二十九話 來嘛羅の狙い
3話目です。急ぎ足ですが、後2話投稿します!
翌日から特訓が始まった。來嘛羅は服を着替えたようで、艶やかな着崩しではなく、しっかりとした巫女服を着こなしていた。
「さて、幸助殿に良い物を授けておくとしようかの」
來嘛羅は口で指を噛んだ。
「なあ⁉︎血が出てるぞ⁉︎」
綺麗な血が咬んだ箇所から出てくる。血というかより、ジュエルのような輝きのある液体に見えてしまった自分を殴りたい。
俺の言葉を無視して、來嘛羅は印を結ぶ。空中に模様が浮かび上がり、
「口寄せ:『狐天』」
巨大な狐の顔が出現した。顔だけで城を丸呑みできそうなほどのデカさ。
目は何処か來嘛羅の金瞳に似ている。白い毛並みをし、とても狂暴そうには見えない。神秘さが伝わる。神の獣として仕えている狐としても相違ない。
「おおっ‼︎カッケェー‼︎」
「そうじゃろ?妾の血を吸っておるのじゃ。首だけじゃが、破壊力は随一じゃぞ?」
來嘛羅が得意げに語る。
「それ、化け狐の得意技ね。『地狐』は?」
「地狐は妾が丁重に育てた幼妖じゃったが、其方が葬ってしまったではないか?」
嫌味らしく言う雪姫に來嘛羅が悲しそうに微笑む。
「なあ來嘛羅。妖怪って死なねえんじゃねえのか?地狐も妖怪だし」
「確かに死なぬ。じゃが、雪姫は地狐の魂を砕きおったのじゃ」
「魂?やっぱりそれは不味いのか?」
「不味いとも。砕かれたとて生粋の純妖なら記憶を保持したままでこの妖界の何処へ転生する。じゃが、半端者や元人間、混妖は砕かれれば記憶を失い、人間であれば転生できぬまま閻魔が待つ地獄じゃ。雪姫は幸い、伝承の妖怪。存在が消えることはなかろう」
伝承のない妖怪がこの妖界にも存在する。人間が変貌すれば妖怪となる。ただ、完全なる妖怪として扱われないとのこと。
雪女や二口女、宿儺とかは元人間であるがれっきとした伝承に書き記されている。
だが、俺や妖怪に転じた人間は伝承に存在しない。魂が砕かれれば完全な死を意味する。加護を受けなければ妖怪になり、妖怪に討伐される運命が待っていると……。
やっぱ、人間のままの方が良いよな。
妖界は来る者に厳しい世界なのだと、改めて実感した。
「幸助殿。お主の血を貰えぬか?『狐天』に血を捧げるのじゃ」
俺は指を來嘛羅に差し出す。
來嘛羅が俺の指を優しく噛み、滴る俺の血を手のひらを器にして拾う。血を『狐天』に飲ませて消えた。
「よいか?幸助殿。これで口寄せの契約は完了じゃ。妾の力を一部使える筈じゃ」
「今ので?」
「うむ、その通りじゃ。『狐天』は妾の半身とも呼べる存在じゃ。妾の加護を受けたお主であるならば、今後も自由に使えるじゃろう。お主が血を代償に呼べば力になってくれる筈じゃ」
凄え!これで來嘛羅の妖術が使えるみたいだ。
「じゃが不思議なものじゃな。幸助殿は加護を受けた以外に雪姫に何かされたかの?」
「されてなかったけど?」
「私は加護を授けたとしか…」
「うむ……」
來嘛羅は気難しそうな表情を浮かべた。
「さて、妾がお主に力を授けたのじゃ。その対価を頂くとするかの〜」
妖艶な笑みで嗤う。
「対価?もしかして、雪姫と同じ条件か?」
雪姫からは「一緒住んで」と対価として差し出されたんだよな。
「そうじゃ。もしやお主、『契り』を知らずに結んだのか?」
真剣に問われ、俺は何とも言えない寒気に襲われ、背筋が凍る気分になった。
いつ結んだのかを知らなかったからだ。
「幸助?心配しなくて大丈夫。私、そんな契約してないから」
雪姫が否定してくれた。しかし、來嘛羅が口を挟む。
「其方が気軽に求めておるものが契約となっておるのじゃ。その反応からすると、『契り』を知らぬか…。はぁ…」
深く溜息を吐いた。「まさか…」と來嘛羅が呆れたように雪姫を見ていた。
「何か問題あるの?」
「大アリじゃ。無知にも程がある。『契り』は双方が固く結ぶ縛りの契約じゃ。どちらかが死なねば解かぬ呪いの類のもので、お主と雪姫が結んだ『契り』は生涯を誓う絶対な縛りで成り立っておる。加護も向上しておるのはその訳じゃな?自らの庇護者に慈悲をくれた結果、妾ですら干渉出来ぬものとなってあろうとはの……」
