ決めなくていいかもね、シシシッ!」

來嘛羅は悟美の胸に手を当て、烏天狗の加護を破棄する。

女天狗は來嘛羅の行動に疑問を唱える。

「來嘛羅様、加護を取り消すのではなく加護を二重に授けないのですか?そうすれば、烏天狗も場所を把握できるのでは?」

加護は幾らでも人間に付与できる。妖怪の加護が多ければ多いほど、寿命や守りが固くなる。

「加護は大事じゃ。妾の加護なら更に強度は増し、幾千年生きることが可能じゃ。女天狗よ、紗夜という人の子はどうするつもりじゃ?」

「ワタクシは烏天狗に願い出て、紗夜ちゃんの加護を二重にします」

「愚かじゃ、既に使い果たしておるではないか。其方達の加護でもあと数年の猶予しかない。妾の加護を受ける必要があると思うのじゃがな」

來嘛羅は加護も見抜く。

加護は妖怪の純度によって異なり、単なる妖怪の加護では長く保たない。太古の妖怪や特異な妖怪でなければ加護の調整は不可能。來嘛羅は彼等と違い、数千年以上の加護を授けられる。

また、妖怪が複数人で加護を授けることで加護の重複効果がもたらされる。延長効果もあり、加護を受けるのが筋である。

複数の加護を受ける方が得策なのだ。

「しかし、今悟美ちゃんが來嘛羅様に付いたことで手が空くはずです。それならば、ワタクシの加護を—」

「知っておろう?再び同じ妖怪から加護を受けるには、数年は置かなければならぬ。紗夜を想うのならば、其方が取るべき行動は一つじゃ。純妖と言えども、加護は50年が限界の其方らは数年羽を休めなくてはならぬ。妾の加護は1000年は保証できよう」

來嘛羅は女天狗に提示する。


女天狗は己の非力さを噛み締める。

(悟美ちゃん…紗夜ちゃん……。貴女達が好きなのにどうして…)

女天狗は思い出を思い起こす。

拾った時から加護を授け、烏天狗と共に二人を育てた。その記憶は古く懐かしく、決して捨てられないばかりの思い出。

悟美がまだ生まれて間もない頃に拾い、紗夜は5歳の頃に拾った。

2人と過ごした時間は長く、人間の気持ちを知れたことで人間をよく理解できた……。

……筈だった。

実際に百年以上過ごしていたというのに、悟美という人間を理解しきれていなかった。

紗夜という人間も理解できていないと女天狗は悔やむ。

(駄目よ、こんな弱気でワタクシが考えちゃ……)

だが、女天狗は瞳に潤うものを感じた。

涙。女天狗は寂しさが込み上げてくる。

静かに自分が置かれている状況に悲観する。

人間と妖怪で分かり合えた、それだけで女天狗は幸せだった。自分や烏天狗を変えてくれた恩を感じ、母性という感情を抱かせてくれたからだ。

元々、天狗に属する妖怪は気性が荒く、物事に煩い妖怪である。

こうして、人間らしい心を持たせてくれたのは、紛れもなく彼女達二人による親密な関係があったからだ。

(もっと居たい…もっと傍にいて欲しい。けど…)

女天狗は膝をついて頭を深く下げる。

「來嘛羅様、ワタクシからお願いがあります…」

「…良かろう、其方の願いを申してみろ」

來嘛羅もその覚悟を聞き入れる。

女天狗は烏天狗の分も一緒に願いを口にする。

「悟美ちゃんと紗夜ちゃんをお願いします。数年の間、ワタクシ達の代わりに御守りください!」

紗夜は特に反論も反抗もしなかった。

必要なものに気付いたからこそ、女天狗は2人を託すことにした。

自分の傍に置くのではなく、自由に生きて欲しいと願ったのだ。

紗夜は來嘛羅の加護を授かる。

だが、雪姫が冷笑する。

「化け狐、三人も授けて……幸助が泣く。私は幸助しか加護をあげないというのに」

「其方は分かっておらぬのじゃな?加護は調整が可能。妾は幸助殿と他の二人とは全く違うのじゃ。妾が心許したのはたった一人じゃよ」

「一人が幸助ってわけね。そもそも、加護って調整できるものじゃない筈」

加護は人間と妖怪を繋ぐ方法で最も重要な契りに近いものであり、強い思い入れがなければ成立しない。

雪姫は加護に詳しいわけではない。

「この際じゃ、其方達に加護の本質というものを語り聞かせておこう」

最古の妖怪として、來嘛羅は雪姫達に話す。

「加護は妖怪が持つ秘術での、相手がいなければ使えぬのと心の純粋さがなければ発動できぬ。それ故、妾のような最古の妖怪でなければ無条件で発動することはできぬし、加護を与える人間に感情を捧げなければならぬのじゃ」

「感情?」

「雪姫は幸助殿に“愛”を捧げた。妾も“慈愛”をくれてやった。この愛に近い感情がなければ普通はできぬ。其方が出会ったときに幸助殿に授けられたのは、名を貰ったからじゃろうな」

雪姫は心当たりがある。幸助から名を貰って愛を感じたのだ。

「加護が感情に起因するものなら、その加護でもたらされる影響はなに?」

「それは雪姫も知っておろうに。加護を授けると妖怪同等の人権が付いてくる。妖怪に対する対価として、生気を永続的に加護を通して供給がされる。人を食らわなくとも飼い慣らしする妖怪がする行為じゃ。これが普通の加護じゃ」