來嘛羅は雪姫の愚かさを伝えた。俺も『契り』の対象者だった。
來嘛羅曰く、『契り』は人間と妖怪が対等に交渉するための手段。どんな存在、どんな人間や妖怪も使える手段であり、最も代償が重い契約といって過言ない。
人間から持ち掛けるケースはほぼ見られず、主に妖怪が人間を誑かすために使うことが多い。この手段は妖怪にしか知られておらず、妖怪が求めているものを対価として交渉が可能なのだ。
『契り』を結ぶ者同士で条件を決め、条件が成立すれば完了する。どんな条件でも良いため、人間を容易に騙せる者は殺さなくとも人間を手中に収められる。
しかし、『契り』を知る者は太古の妖怪や眷属に該当する僅かのみ。純妖と混妖でも知らぬ妖怪は多いのだ。そのため、雪姫のように知らない者が相手に要求を求める際、他者を助けた代わりに共に住むという『契り』として、無意識に契約してしまっていたという。
契約をどちらかが破った場合、最悪な代償を担う。
「不味いの…。お主が知らずして『契り』を結んだとなれば、それ相応の条件を与えなければ。幸助殿、お主は妾の力を一部自在に操る代わりに何を差し出してくれるかの?それ次第では、もっと良い力も与えられるじゃろう」
気付かない内に結んだなら、今度は慎重に……。
「俺の気持ちを全部、來嘛羅に渡すとかはどうだ?」
好きな気持ちを來嘛羅に渡すなら、丁度いい対価だろ?
「お主の心をか?それは随分気前が良い対価じゃな」
「まあな。好きなあんたにくれてやるってことで!あんた以外を好きになるとかはないだろうし」
來嘛羅が仄めかしく言う。
「フッフッフ。妾の寵愛を受けておきながらその見返りにお主の愛とは!これは嬉しいの〜。ここまで愛されているとなると、そうじゃな〜?本気でしようかの」
俺はガッツポーズをしようとした。
なんでか、俺が喜ぼうとすると隣から凍てつく寒さが襲ってくるんだが……。
「寒っ‼︎雪姫、なんで吹雪荒らすんだよ!」
「化け狐。やはり化け狐は化け狐ね!その尻尾と耳、今度こそ凍らせてあげる」
雪姫が睨んで來嘛羅に吹雪をぶつけてるんだが、効かないみたいでよかった。來嘛羅が気にせずに言い返す。
「凍傷すらもできぬ其方に、神聖な体に冷気を染み込ませるのは無理じゃ。気を悪くするでない。本当に凍らすのなら妾に向けるのが愚かじゃろうて」
「癪に触る言い方ね。そんなに幸助と『契り』がしたいがために罵るなら凍らせる」
怒るところとかが兎に角、俺が関わる時ばっかりだ。本当に雪姫の情緒が分からねえ。
「なあ雪姫、あのさぁ…」
「もうよい。『契り』は交わせなくとも別によい!妾がお主の気持ちに答え、無償で力をくれてやる。幸助殿に名を貰った故、それでよい!」
來嘛羅が諦めてしまった。俺としてはかなりショック極まりないんだが。
「マジか⁉︎」
「じゃが、死ぬかもしれぬぞ?」
「え?」
來嘛羅が俺に対して不敵に嗤った。
ここから俺は地獄ほんものを知った……。
巫女服の姿の來嘛羅が魅力的と感じつつも、俺は刀剣で攻撃する。特訓であるが、俺は常に全力でかからなければならない。
何故なら、そうでなければ死ぬからだ。
「雪姫に鍛えて貰ったのかの?随分俊敏な動きじゃ。もう一息攻めてこぬか!」
來嘛羅は素手だ。最初は躊躇ったが、「絶対に無理じゃろう」と言われ、本気で刀剣を突き、振り回し、振り下ろした。全て素手で受け止められ、地面に倒れる度に頭に扇子による痛みが襲う。
「当たんねえ…クソッ‼︎」
妖術を使い、俺の頭と肩、膝、手の甲に氷結武具を装備する。身に纏わせることで防御力を上げ、妖術をある程度弾けるような仕組みになってる。
「その使い方があるとは⁉︎雪姫を越しておるのではないかの〜」
嬉々としていて余裕ある來嘛羅。俺は真剣に攻撃を放つ。刀身に冷気を帯びさせ、氷玉を放つ。その隙に『雪鏡』で姿を鏡に隠し、背後から奇襲する戦法だ。
だが、全て読まれていた。読まれても尚、手順を邪魔せずに完封された。気付いた時は既に地面に倒れている。
「クソォ…」
「実に見事な動きであったぞ」
來嘛羅は拍手で褒めてくれた。でも、立ってる状態で褒められたかった。
「じゃが、妾に転ばされる程度では秋水には勝てぬぞ?妾の着物を剥ぐ気迫を出しておくれ」
「いや…それは流石に」
「なんじゃ?妾の一身纏わぬ姿が拝めなくなるぞ?」
自分の欲望も試されている。誘うように、俺に見えるように襟元を緩ませる。少し谷間がチラリと……。
「さ、流石のお持ちで…」
「正直じゃな。妾の肉体はこの世のものではないからの。一撃でも入れたら考えてやらなくもないがの〜」
「よしっ‼︎やらせて貰うぜ‼︎」
「気合いが入って頼もしいの。いつまで戯れてくれるか、妾もちょいと力んでみよう」
そう言った最後、俺の意識は途絶えた。
「ん……いててて。何があったんだ?」
「お主よ、妾の実力を受けて気絶で済んだのは奇跡じゃ。よく生きておったの?」
気付いたら気を失っていた。それも、來嘛羅にやられて。
「俺、死んでないんだよな?」
「うむ。心配するでない。じゃが、一休みすると良い。見た目以上に肉体を傷付けてしまったからの」
休憩を挟みながら、俺は雪姫に作って貰ったおにぎりを食べた。
「幸助…私に対して何度も使ってる技、そう簡単に成功はしない」
「冷たいな雪姫は。たく、俺だって頑張ってるとこ見せてやりてえんだよ」
「……誰に?」
「ん?來嘛羅とあんたにだが?」
「本当、変わってる。妖怪に認められたいなんて、あなたしかいないと思うけど」
俺がそこまで変わり者というのは不思議な気分になるな。どうして妖怪は俺ら人間に敵意を向けるのか。その理由が分かったとしても納得いかない。
「変わってるなら別にいいぜ?俺は妖怪が好きだからな。雪姫と來嘛羅にしか褒められてねえが滅茶苦茶心がスッキリするんだよ。好きな人に褒められてるって感じがして…」
「ンフフフ。お主は率直で面白いの〜。妾がもっと良い事をしてやろうかの?」
背後から包み込まれるように、來嘛羅が俺を誘う。
「えっ⁉︎」
「化け狐‼︎」
「うむ、冗談じゃ。其方の目が行き届いている内は手を出さぬ。まあ、お主が望むなら…話は別じゃがな」
仄めかしく俺の耳に來嘛羅が囁く。それと同時に雪姫が静かに激昂する。
「本当にイラつかせるのが上手いのね。化け狐、私と勝負をしなさい。その欲情する心を砕いてあげる」
「やれやれじゃ。揶揄っているのが分からぬ娘じゃな。幸助殿」
「なんだ?」
「妾がお主に妖怪というものを見せてやる。雪姫は妖精じゃから多少なりとも良い戯れにはなるじゃろう。教訓として見ておると良い」
喧嘩が終わったかと思えば、今度は妖怪同士の勝負と言う。
俺は非常に興味があった。來嘛羅が戦うのは初めて見る。雪姫は何度も特訓をつけてくれたが、本気の実力は鱗片しか知らない。
二人が向かい合って戦闘態勢に入る。雪姫が刀を持ち、來嘛羅は巫女服を変え元の艶やかな着物を纏い、薙刀を構えている。
「扇子は?」
「アレは其方に使うには惜しいのじゃ。神具はそう安くない。じゃから殺傷能力に特化した武器で挑むのが良いかと思っての」
雪姫は來嘛羅を睨みつける。手加減されているのが癪なのか、かなり機嫌が悪そうだ。
「巫山戯るのもいい加減にしなさい。私は【妖武】であなたは妖刀の下位の武器【亜妖】。舐めたものね?」
妖界に妖具という武器があり、妖力または生気が込められた武器のことを示す。
來嘛羅が使っている薙刀は【亜妖】と呼ばれ、全ての妖怪が持っている中でも最下位の武器。主に名のない妖怪からが扱える基本武器の中では最も脆く、変えが効く。
雪姫が持っている刀は【妖武ようぶ】と呼ばれ、名のある妖怪が持てる武器。自身の妖力を形として具現化させ、強度も自由自在。他にも剣や小刀、拳銃などと幅広い武器の種類がある。
俺が持つ武器として【心具】がある。これは唯一、人間に許された武器であり、人間のみが扱える特殊武器だ。妖怪がこの武器を扱うのは無理とされ、意思に呼応して発揮する武器なんだ。場合によっては【神具】に匹敵するとか。