加護は人間を妖怪から守るために考案された秘術。

「來嘛羅様、ワタクシはまだ赤子と同じぐらいの悟美ちゃん達に加護を与えたのですが、何故10代まで成長をしたのですか?不老というのなら、加護を授けた時点で止まる筈なのでは?」

知らない事実を平然と話すものだから、質問は欠かせないとばかりに女天狗は問う。

「それは人間側が歳を操作できるからじゃ。加護を受けることで望んだ歳まで老いることも戻ることもできるのじゃよ」

「そういう理由なのね。でも化け狐、一つ可笑しな点があった」

「なんじゃ?申してみろ」

「普通の加護ってことは、他にもあるのよね?それはどういう加護?」

普通という言葉に雪姫は疑問を抱き、目を細める。

「うむ、そうじゃのう……。これから話すのは幸助殿とあの秋水っていう男が関係する。妾も加護を授けてはっきり理解したばかりじゃ、率直に話すとしよう」

來嘛羅の言葉に、何か重みがのしかかっている。

紗夜と女天狗はゴクリと喉を鳴らす。

雪姫と悟美は真剣な眼差しを來嘛羅に向ける。

「まずは秋水という忌まわしい人間からじゃ。彼奴あやつは異能の力で無理やり加護を受けておるのじゃ。数百の妖怪を支配し、憎悪を抱く妖怪の加護を一身に受けた。愛と真逆と言うべきか、彼奴あやつに差し向けられているのは“殺意”じゃ。人を殺したい、人に従いたくないという強い念力が加護となっておるのじゃよ。加護は好んだ人間に与えるものと言ったが、匹敵する感情すらあれば問題ないのじゃ。それを秋水という人間が証明した」

憎悪と愛は等価価値に等しいと來嘛羅は考える。

「逆に雪姫や妾、烏天狗達が人間に授けた加護は愛を捧げる“愛”、“慈愛”、“親愛”じゃ。一昔前から加護を研究して判明したことがあっての。加護は人間に著しく変化をもたらし変貌させる性質が隠れておったのじゃよ。妖怪側からの人間への熱情が有れば、人間に取り込まれる妖力を生気に変化させる体質へと変える。じゃが、人間への憎しみが有れば異能に影響を及ぼしてしまう」

誰もがその事実に知らず、それを理解するのに脳が追いつかない。

「それは事実?人間への愛憎で変わるなんて知らない。秋水っていう男を都合よく棚に上げての話では?」

「失礼と承知の上で話させて頂きますと、來嘛羅様の探究によると、妖怪が人間を変えていると?」

「そうじゃ」

來嘛羅曰く、人間は妖怪の加護で左右される。

善意で授ければ愛に相応しく、悪意で授ければ悪に相応しく染まる。

善意の加護は、人間に取り込まれる妖力が生気に還元される。更には、妖術に対する耐性と潜在能力の解放、肉体能力を大幅に向上させる。

悪意の加護は、妖力を還元できない代わりに自然発生した妖力に影響されない肉体となる。人間が持つ異能の能力を強化し、凶悪な力に覚醒する。

通常の妖怪が加護を与えるは善悪を操作できないが、太古の妖怪は善悪を自由に操作できる。

妖怪の善悪に委ねられ、人間の強さの強弱は妖怪の加護が元となる。

加護を受けた者の中には類い稀なる才能や能力に芽生える者がいれば、太古の妖怪が放置して彼等を放置している。

しかし、悪質な行動に走った場合、それ相応の罰を閻魔大王により裁かれる。

「幸助殿のような人間に加護を授ければ問題はない。“殺意”とは違って“愛”は恩恵を与え、人間を保護するに強い力を発揮できるのじゃよ。悟美や紗夜が今日まで生きられたのは、其方達の厚い愛で守られていたからじゃ」

女天狗は嬉しさのあまり、泣き崩れてしまう。

「こんな嬉しいこと、ワタクシは成し遂げてあげられたのですね」

雪姫は嬉しさに頬が緩む。

「幸助にあげた想いは伝わっているのね。ユフフフ」

「嬉しいのじゃな?雪女らしさが消えたのは、気のせいではないみたいの」

「煩い化け狐。大体、私が変わったって言うけど、あなたは揶揄っているだけ」

揶揄う來嘛羅に対し、雪姫は表情を戻す。

「そうでもないのじゃが…。よもや、気付いておらぬのか?」

雪姫は目を細めて來嘛羅を睨む。

「あなたのせい、ね」

 そう吐き捨てるなり、雪姫は幸助に構う。気を失った幸助の治療を開始する。

「あ、あの!私知っていることなんですが……。雪女って諸説では人嫌いだとか」

紗夜は雪女の鱗片を語る。

來嘛羅と女天狗は雪女の伝承を知る。自分達よりも後に生まれた妖怪であるが、その知名度は広く知られている。

「事実じゃ。じゃが、今の此奴は雪女とかけ離れた性格となっておる。いや、戻ったとも言うべきかの」

「それはどういうことでしょうか?」

「幸助が雪女に名を与えたことで、人間性を取り戻してるやもしれぬということじゃ。雪女は元々人間だったからの」

來嘛羅は雪姫の変わった様子を遠い目で見ていた。來嘛羅達は、その様子を見つめる。

その目に映るのは人間と雪女。己が知る伝承と重ね見ていたのだ。

「誠に羨ましい限りじゃ…」

來嘛羅は小さく呟く。

変化に羨ましがる一方、何処かもどかしさがあった。

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