そして、來嘛羅が持つ扇子は【神具】と呼ばれ、神の力が付与された武器だとか。数は少なく、太古の妖怪にしか所有することが許されない超稀少である。妖力を代償に力を扱え、怪奇現象から神秘な現象を引き起こせる武器が存在する。
俺が合図を出す。
「はじめ!」
雪姫は吹雪に消え、背後から刀を放つ。來嘛羅は薙刀を華麗に回し弾く。雪姫が攻、來嘛羅が守を担うように激しい攻撃が繰り出す。
見えねえ……。
俺の目に止まらぬ速さで二人が競い合っているように見えた。
だが、実際は來嘛羅は戯れているに過ぎないことを、俺は直感で感じ始めた。
目で追えていないのに動きがなんとなく分かる。気持ち悪いと言えば済むが、そんな感覚ではない。
先が視えるというべきか。俺は二人の攻防を目で見えないが、映像のようなもので理解する。しかも、俺が集中する間のみに発動するみたいで、二人の高速交差が目じゃなくて頭で理解できる。
來嘛羅は幸助に理解して貰うために勝負を買って出たのだ。
異能を看破する能力を持つ來嘛羅は、幸助の異能の真相を知る。異能自体は人間の切り札であり、欲望そのものが具現化した力と解明し、多くの人間を見てきた。
大抵が邪な欲望が発芽した異能であり、それらは全て食らった。しかし、食らった人間の魂は全て天に召した。
ある妖怪に対抗するためにも、望ましい存在が必要だった。
その中で、あり得ない異能を獲得したのが幸助だった。
それは妖怪には貴重な力であり、妖界そのものに大きな改変を起こす力を有するからだ。幸助の口にする願望とは全く異なるが、幸助自身が真髄から望んだ欲望そのもの。その成せる力は太古の妖怪も恐れる異能。
否。“太古の妖怪”にとって縁のゆかりもある得体の知れない存在。
來嘛羅のみが異能の脅威を知り、幸助に好意を抱いた。
異能を独り占めしたい。そう思い、様々な妖怪を使役し、自分に辿り着くまで切実に待っていたのだ。
妖都に訪れた機会を狙い、幸助を攫った。しかも、それが自身に好意を抱く変わり者と知り、待ち侘びていた気持ちが溢れんばかりだった。
雪姫という元雪女だった妖怪がおまけ付きは大きな収穫だった。
新たな変革のために、幸助のために尽くす事を望んだ。
それが九尾狐こと來嘛羅である。
だからこそ、來嘛羅は幸助の特訓に付き合うことにした。付き合うからには、自分に相応しい者として成長して貰う必要がある。
幸助の異能に沿った方法。それは妖怪の戦闘視察である。幸助の異能の効果を発揮させるには、雪姫と來嘛羅が必要である。
一時的に互いの全力で対峙し、幸助に鮮明に知覚させる。技・動作・妖力・妖術・武術・体術・体感・呼吸・妖気を尽くす限り見せつける。
それだけでは足りない。來嘛羅は今後も余り尽くすことなく容赦なく幸助に捧げなければならない。
妖怪の魅力。妖怪の本音。妖怪の強さ。妖怪の意思。妖怪の気高さ。妖怪の伝承。
これら全てを幸助に寵愛の如く捧げる。
刀と薙刀は交差し、互いに力を温存したまま接戦を繰り広げる。
雪姫は『妖怪万象ヨウカイバンショウ』は使用せずともその実力は來嘛羅を唸らせるほど。元混妖の雪姫の強さを見て、來嘛羅は面白く感じる。
「太古の妖怪である妾に恐れぬ妖怪は面白うの」
「片手でソレを扱ってる時点で舐め切ってる。本当に苛つく化け狐ね」
雪姫は嫌々言う。
「何を言っておる?以前の妾だったら苦戦してるやも知らぬぞ?」
「煩い。それを馬鹿にしてると言う。幸助を奪ったこと、許してないから」
「もう済んだことじゃ。気にするでない」
雪姫が思わず嫉妬に駆り立てられる。來嘛羅はそれに気付き、雪姫に強烈な拳を溝に放つ。
「かはっ……」
気を失った雪姫を抱き抱える。
(やれやれ…世話の焼ける娘じゃ。妾の言葉のあやかしで気が狂うとはの。幸助殿はちと匙加減を間違えたかの?)
來嘛羅は愛想良く幸助に微笑む。
「さて、雪姫は眠った。今度はお主が妾の相手をしておくれ。先程の動きを見たのなら少しはいける筈じゃろうて」
「ああ!視た動きができるかは分からねえがやってみるぜ!」
「うむ、その心意気じゃ!妾の飽も埋めてくれよう‼︎」
覚悟したからには最後まで全うする。來嘛羅の熱の入った特訓と教訓が2週間休みなく行われたのだった。




